第422話 決意と魔王の城


「お願いって、仕事の話ですか?」


「いえ、仕事ではなく、個人的なお話で……」


 真剣な表情のあかりに、隆臣は、さらに困惑する。


 まさか、プライベートなお願いとは。

 だが、困っているなら、力にはなりたい。

 すると、隆臣は、迷うことなく


「はい。俺にできることなら」

「あ、ありがとうございます」


 すると、あかりは、パッと表情をほころばせた。

 まるで、ホッとしたような、どこか気の抜けた表情。


 無理もない。

 あかりからしたら、もう隆臣に頼むしかなかった。


 なぜなら、この一週間、必死に考えたのだ。


 そして、その案の一つとして、エレナに直接、手渡すことも考えたのだが、飛鳥に『見つけたら教えて』と言われた手前、勝手に渡すこともできず。


 そうなれば、もうバイト先の先輩であり、飛鳥の友人でもある隆臣を頼る他なかった。


「あの、実は先日、神木さんが私の家に髪ゴムを忘れてしまって……良かったら、私の代わりに返しては頂けないでしょうか?」


 すると、あかりは、バッグの中から髪ゴムの入った袋を取り出しつつ、申し訳なさはせうに、隆臣にそれ差し出した。


 まるで、プレゼントとでもいうように、オシャレな袋に入れられた髪ゴム。


 むき出しの状態で手渡さないとは、まさに、女性らしい気遣いだ。


 だが、その袋を見つめながら、隆臣は更に考える。


(これを、俺から飛鳥に渡して欲しいってことか……)


 理解するのは、簡単だった。


 それに、返すのも別に構わない。むしろ、あかりさんの頼みなら、聞いてやりたいところだ。


 しかし、隆臣は、よく分かっていた。


 この髪ゴムを、自分が返した時に、


「えーと……すみません。その頼みは聞けません」


「え!? な、なぜでしょうか?」


「多分、俺から返したら、あいつ、スゲー嫌な顔すると思うんで」


「……っ」


 すると、ズバリと言い放たれ、あかりは、言葉を失った。


 確かに、隆臣の言う通りだ。


 もし、隆臣経由で返したとなれば、どれほど機嫌を損ねることか!?


 もはや、隆臣に渡された時の飛鳥の表情が、目に浮かぶほどだった。


 きっと、ニッコリと天使のように微笑みつつも、悪魔のような雰囲気をまとっているに違いない!!


「そ、そうですよね……すみません、無理を言ってしまって」


「いえ。俺の方こそ、聞いてあげられなくて、すみません。もし、大学で渡しにくいなら、今から飛鳥を呼び出しましょうか?」


「い、いえ、そのために、わざわざ呼び出すのは、申し訳ないですし。なにより神木さんは、土日に出かけると、色々大変みたいだし」


 まぁ、スカウトやらナンパやら、四六時中されてるようなやつだ。


 しかも、この喫茶店は、街の中心にある。人通りが多いからか、声をかけられる率も、他の地域より極めて高い。


 なら、あかりの言い分はもっともで、隆臣も深く納得する。


 しかし、多少億劫でも、あかりの呼び出しなら、飛鳥は、きっと出てくるだろう。


 隆臣はそう思うが、あかりが、こういっている手前、無理強いするのは如何なものか?


「おはようございまーす!」


 すると、そのタイミングで、ちょうど他のアルバイトたちも店にやってきて、その会話もあっさり収束する。


「すみません。橘さん、髪ゴムの件は、自分で何とかしますので」


「わかりました。また、何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってください。出来ることは、協力しますんで」


「はい、ありがとうございます」


 その後、各自、仕事の準備を始めた。だが、隆臣は、手際よく開店準備を整えながら、微かな罪悪感を抱く。


 別に飛鳥に睨まれるのは、大したことではなかった。

 長い付き合いだから、そんなのは日時茶飯事。


 だから、本来なら聞いてあげられる、お願いだったのだが……


(すみません、あかりさん。俺は、なんだかんだ、飛鳥サイドの人間なんで──)




 *


 *


 *




「お疲れ様でしたー」


 その後、バイトを終えたあかりは、制服から私服に着替え、店を出た。


 時刻は、夕方5時過ぎ──


 バイトが終わり、一人帰路につくが、あかりは、その道中、朝の隆臣との会話を思い出し、深くため息をついた。


「はぁ、まさか、橘さんに断られるなんて……っ」


 きっと橘さんなら、代わりに返してくれそうだと思った。だが、その予想はすっかり外れてしまい、あかりは途方に暮れる。


(どうしよう……っ)


 立ち止まり、バッグの中を見れば、髪ゴムが入った袋は、今も自分の手元にあった。


 しかも、たかだか髪ゴムを返すだけなのに、もう一週間も経ってしまった。


 このまま、髪ゴムをパクるわけにはいかない!

 なにより、忘れたものは、しっかり返さなくては!


「っ……いつまでも、逃げてちゃだめだよね?」


 すると、あかりは、ゴクリと息をのみ、その後、決意を固めた。


 深呼吸をし、ここ一週間、言うことを効かなかった心臓を、必死に落ち着かせる。


 そして、決意したなら、善は急げ!


 あかりは、もう迷うな!と言わんばかりに、いつもより足取りを早めると、そのまま、ある場所に向かった。

 

 いつもの帰宅経路を少しだけ外れ、大通りを進む。

 そして、行き着いた先は──神木家が暮らすマンション。


 夕陽を浴び、そびえたつマンションは、まるで、魔王の城のごとく、あかりの前に立ちはだかった。


 どこからか、ゴゴゴゴゴと言う効果音すら聞こえてくるくらいだ。


 だが、あかり気づいたのだ!


 そう、ここにくれば、直接、会わなくても返せる!

 なぜなら、ポストにINするだけでいいのだから!


(だ、大丈夫。ポストに入れて、すぐに出れば、神木さんには会わないわ……っ)


 だが、ここは、なんといっても、飛鳥の暮らすマンション。近づけば、近づくほど、鉢合わせする可能性は、十分にあった。


 しかし、飛鳥は、基本、土日祝日は出かけない。


 あの美貌だ。家から出れば、彼に見惚れた人が、わんさか口説きにくる!


 だからこそ、あかりはバイト帰りとはいえ、今日(土曜日)を選んだ!


(よし、行こう!)


 いざ、行かん! 神木家のポストへ!


 すると、あかりは、意を決して、マンションの中に入った。清潔感のある、洗練されたエントランス。


 だが、前に来た時は、警備員にファンの子だと間違われ、止められた。


 しかし、その警備員には、一応、友達だという話で、前に飛鳥が紹介してくれた。だから、今回は、大丈夫だろうと、あかりは、スタスタと進み、迷うことなく神木家のポストの前へ立った。


 前と同じように、しっかり鍵のかかったポスト。


 そして、前は、このポストにお土産は入れられなかった。しかし、髪ゴムサイズの荷物なら、ポストの受け口からでも入る!


(あ、なにか一言、書いといた方がいいかな?)


 だが、バッグから、髪ゴムの袋を取り出したあかりは、ふと思う。


 一応、何かメッセージを……と、それと一緒に、付箋とペンを取り出すと、あかりは、正方形のオシャレな付箋に


《ヘアゴム見つかりました。お返しします》


 とだけ書き、それを髪ゴムの袋にペタっと貼り付つけた。そして、あとは、そのままポストに──


 と、思ったその時!


「あー! あかりさんだ~!」


「!?」


 瞬間、どこからか、明るい声が響いた。


 あかりは、驚きつつ、声のした方に振り返る。

 すると、そこには


「お久しぶりです、あかりさん」

「今日は、どうしたんですかー!」


 と、賑やかに話しかけてきたのは、神木家の双子。

 そう、飛鳥の妹弟──華と蓮だった!





https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139557144822875

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る