第342話 涙と嘘

「え……?」


 扉が開くと、中からでてきたあかりは、目を赤くし、泣き腫らしたような顔をしていて、飛鳥はその瞬間、目を見開いた。


 鼓動が微かに早まり、冷や汗が流れる。


 なんで?

 もしかして、あの人が──?


「あかり、どうしたの!?」


 思わず、あかりの肩を掴んで詰め寄った。


 ──泣かせた、あかりを……っ


 そう思うと、胸が、これまでにないくらい苦しくなって


「あ、これは……っ」


「あれ~どうしたのー?」


「「!?」」


 だが、あかりが何かを発しようした瞬間、横から声が響いた。


 その声に、なんだか嫌な予感がして、恐る恐る顔を向ければ、そこには、あかりの隣に住む住人──大野さんがいた。


 そして、大野は、あかりが涙目になっているのに気づくと、飛鳥同様、血相を変えて近寄ってきた。


「あかりちゃん、どうしたの!? なんで、泣いてるの!?」


 ──あ、まずい。


 何となく、そう感じたのは、二人同時だった。

 すると案の定、大野は


「もしかして、泣かされたとか!?」


 あぁ、やっぱり、そうくると思った!


 だが、これで飛鳥に泣かされたなんて話になれば、また厄介なことになりかねない。


 そう思った飛鳥とあかりは、目を見合わせたあと


「大野さん! 私、泣かされたりしてません! これは映画を見ていて、泣いてしまっただけで……!」


「そうそう。だから、俺は泣かせてないし、大野さんが心配するようなことは何もないよ?」


「……本当に?」


「ほ、ホントです! むしろ、私たちすっごく仲がよくて……!」


 二人は、にっこりと笑って、嘘をつく。


 あたかも仲の良い恋人のフリをし、その場をなんとか、やり過ごそうとする。


 だが、大野は、まだ納得していないようにも見えて……


「あ、さん!」


 瞬間、あかりが、飛鳥の腕にキュッと抱きついてきた。


 咄嗟に名前で呼ばれて、飛鳥は驚き困惑する。だが、あかりは──


「は……早く中に入りましょう。ここ寒いし」

「……っ」


 まるで、本当の恋人同士のように、腕を組み、中に──といったあかりに、飛鳥は全てを察した。


「あぁ、そうだね。……じゃぁね、大野さん」


 そう言って、にこやかに手を振ると、飛鳥はあかりと共に家の中に入り、ガチャと鍵をかけた。


「「………………」」


 そして、それから暫く外の様子を伺う。だが、大野が家に入った音を確認すると、二人はホッと息をつき


「だ、大丈夫でしょうか?」

「……どうだろう」


 今のを、どう見られたのだろうか?


 もし、これでまた、あかりにちょっかいをだされても困る。


 飛鳥はそう心配しつつも、ふと、あかりが泣いていたことを思いだすと、改めて問いかける。


「それより大丈夫? どうして泣いてたの?」


「え?」


 心配し、そういえば、一瞬きょとんとした後、あかりは、飛鳥から腕を離し小さく笑った。


「そんなに心配しないでください。本当に、映画を見て泣いてしまっただけなんです」


「映画? 本当に?」


「はい」


「そう……じゃぁ、俺の……っ」


 俺の──のせいではないのだろうか? そう思うと、少しほっとして……


「それより、神木さんこそ、どうしたんですか?」


「え? あぁ、ごめん、急に来て。今日、あの人が来るって……聞いたから」


 恐る恐れ問いかければ、一呼吸置いて、あかりはまた微笑んだ。


「心配して来てくれたんですか? ありがとうございます……でも、大丈夫ですよ」


「え?」


「ミサさん、しっかり謝ってくれました。私に、……怖かったんだそうです」


「…………」


 その言葉に、あの日のことが蘇る。あの人が、あかりを"ゆりさん"と間違えて傷つけようとした──あの時のこと。


「そう……」


「あれから、ミサさんとは? お会いしました?」


「いや……」


「……そうですか。ミサさん、大分雰囲気が柔らかくなっていましたよ。エレナちゃんも、よく笑っていましたし」


「………」


 ──良かった。


 あかりの言葉に、素直に安心して、なんだか急に気が抜けきた。


 なにごともなくて、本当に良かった。


 むしろ、映画まで見れるほどの余裕が、あかりにはあったのだ。


「でも、わざわざいらっしゃらなくても、電話やLIMEでも良かったのでは?」


「え?」


 するとあかりが、首を傾げつつそう言って、飛鳥は自分の行動を振り返る。


 確かに、連絡は知っているのだから、一言電話をかければ良かったのかもしれない。


 でも……


(直接、顔を見て、確認したかったなんて……っ)


 さすがにそんなこと──口が裂けても言えない。


「あ、これからどうしますか?」


「え? これからって?」


 すると、またあかりが問いかけてきて、今度は飛鳥は首を傾げる。


「あ、その……大野さんの前で、あのように招き入れてしまった手前、早々に帰るのは怪しまれるのかな?と」


「…………あぁ」


 すると飛鳥は、今の状況を改めて確認する。


 確かに、彼氏(偽)が尋ねてきたばかりで、すぐに帰れば、怪しまれる可能性がある。


 特に、あの大野さんを相手にするなら、できる限り、怪しまれるような行動は避けておきたい。


 だが、そうなると……


「また、うちでしますか?」


「!?」


 すると、あかりがまた笑顔でそう言って、飛鳥は一驚したのち、あかりの家に初めて来た日のことを思い出した。


 あの日、やたらとしつこい大野を追い払うために、あかりのになりすました。


 だが、その際──


『俺たち、これから、すっごくするから邪魔しないでね?』


 なんて言って、大野を追い払ったのだが、どうやらあかりは、あの言葉のを、まだよく理解していないらしい。


(……どういう意味が教えてやったら、どんな反応するんだろう)


「あ! またゲームにしますか? それとも、映画でも? ──て、神木さん、まだ夕飯食べてないですよね?」


「え? あぁ、食べてないけど」


「じゃぁ、一緒に食べますか?」


「え?」


「この前、夕飯ご馳走になりましたし! あ、でも、私が作ったもので良ければですが」


「……っ」


 なんか、とんでもない話になってきた。


 確かに、大学が終わりすぐ来たから、まだ夕飯を食べていない。


 だが、あかりの家で一緒にご飯を食べるなんて、さすがにこの展開は、想像もしてなかった。


「ちょ、ちょっと待って! お前は、大丈夫なの?」


「はい。大丈夫ですよ。たいしたものは作れないし、部屋も狭いですが、ゆっくりしてください」


 そう言って、にっこり笑ったあかりは、靴を脱き、そのまま部屋の中に入っていった。


 飛鳥は、そんなあかりの後ろ姿を見つめながら


(アイツ……俺のこと、まだとしてみてないんじゃ)


 未だに『女友達』止まりな気がして、 飛鳥は、少しだけ複雑な心境になったのだった。


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