第195話 いつか と いつまでも


 それから暫く、蓮は華の背を擦りながら慰めていた。


 溜め込んでいたモノを吐き出して楽になったのか、泣いていた華の呼吸は次第に落ち着き、それを感じ取って、蓮が再び声をかける。


「もう、大丈夫か?」

「……うん」


 小さく頷いて、華が蓮から離れると、蓮は申し訳なさそうに、視線を落とした。


「あの、この前は、ごめん。別に、華に早く彼氏を作ってほしいとか、そんなこと思っていたわけじゃなくて……ただ、いつかそんな日が来ると思ったら、自分から突き放した方が楽だとおもったんだ。だから……」


「うんん……私も同じだもの。お兄ちゃんに彼女ができたら、少しは大人として認められるような気がして、お兄ちゃんの気持ちも考えずに、あんなこと言っちゃったんだもん」


 大人になりたいのか、なりたくないのか


 自分でも、よく分からないから



 ただ、自分が変わるよりも


 誰かが変えてくれた方が、諦めもつくから



 でも、それは





 なんて、ずるいんだろう──…








「華、蓮!」


 すると、二人の背後から、突然声が響いた。


 聞きなれた声だった。

 優しくて柔らかくて安心する



 兄の声だ──



「はぁ、やっと見つけた……!」


 飛鳥が、華と蓮の後ろからぎゅっと抱きつくと、二人は驚きつつも兄を見つめた。


 そこには、少しだけ息を荒くした兄がいた。

 きっと、探していたのだろう。


 いなくなった、妹弟を──…



「ずっと電話してんのに出ないから、何かあったのかと思った」


「え? うそ!」


「ゴメン、気づかなかった。でも、よく見つけられたね、ここ結構広いのに」


「そりゃ、お兄ちゃんだからね。お前達の行きそうなところは、大体わかるよ」


「…………」


 お兄ちゃんだから──


 そんな何気ない言葉に、不意に胸が熱くなった。


 子供の頃、三人でかくれんぼをすれば、いつも兄にあっさり見つかっていた。


「ずるい!」なんて反論すれば「お前達が、隠れるの下手だからだろ?」なんて言って返された。


 でも、どんなに見つからないようにと難しいところに隠れても、兄はいつも自分たちを見つけては、ニッコリ笑って、手を差し出してくる。


 でも、あれから何年と経って

 もう「かくれんぼ」なんてしなくなった。


 砂遊びも、縄跳びも、カルタも


 だけど、なんでだろう。



 今になって、あの頃が







 たまらなく、懐かしい。





「ねぇ、お兄ちゃん」


 すると、華が視線を落としたまま、兄に向けて呟いた。


 今にも泣き出しそうな、その弱々しい声を聞いて、飛鳥と蓮は、同時に華に視線をむける。


「私達……いつまで一緒にいられるのかな? 大人になったら……みんな、バラバラになっちゃうのかな?」


 どこか悲痛なその声は、飛鳥と蓮の耳にしっかり届いた。


 ──大人になったら


 それは、あまり聞きたくない言葉だった。


 そして、兄に向けた華のその問いかけに、蓮が小さく息を呑んだ。


 華も、不安なのだろう。


 今の三人の関係が、変わってしまうのが。


 だけど、それに対する「兄」の返答が、少し怖かった。


 兄は自分たちのことを、どう思っているのだろう?


 もしかしたら、うんざりしているかもしれない。


 いつまでも、甘えてばかりで



 大人になれない自分たちを──…





「そうだね……」


 すると、腕の力が微かに強まったかと思えば、兄は二人を抱きしめ、小さく言葉を発した。


「いつまでも一緒にはいられないし、いつかは、そんな日が……来るかもしれないね。でも、そんなの考えればいいよ」


 そういった兄の言葉に、双子は、ぐっと唇を噛み締める。


 いつもこうして、兄は、自分達の決心を鈍らせる。


 まだ『このままでいてもいいよ』と、甘い言葉をかけてくる。


 でも、本当に、それでいいの?


 いつまでも「家族」に縛り付けられたままで



 お兄ちゃんは、幸せなの?






 ヒュ────  パン!


 瞬間、夜空に大きく花火が咲いた。


 色鮮やかな花が夜空を彩ると、三人は同時に空を見上げた。


「始まったね、花火」


 兄の陽気な声に、沈んだ気持ちが少しだけ息を吹き返す。


「花火見たら、少し買い物して帰ろうか?」


 そういう兄に、華は


「来年も……三人で、一緒に見れるかな?」


 空を見上げ、華が呟く。


 それを聞いて、飛鳥は一瞬悲しげや表情をうかべ、そして、また微笑む。


「うん、また来よう、来年も……家族、みんなで」



 空に咲く花が


 切なく辺りを彩る。



 叶えられるかも分からない「約束」に



 縋り付いて



 来年、悲しい思いをするかもしれないけど





 それでも、今は──





 繋ぎとめておきたい。







(ごめん……華、蓮──)



 飛鳥は、心の中だけで呟くと


 そっと、目を閉じた。





『大人になったら、みんなバラバラになっちゃうのかな?』





 分かってる。



 いつまでも一緒にはいられない。




 いつか、華と蓮も大人になって





 あの家を出ていく。






 俺を、一人残して──…








 本当は、覚悟を決めなきゃいけないんだろう。






 二人を手放す「覚悟」を








 だけど、ゴメン






 俺にはまだ、そんな勇気はなくて




 独りになる覚悟は持てなくて






 突き放した方が



 この子達が成長出来るって分かっていて





 あえて、甘い言葉をかけて、繋ぎとめてる。






(どうか、あと……もう少しだけ)






 今のままで───…








 二人が、大人になる日が来たら




 その時は、しっかり受け止めて





 笑顔で送り出すから






 だから───







 ヒュ───  パン!



 夜空に、また一つ花が咲いた。



 消えゆく花火を見つめながら、三人は今日、神様に願った、願い事を思い出す。






 でも、その願いが



 三人同じものだったなんて




 きっと、一生



 知ることはないのかもしれない。












 どうか──




 どうか、神様──







 いつか、三人大人になって





 バラバラになる日が来たとしても






 決して、この『絆』が



 壊れることがありませんように








 どうか、どうか


 いつまでも








 仲の良い兄妹弟のままで







 いられますように───









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