第343話 手料理と雪の日


 あかりの家に入ると、そこは前に来た時とは違い、すっかり冬仕様に変わっていた。


 ベッドの前のテーブルは、コタツに変わっていて、部屋には暖房もかかっていた。


 暖かくて、ほっこりして、どこか甘い香りのする室内。


 だけど、前に来た時と違うのは、この気持ちを自覚していること。そのせいか、なんだか気持ちが落ち着かない。


「何か食べたいものは、ありますか?」


 すると、部屋に入るなり、あかりが問いかけた。


 ロングスカートにセーターを着たあかりの様子は、普段と変わらない。男と二人っきりだと言うのに、全く意識してない、その姿を見れば


(やっぱり、男として見られてないよな?)


 そんなことを思いつつ、飛鳥も、また普段通り話を続ける。


「なんでもいいよ、あかりが食べたいもので」


「そ、そうですか……じゃぁ、生姜焼きとかどうでしょう?」


「……生姜焼き」


「あ、すみません! もっと気の利いたもの言えればよかったんですけど、今日は、生姜焼きにしようと思っていて、ちょうど下味つけてたやつがあるので、どうかなと……でも嫌なら、他のものでも! スパゲティとか、卵もあるし、オムレツとかでも」


「生姜焼きでいいよ。ちょうど和食が食べたいと思ってたし」


「そ、そうですか、良かった」


 すると、安心したように笑ったあかりは、その後、キッチンに向かった。だが、そんなあかりを飛鳥が引き止める。


「ねぇ、俺もなにか手伝おうか?」


「え? でも……」


「座って待ってるのも暇だし。まぁ、キッチンに入って欲しくないって言うなら、無理にとは言わないけど……」


「そ、そんなことはないですけど……じゃぁ、神木さん、お味噌汁は作れますか?」


「今まで、何百回と作ってきたよ」


「何百回!? 私より多い!!」


 主婦歴でいえば、ゆりが亡くなっからだから、約12年ほど。


 それに、小学生4年生の頃から料理をはじめている飛鳥にとって、味噌汁は手馴れた料理の一つだった。


「凄いですね。この前のクッキーも美味しかったですが、神木さんがお料理得意だとは思いませんでした」


「なにそれ、イメージと違った?」


「はい。でも、そういう所は、やっぱりお兄ちゃんって感じですね」


 そう言って、朗らかに、それでいて楽しそうに笑うあかりを見れば、こちらの気持ちもなんだか、ふわふわしてきた。


 ミサの件あんなことがあったあとも、変わらず傍いて笑ってくれる。


 しっかりと受け入れて、こうして一緒にご飯をたべようとしてくれる。


(やっぱり、いいな。……この感じ)


 優しくて、あったかくて、この居心地の良さに、酔いしれる。


 だけど、これは、今の俺が──あかりの『友達』だから。




 ◇


 ◇


 ◇



 その後、キッチンでは、二人並んで料理を作る。


 コンロの前で味噌汁を作る飛鳥の隣で、あかりはキャベツを千切りにしていて、こうしている姿は、恋人通り越して、もはや夫婦みたいだった。


(なんだか、落ち着かない……)


 あかりの家で、あかりの隣で料理をつくる。


 味噌汁なんて、これまでにも何度と作ってきたはずなのに、いつもと違うせいか、どうにも手元がおぼつかない。だが、あかりは、そうではないのか


「今日は寒いですね~」


 なんて言って、また変わらずに話しかけてきた。


「さっき雪降ってきてたし、今夜はつもるんじゃないかな?」


「え……雪ですか?」


 すると、どこか不安げな表情を浮かべたあかりを見て、飛鳥は首を傾げる。


「どうしたの? 雪、苦手なの?」


「あ、いえ……そんなことはないですよ。雪キレイですよね~」


「…………」


 どこか、ムリして笑っているようにも見えた。


(なんだろ? 雪じゃないなら、寒いのが嫌いとか?)


「あ、お味噌汁、どうですか?」


 そんなことを思っていると、また、あかりが話しかけてきて、飛鳥は仕方なしに、話しを戻す。


「もうできたよ」


「わぁ、ありがとうございます! じゃぁ、次は私がコンロ使いますね!」


 どうやら、生姜焼きの出番らしい。


 フライパンを出したあかりは、飛鳥と入れ替わりに、生姜焼きを焼き始めた。


 肉の焼ける香ばしい香りが、自然と食欲をそそる。飛鳥は、真剣に料理をするあかりの姿を見つめながら……


「今日はごめんね。みんなして、急に押しかけて」


 自分だけでなく、エレナ達もきたのなら、あかりにとっては、大変な一日だったかもしれない。


 だが、あかりは、そんな表情は一切見せず


「気にしないでください。それに、ので、むしろ、皆さんが来てくれて良かったです」


「……え?」


 一人でいたくなかった──そう言った、あかりに、飛鳥は思考を奪われた。


 雪に反応したさっきの表情といい、何か違和感を感じた。


 ──トゥルルル!


 だが、その瞬間、携帯の音が鳴り響いて、思考を遮られた。


 あかりのスマホだ。こたつの上に置かれたそれは、ブルブルと震えながら音をたてていた。


「あ、すみません」

「いいよ、あとは俺がやるから、出れば?」


 皿に盛り付けるだけになった生姜焼きを、飛鳥がうけとると、あかりはそそくさと電話に出る。


「もしもし、お母さん……」


 すると、その電話は、あかりの母親かららしい。


 静かな部屋には、あかりの声がよく響いて、飛鳥は、皿の上に、生姜焼きを盛りつけながら、その声をきいていた。


「今日は……うん、そうだね。大丈夫だよ。心配しないで」


 すると、背を向けたあかりが、また"今日"と言って、飛鳥はふとカレンダーを見つめた。


 今日の日付は──2月18日。


 あかりにとって、今日がなんの日なのかは分からないが、その声は、いつもと違っているように聞こえた。


「うん、じゃぁ……またね」


 だが、その後、あっさり電話が終わったかとおもえば、あかりは、またキッチンに戻ってきた。


「すみません、お待たせしまって……!」


「うんん、もう良いの? お母さんからなんだろ」


「はい。大丈夫です。うちの母、心配性で、よく電話が来るんです」


 そう言った、あかりは、普段と変わらない笑顔で笑っていた。


 さっきの声が、まるで嘘みたいに──



「それより、さっそく、食べましょうか!」


 すると、あかりが、盛り付けが終わった料理を見てそう言って、その後は、二人で一緒にご飯を食べた。


 こたつを囲んで、二人きり。


 他愛もない雑談をしながら食事を終えれば、最後にデザートがあるからと、プリンをさし出された。


「このプリン美味しいんですよ! 中がすごくなめらかで」


「これ、どこのプリン?」


「第2小の先にあるケーキ屋さんです」


 食べてみれば、言われたとおり滑らかで、口溶けがよく、とても美味しかった。


 あかりが作った生姜焼きも、程よく生姜がきいていて美味しかったし、自分が作った味噌汁も、あかりはとても美味しいと言っていた。


 案外、食べ物の好みは、似ているのかもしれない。


「そういえば、お前、かぼちゃは食べれるようになったの?」


「う……それは、天ぷらでなら……なんとか」


「はは、今度、かぼちゃで、何か作ってあげようか?」


「え、でも……っ」


「克服したいんだろ?」


「そうですけど……っ」


 からかいながらニッコリ笑えば、少しだけ困った顔をするあかりに、頬が緩んだ。


 こんなあかりの顔を見れば、不思議といじめたくなってしまう。


「あ、そういえば」

「?」


 だが、そこにまた、あかりが声を上げ


「あの、来月のお花見の日程って、まだ、決まってないですよね?」


「日程? お花見の?」


 その話に、先日約束したことを思い出す。


 バレンタインのお返しに、思わず『あかりの時間が欲しい』と言ってしまったこと。


「あー……春休みに入った頃かなとは思ってるけど?」


「そうですよね。華ちゃんやエレナちゃんの都合もあるでしょうし」


「え?」


 だが、その後、放たれたあかりの言葉に飛鳥は一驚する。


 華やエレナの……都合?


(あーなるほど……こいつ、みんなで、花見に行くと思ってるんだ)


 あかりらしいといえば、あかりらしい。


 だが、気持ちがいいくらいとしかおもわれてなくて、ちょっと悲しくなる。


「神木さん、日程が分かったら、できるだけ早く教えて頂けませんか?」


「うん。別にいいけど、何か用事があるの? ダメな日があるなら、先に言っててくれたら」


「あ、ダメな日というか、実は私、アルバイトを始めようと思っていて」


「アルバイト? なんで?」


「それは、引越しを考えていて、お金を貯めようかなと……」


「引越しって! まさか、また大野さん、なにかしてきたの!?」


「あ、いえ! 大丈夫です! 神木さんが、彼氏のフリをしてくれるようになってから、あまり誘われなくなりましたし、ヤバいってほどでは! でも、この先もずっと、神木さんにをしてもらう訳にはいかないので」


「…………」


 彼氏のフリ──その言葉に飛鳥は息をつめた。


 つまり、あかりは今、偽物の彼氏である自分を解放するために、アルバイトをして、ここから引っ越そうとしているのだろう。だが……


「ダメ」


「え?」


「バイトって、まさか、大学終わって夜するつもりじゃないよね? ただでさえ、危機管理能力ないのに、危なすぎるよ」


「な、失礼ですね! ちゃんと、ありますよ、危機管理能力くらい!」


「どうだか。だいたい、俺に気を使って、そこまでする必要ないよ」


「でも、もしこの先、神木さんに彼女が出来たら、私の存在は、ややこしいことになりますし。そうなる前に……」


「彼女なんて出来ないから、心配しなくていいよ」


「そんなの、分からないじゃないですか! 今は無理でも、いつかいい人が現れるかもしれませんし、それに、さっきだって私のせいで迷惑をかけてしまって……いつまでも神木さんに、あんな嘘をつかせるわけには」


「じゃぁ、本当に付き合う?」


「……へ?」


 瞬間、飛鳥の言葉に、あかりが瞠目する。


 目が合えば、綺麗な青い瞳が、真っ直ぐにこちらをみつめていた。


 しかも、それは、決して、冗談ではないとでもいうように──


「か、神木さ……」


「俺と付き合えば、もう嘘じゃなくなるよ。大学でも、付き合ってるって公言してしまえば、コソコソする必要もなくなるし、今よりも、ちゃんと守ってあげられる。俺に、嘘をつかせたくないっていうなら──俺とで、付き合ってみる?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る