第54話 飛鳥と大河


「神木君! まさか、こんなところで会えるなんて!!奇跡でしょうか!」


「へー、嫌な奇跡だね」


 満面の笑みで駆け寄ってきた大河に、飛鳥はこれまたにっこりと笑顔で毒づいた。


 だが、そんな歯に衣を着せぬ発言も、大河には大して響いていないらしい。


「あぁぁぁ、しかし神木くんは、今日も綺麗ですね! ていうかたちばな、アイツ神木君のなんなんですか!? 俺が神木くんに会いに行こうとすると、いつも阻んでくるですよ! ボディガードですか!? 用心棒かなんかですか!?」


「へー、それで、その”優秀なボディーガード”は今どこでなにやってんの? 仕事しろって言っといて」


 この問題児を、二年間遠ざけてくれていた隆臣には感謝しかない。だが、あの日以来、大河は時折こうして飛鳥の前に現れるようになった。


 隆臣が飛鳥のボディーガードだとするならば、今の現状を考えれば、正直、役立たずでしかない。


「橘は今、教授のところにいってますよ。で、俺は帰ろうとしていたら、今まさに神木くんを見つけたんで、神様が俺にチャンスを与えてくれたんだと思って走ってきました!!」


「神様、なにやってんの? 俺のこと嫌いなのかな。今すぐクレームいれたい」


「またまた~、そんなこといっても俺はへこたれませんよ!」


「ほんと、こんなに毒かれてんのに、よく耐えられるね。幻滅したりしないの?」


「何を言ってるんですか!? 神木くん、みたいな美人は毒を吐くからこそ、それがよりスパイスになって引き立つんじゃないですか!?」


(ダメだコイツ! なに言っても響かない! 究極のメンタル持ってるよ!!)


 そう、大河は飛鳥がどんなに罵声を浴びせても、全くへこたれなかった。むしろ、それすらも喜んでいるようで、まさに暖簾に腕押し状態。


 そのせいか、飛鳥は未だに大河が苦手だった。


「ねー、あの人かっこいい」

「ハーフなのかな?」


 すると、どこからか小声ではなす声が聞こえてきた飛鳥達は辺りを見回した。


 遠巻きにヒソヒソと、こちらを見つめながら話す女の子達の姿。きっと今年入学した、一年生だろう。


「ほー、さすが神木くん。この調子なら、一年の間でもすぐに広まっちゃいそうですね!」


「……」


「あ、でも、俺としては、神木くんのファンが増えるのは嬉しいですけどね! ファンクラブあったら、ぜひ入りたい!!」


「ないよ、そんなの」


「いやいや、意外と本人の知らないところで、あるかもしれせんよ~」


「あのさ、ファンとか言ってるけど、君も俺のが気に入って、そんなこといってるの?」


「……!」


 瞬間、どこか不機嫌そうな声を感じ取って、響いて、大河は目を見開いた。


 凍てつくほぼの冷ややかな視線。


 その瞳に大河が困惑していると、飛鳥はその後、逃げるように視線をそらした。


 この容姿のせいか、今までにもファンだと名乗る人や好きだと告白してくる人達は、それなりにいた。


 だが、そのほとんどが、自分の"容姿"しか見ていないように感じて、あまり良い気分にはならなかった。


 贅沢な悩みなのかもしれない。


 それでも、容姿ばかりを誉められるのは『自分にはそれしかない』と、改めて言われているような気がして、心の奥に蓋をして、閉じ込めていたはずの感情が、また、小さく小さく音を立てながら


 ──自分を、蝕んでいくように感じた。



「神木くん、それはちょっとしてます」


「……え?」


 だが、そんな飛鳥に、大河が珍しく真面目な顔をして見つめ返してきた。


 その姿に、いつものチャラついた様子は一切なく、普段と違う大河の雰囲気に、飛鳥は瞠目する。


「この前話した、高校の文化祭の時ですけど……」


「え?」


「三年前の文化祭の時、神木くん、に声をかけたの覚えてますか?」


「……女の子?」


 そう言われ、飛鳥は高校二年の文化祭のことを、うつらうつら思い出す。

 大河の言う文化祭とは、おそらく彼が自分に”一目惚れをした”と言っていた、あの桜聖祭でのことだろう。


 すると、大河は、またゆっくりと話し始めた。


「実は俺……あの日、たまたま友人に連れられて桜聖高校の文化祭にいったんですけど、その時、小学生くらいの女の子が、一人でいるのをたまたま見かけたんです」



 ◇◇◇



 それは、遡ること三年半前の十一月──

 

 当時、高校二年生だった大河は、たまたま友人に連れられて、飛鳥と隆臣が通っていた桜聖高校の文化祭に訪れていた。


 そして、それは丁度お昼頃だったとおもう。昼食を手にし、高校の廊下を友人と二人で歩いていた時、大河の横を三~四年生くらいの女の子が一人で通りすぎた。


 髪をポニーテールにした真面目そうな女の子。


 だが、その女の子を気にかける人なんて誰もいなかった。泣いていたわけでもないし、困っているような素振りもなかったから……


 だけど──


『どうしたの?』


 その子の目線に合わせるようにして、たった一人だけ声をかけた人がいた。


 だが、なぜ、その人が女の子に声をかけたのか、大河にはよくわからなかった。


 だけど、その後、女の子と少しだけ話して、その人がまたにっこりと微笑むと、それをみた女の子は急に涙目になって、その時はじめて、大河は「女の子は困っていたのだ」と気づいたのだった。


 不安が安堵にかわり、その後泣きだした女の子をなだめながら、優しく笑い、手を引いていった姿がスゴく印象的で「素敵だなー」と素直に思って


 まさに「一目惚れ」だった。


 だが、そのあと、数年ぶりに幼馴染でもある隆臣と再会した大河は、その人が「神木 飛鳥」という名の"男性"だと言うことを聞いて


 とてつもない衝撃を受けることになったのだが──



 ◇◇◇



「俺、あのときの神木君みて、マジで感動したんです! あんなふうに人の些細な変化とか、気持ちに気づいて寄り添ってあげられる人って、すごいなーと思って!! 俺、こんなだから、人の気持ちとか察するのチョー苦手で、逆に困らせたり、傷つけちゃったりとかもしてッ、だから……だから、神木くんと一緒にいたら、俺でもそういうの、少しは分かるようになるかなって!」


 その大河の瞳は、素直に飛鳥を尊敬している──そんな色をしていた。


 その姿を見て、飛鳥は少しだけ、隆臣が話していたことの意味が分かったような気がした。


(確かに……ではないのかもね)


 少しウザったいタイプではあるが、彼はとても素直でまっすぐな人だ。


 そうと思うと、今まで避けていたことを申し訳なく思い、飛鳥は自分自身に苦笑する。


 だが──


「しかし、あの時の姿の神木くんマジで可愛かったです!! 足、細いし綺麗だし、髪も下ろしててサラサラだったし! なんかもう、醸し出す雰囲気が女の子でしかなくて!! 絶対あの時の子もお姉さんだと思ってますよ! 男だなんて、詐欺ですよ詐欺!」


(あぁ、そうだった!! 俺あの時、女装してたんだった!! え、俺そんな格好で、そんな目立つことしてたの!?)


 だが、感傷に浸る間もなく、飛鳥は激しい羞恥心に見舞われた。


 実はあの時の男女逆転劇。飛鳥はクラスメイトからの要望で、女子の制服ブレザーを着て舞台に立つことになったのだが、女の子を見つけたのは、まさにその劇を終え、教室に移動する途中の話で……


「ていうか、話戻りますけど!」


「!?」


「神木くんの中身に惚れてファンになったんですよ! 決して外見だけじゃありませんし、見た目につられてホイホイ惚れるような軽い男じゃありませんから! あ……でも、俺自身はあんまり取り柄とかないんで、神木くんには、迷惑な話かも知れないんですけど」


「……」


 その後、ズイと詰め寄られたかと思えば、今度はあまりに自分を卑下するようなことを言った大河には、飛鳥は、呆れたように微笑むと


「そんなことないと思うよ?」


「え?」


「そうやって、他人の良いところ見つけられて、それを素直に"素敵だ"って言えるのは、とても素晴らしいことだと思うよ……立派な"取り柄"なんじゃない?」


 その後やさしく微笑むと、大河は、その言葉に酷く胸を打たれたらしい──


「ああああぁぁぁぁヤバい泣きそう!! つーか今の笑顔なに!? 俺に!? 俺にだよね!!? あああ写真撮っていいですかぁぁぁぁあ!! 後世に残したいぃぃぃぃぃ!!」


「ねぇ……それ、ホントなんとかならないの?」


 感動を体全体で表現すり大河に、飛鳥は再び残念な気持ちになる。この熱心な信者っぷりさえなければ、彼のことも少しは受け入れられただろうのに…


「あ。しまった。俺バイトいかなきゃ!?」


 だが、その後、時計が目に入った瞬間、大河は、ヤバい!と声を上げ慌てだした。


「ぁ、バイトしてるんだ?」


「はい。俺、今一人暮らししてるんですけど、実は家が母子家庭で……だから、せめて自分の生活費くらいは自分で稼ごうかなって! コンビニとか、遊園地とか、色々バイトしてるので、何かあったら言ってください!」


「へー」


「それじゃ、俺もういきます! 今日はお話出来て良かったです!」


 そういうと、大河はブンブン手を降りながら、足早に走り去っていった。


 去っていく大河を見つめ、飛鳥もつられて手を振ると、ふと買い出しがあったことを思い出し、そのまま、商店街を目指す。



 (武市くん、一人暮らししてるんだ……チャラついてるように見えて、ちゃんと地に足つけて頑張ってるんだな)


 そして、その道中、飛鳥は再び大河ことを思いだし、そっと目を細めた。


 彼はしっかりと自立しているように見えた。

 進むべき道を見据えて、確実に前に進んでいるように


 それに比べて自分は、自分はまだ、あの家から出る勇気すらない。たとえ年齢が二十歳大人になっても、環境も中身も、まるで変わってない。


 いや、無理にでも変えたいのなら、方法はいくらでもあるのに、理屈ではわかっていても


 ──「感情」が邪魔をする。


(このままじゃ、ダメなのに……っ)


 華と蓮は、今、大人になろうともがいてる。


 なら、二人が成長する前に、この厄介な「感情」を、なんとかしなくてはならないのに、あの頃の幼い自分が、それを強く拒絶して、まるで雲をつかむように、その先のイメージが


 ──全くできない。



「…………はぁ」


 足を止めると、その後飛鳥は、ゆっくりて空を見上げた。


 深いため息が、全身をかけ巡る。


 まるで出口のない迷路をさ迷っているかのような、そんな、行き場のない不安。



「はは……なに考えてるんだろ。俺らしくもない」


 だが、その後、飛鳥は何かを振りきるように笑み貼り付けると、また、何事も無かったかのように、前を向き歩き始めた。




 決して、考えないように

 決して、開けないように


 飛鳥は、その感情に気づきながらも


 ──再び「蓋」をする。


 まるで幼い頃のあの「記憶」を



 思い出したくないとばかりに……

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