第122話 偏愛と崩壊のカタルシス⑧ ~蓮華草~
それから、ゆりさんは、俺から番号をきいて、父の携帯に電話をかけた。
「もしもーし、初めまして阿須加ゆりと申しまーす。今、オタクの息子さんである神木飛鳥くんを預かってます! このまま私に連れ去られたくなかったら、母親にも警察にも一切知らせずに、1人で星ケ峯三丁目の公園まできてくださーい!」
「……」
「留守電だった。ちょっと時間かかるかなー?」
「あの、だいじょうぶ?」
「大丈夫! でも、これでこなきゃ、本当に"いらない"ってことになっちゃうけど、飛鳥こそ大丈夫?」
「……っ」
ゆりさんの言葉を聞いて、俺は更に不安げな表情を浮かべた。
お父さん、来てくれるかな?
「もし、こなかったら……俺、どうなっちゃうの?」
「うーん……まー、普通なら警察行きかな?」
「へ!? やっぱり捕まっ」
「あはは、違うって。普通、迷子ならおまわりさんのところに行くでしょ? まー警察にいったら、母親にも連絡行くだろうけどねー。ただ、厄介なのは、父親が母親に連絡して、母親が来ちゃうパターンだよねー。最悪、児相(児童相談所)に連絡するのも手だけど、飛鳥、暴力ふられてるわけじゃないしなー……せっかく名前まで名乗ったんだし、飛鳥のパパが、一人で来てくれたらいいんだけど」
ゆりさんは、いろいろなパターンを想定しているのか、また、うーんと考え込んだ。
そして、その後も、俺たちは父を待つ間、二人で何でもない雑談を繰り返した。ゆりさんは、いろいろと楽しい話をしてくれて、俺が不安にならないように努めてくれているようだった。
「ねぇ、ゆりさんは、なんで俺に、こんなに良くしてくれるの?」
俺がそう問いかければ、ゆりさんは、俺をみたあと、少しだけ悲しそうな顔をした。
「うーん……私の父はさ、私が小学生のときに事故で死んじゃったんだけど、その後、母も病気で死んじゃってね? 私、小学4年生で、いきなり天涯孤独の身になっちゃってさー!」
とても悲しい話のはずなのに、ゆりさんは決して重くならないよう、明るく話そうとしているようだった。
「普通なら施設行きなんだけど、うちの母、実は名家の一人娘で、駆け落ちして、父と一緒になったらしくて」
「カケオチって、なに?」
「あー、恋人と二人で逃げる的な? でも、二人とも死んじゃったし、それからが大変だったんだよ。祖母の遺産の代襲相続人にあたるのが、私だかなんかで、遺産目当てに顔も知らない親戚が、私を引き取りたいとかいってきて……祖母の方に行けば良かったのかもしれないけど、もう年だったし、その親戚の元に行くことにしたんだけど」
「……」
「その引き取り先の親が、かなり金にきたなくて、マジ最悪! 初めの頃は良くしてくれたんだけど、段々扱いが雑になってきて虐待さるようになって。おかげで、グレてこんな有り様! しかも、あのエロじじぃ……血がつながってないからって……っ、あ」
瞬間、ゆりさんはバツの悪そうな顔をすると、そのあとまた笑顔に戻って、明るく接してきた。
「まぁ、そんな感じ! で、今、絶賛家出中なの!」
悩みなんて、なにもなさそうだと思っていたのに、なにか辛いことがあったのか、一瞬だけ見せた苦しそうな顔に胸がしめつけられた。
だけど、その時のゆりさんの話を、子供の俺が理解出来るはずもなく
「なんか、むずかしくて、よくわかんなかった」
「あはは、わかんなくていいよ。まー親がゲスな気持ちはわかるから、アンタのこと、ほっとけなかったんだよね。それに私、子供好きなの♪」
「そうなんだ」
「うん! あ、ほかに何か聞きたいことある?」
「えっと……じゃ、好きなお花?」
「やだー、なにその質問、可愛い~♪」
ゆりさんは再び顔をほころばせると、俺を見つめて、ふんわりと優しい笑みを浮かべた。
「あたしが好きな花はね、蓮華草かな?」
「れんげそう?」
「うん。この辺じゃ、あまりみたいかな? 昔、引き取られる前は、ちょっとした田舎にすんでてね。母とよく田んぼの畦道で、蓮華草を摘んで、花冠とか作ってたの。地味で小さい花だけど、私にとっては、幸せだった頃の記憶がいっぱいつまった、思い出の花なんだー」
優しくてふわり包みこむような、その雰囲気が妙に温かくて、ゆりさんの隣は、なんだかとても──安心した。
「飛鳥!!」
「!?」
だけどその時だった。
父が俺を呼ぶ声が、突如、公園内に響きわたる。
公園の外に視線をむけると、仕事中だったのかもしれない。スーツ姿にコートを羽織った父が気難しい顔をして、こちらに歩いてくるのが見えた。
俺はその姿を見て一瞬怯むと、ゆりさんは組んでいた足をもどし、ベンチから立ち上がる。
「飛鳥、お前、なんでこんなところに……っ」
父が俺を見て、眉を顰める。なんとなくだけど、父が怒っている気がして、俺はとっさにゆりさんにしがみついた。
どうしよう。やっぱり……怖い。
「お兄さんが、この子の父親?」
「……君が、電話をいれたのか?」
「そーでーす♪ ちょっとお話ししたいことがあって」
肌を刺すような二人の殺伐とした雰囲気に、身がすくんだ。
俺はギュッとゆりさんの服を握りしめると、涙目になって、その顔を伏せる。
すると、そんな俺に気づいたのか、ゆりさんは俺の頭を優しく撫でると──
「お兄さん、この子、もう
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