第227話 雨とシャワー


 ザ───…


 その頃、突然降り出した雨に晒されながら、あかりは、急ぎ足でアパートへ向かっていた。


 大学の講義が終わり、その帰宅途中。


 本降りになった雨は、あかりの服を容赦なく濡らし、家につく頃には、髪も体もずぶ濡れになっていた。


「はぁ……傘もって行けばよかった」


 アパートにつくと、あかりは深くため息をついた。


 梅雨の時期は、いつも折りたたみ傘を持ち歩いているが、9月になり気を抜いていたからか、今日は傘を持っていなかった。


(びしょ濡れ……)


 濡れた身体のまま、とぼとぼとアパートの階段を上がると、あかりは鍵を取りだし、玄関の鍵を開けた。


 部屋の中に入れば、家の中は、いつもと変わらず、シンと静まり返っていた。


「ただいまー」


 あかりは、誰に言うでもなく、帰宅の挨拶をし、その後、ワンルームの中に入る。すると、荷物を置き、そのまま脱衣所に向かった。


 バスタオルを手に取り、濡れた髪を拭きとると、シャワーを浴びようと、一度リビングに戻る。


 すると、外には激しい雨がザーザーと降り続いていて、その音を聞き、あかりは、ふと飛鳥が初めて、この家に来た時のことを思い出した。


(そういえば……あの時も、こんな感じの雨が降ってきたっけ)


 数ヶ月前──


 初めてエレナの母であるミサを見かけた日、今にも倒れそうな彼を抱えて、家まで連れてきたことがった。


 急に呼吸が乱れて、どうしていいか分からず、ただ背中をさすることしか出来なかった、あの時、今日のような雨が、突然降り出してきて、あかりは、慌ててアパートの中に入った。


 パラパラと降り出した雨は、家に入るなり本降りになり、打ち付けるような激しい音を聞きながら、ベッドに横たわる彼を必死に介抱した。


 あの時は、まさかここまで、深く関わることになるなんて思わず、きっと、介抱して目が覚めたら、また他人に戻るのだろう、そう思っていた。


 でも……



……だったんだ」


 あの三人が親子だということを、改めて認識し、あかりは眉をひそめた。


 先日の話を聞いて、全て"筋"が通った気がした。


 彼が、ミサさんにあれだけ怯えていたのも


 エレナちゃんのことを、誰よりも理解出来たのも……



「でも、さすがにあの言葉は……堪えたかな」


 飛鳥の対応には、納得することばかりだ。

 だが、先日言われたあの言葉は、さすがにこたえた。


『この件には、もう二度と関わるな』


 自分を巻き込まないために言ってくれた言葉。

 それは、よく分かっていた。


 だけど、できるなら、エレナのことは、自分がなんとかしてあげたかった。


「くしゅ……」


 瞬間、小さくくしゃみをして、あかりは、そっと自分の身体を抱きしめた。


 濡れた身体のまま考え事をしていたせいか、どうやら冷えてしまったらしい。


(シャワー、浴びなきゃ……っ)


 肩を震わせつつ、気持ちを切り替えると、あかりは、ウォークインクローゼットから着替えを取り出し、再び脱衣所に向かった。


 一人暮らしのあかりだ。


 風邪をひくと、なにかと面倒だと、髪を拭いていたバスタオルを籠にかけ、服のボタンにそっと手をかけた。


 濡れた身体に張り付いた服を全て脱ぎすて、それを洗濯機の中に放り込む。


 その後、風呂場へと入りシャワーを手に取ると、温かいお湯は身体を伝い流れ、それは、同時に冷たい床も温めていった。


 だが──


「っ……」


 瞬間、あかりはシャワーをとめると、顔を青くし、その場にへたり込んだ。


 唐突に、蘇ってきたのは──


『あのさ、あかり。少し、話したいことがあるんだけど……今から、うちに来ない?』


 そう言った、の言葉。


 そしてそれは、何度と忘れようとして忘れられなかった『後悔』の記憶だった──


「ッ…………ゃだ…っ、」


 手を震わせ、まるで凍えるような吐息を漏らすと、あかりは、ぎゅっと自身の身体を抱きしめた。


「……なん、で……もう……っ」



 もう、慣れたはずだった。



 ──外に降る強い雨の音も


 ──生ぬるいシャワーの音も



 全部、克服したはずだった。



 それなのに──




「ッ………、」




   ザ───


 外には、強い音をたてながら、雨が容赦なく降り続いていた。


 あかりは、ぎゅっと目を閉じると、まるで、その音から逃げるように、ただひたすら耳を塞いでいた。



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