第492話 敵意と逆鱗


(結局、受けとって貰えなかった)


 から揚げの出店の前で、あかりは、いきどおりを感じていた。


 借りは作りたくないのに、お金は受け取ってはもらえず、結局、奢られてしまったからだ。


 そして、この対応は、なんなのか?と、深く考える。


 もう、嫌われてるはずだ。

 だって、3ヶ月も無視し続けたんだから。


 いくら『待つ』といっていても、なんの反応もなければ、いつか心が折れる。


 それに、あの電話を最後に、LIMEすら来なくなった。


 きっと、あれは、という証拠で

 

 という、意思表示のはずで


 それなのに──…


 

(なんで、優しくするの?)



 いや、深く考えちゃいけない。


 元々、彼は、そういう人だ。



 誰にでも優しくて、誰にでも笑顔を振りまく人。

 


 きっと、にだって──


 

「姉ちゃん、大丈夫?」


「……!」


 瞬間、理久が声をかけてきた。


 ボーッとしていたからか、思いつめていたからか、この弟には、いつも心配ばかりかけてしまう。


「ぁ……ごめん、大丈夫」


「ホントかよ。つーか、姉ちゃん、よっぽど、あのお兄さんのことが苦手なんだね?」


「え?」


「だって、あんなに人に冷たくあたる姉ちゃん、初めてみたし」


「そ……そうよね」


 冷たくあたる──そう言われ、あかりは、申し訳ない気持ちになった。

 

 きっと、今の自分は、誰が見ても、神木さんを避けているようしか見えないだろう。


 でも、できるなら、こんな姿、弟にはみせたくなかった。

 

 人には優しくしなさいと、親からも躾られてきたのに……

 

「でも、しつこい男には、あれくらいハッキリ言わなきゃダメだよな!」


「え?」


 だが、そんなあかりの耳に、弟の力強い声が届く。


「姉ちゃん、やるじゃん! これも、一人暮らしをはじめた効果かな!」


「そ、そうなの……かな?」


 キラキラと目を輝かせる理久は、頼りない姉が、先輩に言い返している姿を見て、感心したのかもしれない。


 だが、その返答を聞く限り、理久は、飛鳥に対して、敵意を向けているようにも見えて……


「あ、あのね、理久……っ」


「それより、唐揚げ代、どうすんの?」


「え? どうするって、受け取ってもらえなかったし……っ」


 そう言って、再び飛鳥の方に目を向ければ、飛鳥の周りを、また別のグループが取り囲んでいた。


 友達なのか、ただの知り合いなのかは知らないが、飛鳥の周りには、自然と人が集まる。


 特に今日は浴衣を着ているからか。

 その美しさに、引き寄せられるかのように──…

 

「しょうがねーな! 姉ちゃんが返せないから、俺が代わりに返す!」


「え?」


 だが、その後、理久が再び声を放ち、あかりは瞠目する。


「な、なに言って」


「だって、奢られたくないんでしょ?」


「そ、それは、そうだけど……でも、理久に、そんなことさせられな」


「いいよ! 姉ちゃんじゃ、無理そうだし! それに迷惑してるなら、俺がガツンと言ってやる! うちの姉ちゃんを困らせるなって!」


「え! ちょっと!?」


 だが、その後、まんまと手にしていたお金を理久に奪われ、あかりは、じわりと汗をかく。


 姉のために、そこまでしてくれるなんて、相変わらず優しい弟だ。


 だが、あの神木さんに、ガツンと?!


(だ……大丈夫かな? 怒らせたりしなきゃいいけど……っ)



 ◇


 ◇


 ◇



「あかりさーん、飛鳥兄ぃ、こっちだよー」


 その後、境内けいだいへ戻ったあかり達は、先に場所の確保に向かっていた華たちと合流した。


 燈籠とうろうの光が優しく照らす境内は、とても風情ふぜいがあり、それでいてにぎやかな光景が広がっていた。


 そして、その場所には、竹細工たけざいくでできたベンチが等間隔でならんでいて、それを二つ確保した華と蓮が、席を空けながら話しかけてきた。


「飛鳥兄ぃたちは、そっちね」

「俺達は、こっちに座るから」

 

 二つのベンチに9人で座るとなれば、少々、窮屈きゅうくつかもしれない。


 だが、座れないことはなく、華たち高校生組と狭山が、一つのベンチを陣取れば、残る一つに腰かけるメンバーは、自ずと決まってしまった。


 そう、飛鳥と隆臣、そして、あかりと理久の四人だ。


「あかりも、座れば?」

 

 そして、ベンチのはしに、飛鳥と隆臣が、背中合わせに腰かければ、空いた隣のスペースを指さしながら、飛鳥があかりをみつめた。


 まるで、隣に座れとでも言うような仕草しぐさ

 だが、隣になんか座れるわけがない。

 

 大学の知り合いに会ったら、ちょっと厄介なことになりそうだから……


「姉ちゃんは、こっち」


 すると、あかりが困っているのを察したらしい。

 理久が、あかりの手を掴んだ。


 そして、飛鳥の隣を理久が陣取り、その隣に、あかりを座らせれば、飛鳥とあかりは、理久を間に挟み、座ることになった。


 そして……

 

「これ、さっきの唐揚げ代。受け取ってください」


「「!?」」


 そして、先程、受けとってもらえなかったお金を、理久が、強引に突き返せば、向かいに座っていた華たちがゴクリと息を呑んだ。


 生唾を飲み込む音が、こちらにまで聞こえて来そうだった。


 だが、無理もない。

 

 あのお兄様に、敵意むき出しで話しかける強者つわものがいるのだから!!


 しかし、そんな殺伐とした空気を感じつつ、飛鳥は、にこやかに語りかける。


「そんなに、俺におごられたくないの?」


「奢られたくない。つーか、姉ちゃんが困ってんの、見れば、わかるだろ! アンタ、いいけど、性格はなんだな!」

 

 そして、言ってはいけないことを言ってしまった!!


 これは、確実に逆鱗に触れている!

 そんな訳で、場の空気も、2℃は低くなった気がした。


 だが、さすがは小学生!

 いや、むしろこれは、小学生だからこそなのか?


 怖いもの知らずとはよく言うが、理久の言動には、みんなして、ガクガクと震えていた(特に神木家の双子)


 だが、そんな理久の言葉に、最も青ざめていたのは、姉である、あかりだった。


「り、理久! なんてこというの!?」


「だって、姉ちゃん、困ってるんだろ! いくら先輩だからって、何でも言うこと聞いてたら、いつか、とんでもないことをさせられるぞ!」


「とんでもないことって、なによ!? というか、神木さんは、そんな人じゃないから!」


「なんで、あっちの肩、持つんだよ!?」


 そりゃ、理久にとっては、意味がわからないだろう。

 姉は確実に、避けているのだから。


 すると、まるで、その答えとでも言うように、飛鳥が──


「好きだからかな」

 

「……っ」


 そして、その言葉に、あかりは息を呑んだ。


 す、好きだから?

 何を言ってるの?


 心拍が微かに上昇する中、あかりは、恐る恐る飛鳥を見つめる。


 すると、飛鳥は──






https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093073449803002

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