第17章 華の憂鬱
第226話 華とお兄ちゃん
「華、お願い! お兄さんの写真どれか譲って!!」
それは、とある金曜日の放課後──
机に向かい帰り支度をしていた華に、一人の女子生徒が申し訳なさそうに、手を合わせた。
髪をポニーテールにした快活そうなその女子は、華が高校に入ってから仲良くなった、新しい友人なのだが……
「えー、無理だよ。写真なんて」
「お願~い! お姉ちゃんに頼まれたの! 夏祭り、兄妹弟で一緒に行ったっていってたし、浴衣姿の写真とか撮ってたりしない!?」
「……っ」
その言葉に、華は一瞬口ごもる。
実をいうと、浴衣姿の写真がない訳では無い。
夏祭りの日、美里に浴衣を着付けてもらった際、久しぶりに兄妹弟で浴衣を着たこともあって、美里が写真を撮ってくれた。
そして、その夏祭りの写真は、しっかりと現像され、データと共に、先日美里から手渡された。
ちなみに、その写真の中には、超激レアな兄のメイド服姿の写真まで入っていたりする。だが
(いやいや、『ある』なんて言ったら、絶対飛鳥兄ぃに怒られる!)
ただでさえ、隠し撮り写真が出回っていることに嫌気がさしている兄だ。
そんな中、実の妹が写真を提供したなんて知れたら、確実に、兄の逆鱗に触れてしまう!
そう思った華は、心苦しくなりながらも、嘘の言葉を並べ始めた。
「しゃ、写真とか撮ってないよ」
「えー、じゃぁ、夏祭りのじゃなくてもいいよ。日常のラフな感じのとか? この前、お姉ちゃんに話したら、写真もらって来いってしつこくて……」
「無理無理! うちのお兄ちゃん、写真撮られるの嫌いだから!」
「えー、そんな~……はぁ。でも、そうだよね。やっぱり無理だよねー」
少し気落ちした表情を浮かべた女子生徒。
嘘をついたことに、心苦しくはなりつつも、思いのほか、あっさりと引いてくれて、華はほっと胸を撫で下ろした。
前に華がお弁当を忘れて、兄が届けに来て以来、兄のことは一気に知れ渡った。
なぜ、うちの兄は、あんなにも整った顔をしているのだろうか?
少しでも崩れたところがあれば、ここまで自分達が、苦労することもなかったのに
「華~」
「あ……葉月」
すると、写真をねだってきた女子とは入れ代わりに、友人の葉月が華の元に駆け寄ってきた。
葉月は、華の前の席に腰掛けると、去っていく女子生徒を目で追いながら、ほうほうとうなる。
「相変わらずスゴい人気だね、飛鳥さん」
「あ、聞こえてたんだ」
「ちょっとだけね。でも、これだけモテるのに彼女がいないなんて、正直、信じられないよねー」
「…………」
葉月が何気なしにそう言うと、華は帰り支度をしていた手をピタリと止めた。
(確かに、彼女はいない……けど)
先日、兄が女の子を連れ込んだ時のことを思い出して、華は眉をひそめた。
確かに、彼女は──いない。
だが、やましい関係の女の子はいる。
にもかかわらず、兄はあれから何も変わらなかった。帰りが遅くなることもないし、あの女の人の話をすることもない。
だからか、華と蓮も、いつもと変わらない日常を過ごしていた。
だが、あの日、兄が、あの女の人を抱きしめたの見てから、華の心の中には、モヤモヤと暗い気持ちが立ち込めていた。
「ねぇ……葉月」
「ん?」
「ちょっと、その……相談したいことが、あるん……だけど……っ」
しかめっ面で華がそう言うと、葉月は首を傾げる。
「なに、相談って?」
「その、葉月は……お兄さんに彼女ができた時、どんな気持ちだった?」
「え?」
ひどく真剣な表情の華。それを見て、葉月は珍しいなと驚きつつも、真面目に返事を返してくる。
「あのね、華。うちの兄貴、今、高三なんだけど、"彼女いない歴=年齢"だから、その気持ちは、まだわかんない」
「なにそれ!?」
だが、どうやら相談する相手を間違えたらしい。
いつも的確なアドバイスをくれる葉月も、兄に彼女が出来た試しがないなら、この気持ちは分かるまい!
「はぁ……そうなんだぁ」
「もう、どうしたの? もしかして、飛鳥さん、彼女できたの?」
「いや、彼女は出来てない……けど」
深いため息をついたあと、華はその後、口ごもる。
まさか、兄にやましい関係の女の子がいるなんて、いくら葉月でも相談できない!
というか、これ(兄が女遊びしてる)が、もし世間に広まったら、神木家は終わりだ!
「いや、ちょっとね。例えばの話。彼女が出来たら、なんかモヤモヤしそうだなって……っ」
「モヤモヤ? あーお兄ちゃん、取られちゃう~みたいな?」
「え? 取られちゃう?」
「だって、華はブラコンだしね~。昔から、飛鳥さんのこと大好きだったし、彼女ができたら複雑だろうなって」
「…………」
──複雑?
その何気ない返答に、華は瞠目する。
ずっと兄が、彼女を作らないのが不思議だった。
あれだけ人気者で、あんなに整った顔立ちをしていて、その気になれば、彼女なんていつでも作れる。
だけど、そう思いつつも、心のどこかで、兄が彼女を連れてこないことに、安心している自分もいた。
「あ、雨……」
「!」
瞬間、葉月の声に遮られ、華は思考を止めた。
見れば、先程まで曇り空だった上空から、ポタポタと大粒の雨が降り始めていた。
「華は、傘持ってきた?」
「ぁ、うん。飛鳥兄ぃが持っていけって言ってたから……」
「あはは、さすが飛鳥さん! ホント神木家は、飛鳥さんでまわってるって感じだよね~」
「…………」
葉月の声を聞きながら、華は校庭を濡らす雨に、再び視線を落とした。
すると、その心の中には、また、あの時のモヤモヤとした感情が蘇ってくる。
この『感情』がなんなのか、ずっと疑問だった。
だけど──
(そっか私、本当は……)
お兄ちゃんのこと──
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