第441話 妹とLIME


「華ー!」


 華が高校に着くと、生徒玄関で、友人の中村なかむら 葉月はづきが声をかけてきた。


 制服姿の葉月は、とても明るく快活な少女だ。


 だが、そんな葉月に負けず劣らず快活な華が、今日は、なぜか元気がなかった。


「あれ? どうした? 弟くんは?」


 そして、その元気はない理由を、なんとなく察した葉月は、いつも一緒にいる蓮がいないことに気づく。

 

 神木家の双子は、毎日、一緒に登校していた。

 それなのに、華だけということは……


「もしかして、風邪でもひいた?」


「そうなの! しかも、限って!」


 今日は、兄が好きな人とデートをする日。


 それなのに、この絶妙なタイミングで、蓮が熱を出してしまうなんて!!


「蓮、昨日、傘を忘れたみたいでね。濡れながら帰ってきたかと思えば、今朝、熱が出ちゃって」


「ありゃりゃ。じゃぁ、今は飛鳥さんが、弟くんみてるの? 今日のデートは、キャンセル?」


「ダ、ダメだよ、キャンセルなんて! だから、今日のデートは、絶対行けって言ってきたの! それが、蓮の望みでもあるもの!」


 事情を知っている葉月に、華は、これでもかと力説する。


 熱がある中、這ってでも学校に行こうとしていた蓮。


 そして、その気持ちは、双子である華には、嫌というほどわかった。


 だからこそ、今日は絶対に兄をデートに行かせなくてはならない!

 

「でも、飛鳥さんが、弟くん、ほっぽってデートに行くとは思えないけどなぁ」


「っ!?」


 だが、そんな華にむけて、葉月がズバリと言い放った。


 勿論、言いたいことはわかる。

 だって、兄なのだ!


 あの父に負けず劣らずな過保護っぷりと、溺愛ぶりを発揮する兄が、熱が出た弟を置いてデートに行くとは、華だって思えない!


 だからこそ、華は寝込んだ弟と、デートに行かないかもしれない兄を心配し、朝から元気がなかったのだが


「あーもう~! なんて世話の焼ける兄と弟なの!?」


「いつも世話焼かせてるのは、華も同じでしょうが」


「そうだけどぉ!! でも、私達、もう高校生だよ。蓮だって大丈夫って言ってたし、あれだけ言ったんだから、きっと、デートに行ってくれるよね!?」


「うーん、どうかなー? 弟くん次第じゃない? 熱が下がれば、行く気にもなるかもしれないけど、飛鳥さん、過保護だからなー」


「あぁぁぁ! なんか、絶対行かないって気がしてきた!!」


 葉月の回答に、華は頭を抱える。

 考えれば考えるほど、あの兄が、弟を放置するとは思えなかった。


「はぁ……やっぱ、私が休むべきだったかなぁー」


 そして、華は後悔する。

 兄のデートは、学校よりも大事なことだ。


 とはいえ、兄をデートに行かせるために、妹が学校を休むのは常識的にどうなんだ?


 そりゃ、兄だって『行け』というわけだ。

 しかし、これでは、兄があかりさんに嫌われてしまう!


「どうしよう……初デートをドタキャンなんて最悪だよ。それに、これで飛鳥兄ぃがフラれちゃったら、蓮がいたたまれない」


 弟の心配をし、華は、うーんと唸る。

 そして、そんな華を、葉月は微笑ましく見つめていた。


 この兄妹弟は、お互いにお互いのことを思いやってる。だからこそ、考えすぎてしまうのかもしれない。


 大切で、大好きな家族だからこそ――


「華。あの飛鳥さんが、嫌われることはないって」


「そうかなぁ?」


「そうだよ。美人だし、優しいし。飛鳥さんのこと嫌いって言ってる人、見た事ないもん。だから、今は大人しく見守ってなさい」


「うー、わかった……でも、絶対行くようLIMEはしとく」


 すると華は、スマホを取り出し、メッセージを打ち始めた。


 華は華で、あのお兄ちゃんが大好きなのだろう。葉月は、華のやりたいようにやらせてやろうと、静かに見守ることにしたのだった。




 ***



 ──ピロン、ピロン、ピロン!


 だが、それから一時間ほどがたった頃から。飛鳥は、鬼のように入ってきた華からのメッセージに、眉をひくつかせていた。


「なにこれ……っ」


 朝も受信したが、今また、メッセージが来た。

 多分、休み時間にはいったのだろう。

 華からのメッセージには


《今日、デート行ってね!》

《いかなかったら、嫌われるよ》

《蓮は? 熱下がった?》

《デートに行く準備した?》

《ドタキャンとか、絶対ダメだよ》

《行くって信じてるからね》

《行かなかったら、泣きます!》

《最高のデートにしてね》

《蓮も私も、気持ちは同じだから》


 怖い怖い怖い!!

 華のやつ、どんだけ、デートに行かせたいんだ!?


 あからさまな『行け』攻撃に、飛鳥はスマホを手にしたまま青ざめていた。


 我が妹ながら、これは怖すぎる!


 だが、デートに行くなら、華のメッセージにあるとおり、そろそろ準備をしなくてはいけない時間になっていた。


(行ってほしいんだろうな、華も蓮も……)


 双子の気持ちは、ちゃんとわかってる。

 でも、先ほど熱を測った時、蓮の熱はさらに上がっていた。


(これ以上、熱があがったら、どうしよう?)


 心配のあまり、飛鳥は、今一度、弟の様子を見に行く。


 ビリングをでて、蓮の部屋へ向かうと、ガチャ──と、部屋の扉をあけ、中に入った。


 すると、ベッドの中では、蓮が荒く息をしながら眠っていた。飛鳥は、そんな蓮の額に、そっと触れると


(……やっぱり、まだ高いな)


 汗をかいて、かなり苦しそうで 。

 しかも、こんな状態で、学校に行こうとしてたなんて──


(そうまでして、俺の恋を応援してくれてるんだ)


 二人の思いを無駄にはできない。

 なら、しっかり準備をして、デートに行かなければ。


 だけど、もし出かけた後に、蓮の容態が急変したら?


 答えのでないやりとりは、ずっと続いていた。

 

 もしもなんて、考えすぎだ。


 なにより、隆ちゃんにも言われただろ。


 そろそろ、しろって──


「……行かなきゃ」


 飛鳥は、そう決意すると、蓮の部屋を出て、私室へと向かった。


 行くなら着替えないといけない。


 飛鳥は、クローゼットから衣類を取りだすと、部屋着用のシャツを脱ごうと、服に手をかける。


 だが、脱ごうとした瞬間、手が止まってしまった。

 

 それは、今、どうしたいのか?

 それを、明確に示唆するかのように──


「…………」

 

 そして、服から手を離した飛鳥は、無言のまま立ち尽くし、その後、机に置いていたスマホを手にとった。


 履歴欄から「あかり」の名を探し出すと、飛鳥は、ベッドに座りこみ、電話をかけた。


 すると、それから暫くして──


「はい」


 と、あかりの声が聞こえてきた。

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