第2話 少年と狭山さん


  ──男?


 その瞬間、狭山さやまは目をパチクリと瞬かせた。


 今、なんと言った? この絶世の美女が……


「えーと……は男だけど、は的な?」


「違うよ」


「じゃぁ、アレかな? 男の娘的な?」


「あはは。お兄さんバカなの?」


 尚も可愛らしく笑った女性は、決して笑っているとは言えない視線をむけて、迷惑そうに答えた。


「俺、髪は長いけど、スカートを穿いてるわけじゃないし、胸だってないんだけど」


「………」


 確かに、お世辞にも『胸がある』とは言えなかった。


 それも貧乳ではなく真っ平ら、もはや絶壁の域に達する。


 しかも、よく聞けば、その声は女性にしては、少しハスキーな声をしてる気がした。


 服装も、ジーンズに紺のダッフルコートに、グレーのマフラーといった、至ってシンプルな出で立ち。


 女性が着るにはいささかボーイッシュすぎる。


 しかも、身長も176cmある狭山よりも少し低いくらいなので、170cmちょっと、と言ったところだろうか?


 スラリとした華奢きゃしゃな身体付き。


 だが、女性特有の柔らかさがあるわけではなく、その服装や体格、それは確かに、彼女がであることを物語っていた。


「…………」


 そして、目の前の『美女』が『』だと気づいた狭山は、口をぽかんと開けたまま硬直する。


 朝から街をさまよい、4時間半!

 やっと見つけた千年に一度の美女が、まさかの男!?


 もはや開いた口が塞がらなかった。


「まー、そういうことだから。残念だったね、お兄さん!」


 すると、狭山が理解したに見届けたのか、少年は軽く手を上げ、サヨナラをする。


 サラリと長い髪がなびけば、その少年の美しさには、再び目を奪われた。


 綺麗だ、とてつもなく。

 それは、男だと分かっていても。


 だが、狭山が探していたのは、モデルの卵になりうる……なのだが。


「スト─────ップ!!!」


「わっ!?」


 だが、その瞬間、狭山は、少年のマフラーを掴むと


「いける!! 大丈夫!! むしろ、ウェルカム!! もう、こんなに綺麗なら男の子でもいい! 男の子でもいいから、せめてお茶だけでも、いや、話だけでも!!」


「ちょ、苦しッ」


 逃がすまいと、狭山が声を荒らげれば、首を絞められた少年が苦しげな声を発した。


 オマケに、こんな街中で、人目もはばからず大声をあげるものだから


「ねぇ、あれ、ナンパなの?」


「しかも、あの子、男の子なんでしょ?」


 と、行き交う人々がチラチラとこちらを見ては、誤解めいたことを話していた。


 そう、これは完全に、していると思われている!!


「お願い!! ちょっとだけでいいから!! 10分、いや、5分でもいいから!!」


 だが、そんな世間の目に気づくことなく、狭山は、神や仏におがみ倒す勢いで手を合わせ、少年は呆れ返った。


 どうやら、話をするまで、返してくれそうにない。

 すると、少年は……

 

「ねぇ、コレなんだと思う?」


 そう言って、狭山に何かを差し出してきた。

 そして、それは、スーパーのものと思われるビニール袋だった。


「ん? なにこれ?」


「これ、なんけど、溶けちゃったかも。どうしてくれんの?」


「はぁ?」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 お兄さんのせい?!


「いやいやいや、何いってんの!? 今あったばっかなのに、俺のせいなわけないだろ!? 大体、こんな寒いのに溶けるわけ」


「残念~、もう溶けてるんだ。それに、ちゃんとしたアイス買っていかなきゃ、俺、妹に罵倒ばとうされるんどけど?」



 *


 *


 *



 カランカラン~♪


「いらっしゃいませー!」


 その後、狭山がやってきたのは、近くにあったアイスクリームショップだった。


 ほぼ恐喝きょうかつに近いを聞き入れた狭山は、なぜか、今日、初めて会った少年に、アイスをおごることになってしまった。


 それも、コンビニアイスではなく、"サンキューワン"のちょっとお高いアイスだ!


(この子、美人だけど……性格は悪魔だ)


「お姉さん、コレ3つくださーい♪」


 狭山が、財布片手に独り言をいっていると、その横で、少年が、にっこりと笑ってアイスを注文する。


 しかも、一つではなく、三つも!


「つーか、なんで俺が、アイス奢らなきゃいけないの!?」


「3人」


「え?」


「今日、。お兄さん達、俺がアイス買ったあとに、しつこく引き止めるんだもん。ちょー迷惑だった」


「……」


 なるほど。つまり、そのスカウトマン達のを、自分が一人で負わされていると?


「でも、ありがとう。お兄さんのおかげで助かったよ」


「え? そう? まぁ、お兄さん、社会人だからね! アイス奢るくらい、なんてことないよ!」

 

 だが、可愛らしく微笑みかけられた瞬間、狭山は、なぜか、そういっていた。


(くっ……ダメだ! この子、美人すぎて憎めないッ!)


 あまりに傍若無人すぎる態度……にも関わらず許してしまうのは、彼にそれだけの魅力があるからなのか?


 確かに彼は、とてつもなく華があるし、何気ない姿でも自然と絵になる。


 容姿が美しいだけでなく、その仕草しぐさや物腰、話し方も実に優雅で、アイスをさす、その指先ですら、美しいと感じてしまうほどなのだ。


 ならば、今この店にいる客や店員のほとんどが、彼に視線を集中させているのもうなずける。


(モデル始めたら、あっという間に売れちゃうだろうな……)


 男でも女でも、いけそうな見た目。

 これなら、男女問わず、人気をはくしそうだ!


 となると、やはりこんなに魅力的な人材を、このまま見逃すわけにはいかない!


「ねぇ、君、いくつなの?」


 すると狭山は、何気ない世間話から始め、スカウトを再開することにした。


「19……でも、もうすぐ20はたちになるよ」


「え、20歳!? マジかよ、高校生かと思った!?」


「あはは、よく言われる」


「目、青いけど、ハーフなの?」


「……うんん。クォーター。おじいちゃんだか誰かが、イタリア人だか、フランス人だか?」


「へー。ねぇ、モデルやる気ない?」


「ない」


「じゃぁ、アイドルとか?」


「ないない」


「えー! もったいないよー」


「うん、それもよくいわれるけど、俺モデルとか、嫌だから」


「死んでも!? そこまで毛嫌いすること!? モデルって、けっこう憧れの職業なんだけど!?」


 ニコニコと笑顔を絶やさず繰り返される回答に、狭山は、本日、何度目かのクリティカルヒットを食らった。


 だが、それでも狭山は折れない!


「あのさ、本っっっ当にもったいないよ! 君、すっごく綺麗だし、モデルになったら絶対、人気でるよ!」


「そうかもね。でも、お兄さん、女の子のモデル探してたんでしょ?」


「そうだよ! でも、考えたんだけどさ! 君を『性別不詳のモデル』として売り出せば、話題性バツグンだと思うんだよね! 女性服も男性服も着こなせる、まさにジェンダーレスなモデルさん! 君ならできるよ! 男女どちらのファンもつくよ! そしたら俺の会社での評価も上がって、ボーナスもがっぽり!」


「本音、ダダ漏れなんだけど」


 欲望にまみれた社会人を見つめ、少年があわれむような視線を向ける。


 なにがジェンダーレスなモデルさんだ。

 これでも、れっきとした男なのに──


「悪いけど、モデルになるつもりはないよ。なにより、やりたい仕事があるし」


「え? やりたい仕事?」


 その言葉には、素直に興味をひかれた。


 これほどの美少年が目指している仕事とは、果たして、どんなものなのか?


「なにか、目指してるの?」


 ゴクリと息を呑み、狭山は問いかける。

 すると少年は、またにっこりと笑って


!」


「ほ………」


 だが、その返答に狭山は、目を点にしたのち


「保育士いいいいぃぃぃぃぃ!?」


「ちょ、お兄さん、うるさい!」


「いやいやいや、君、そので何言ってんの!? 俺こんな『金髪碧眼の保育士』見たとこないよ!?」


「あはは、なんかソレ、ヒーローアニメのタイトルみたい」


「どこがだよ!? てか、君が先生とか絶対だめだろ! 幼稚園大変なことになっちゃうから! 奥様に一目惚れされて、禁断の恋とか始まっちゃったらどうす……て、もしかして、とんでもないマダムキラーなの!?」


「何言ってんの? お兄さん、マジキモイ。警察呼ぶよ」


「いやいや、確かに保育士は、すごーく素敵な仕事だけどさ。君には、もっと芸能界とか、華やかな仕事の方が向いてるって! なんで保育士なんだよ!?」


「なんでって、そりゃ、子供が好きだからでしょ」


「子供の扱いが、上手いようには見えない」


「失礼。これでも子供の扱いには慣れてるんだよ」


「慣れてるって……まさか、その年で子供いるの!?」


 狭山が、目を血走らせながら問いかける。

 すると、少年は、再び綺麗な笑みを浮かべて


「いるよ。可愛い可愛い、たちがね♪」


  

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