第3話 華ちゃんと蓮くん


 大通りから少し外れた地域に建つ、マンションの7階。


 エレベーターを降り、廊下をまっすぐ進んだ先にある一番奥の角部屋に、とある『双子の姉弟』が暮らしていた。


 ほんのり茶色がかった黒髪に、愛らしい顔つき。


 二卵性双生児ゆえに顔はそっくりとは言い難いが、その姿は、どこか似通った雰囲気を感じさせた。


 まだ発展途上の小柄な体型をした姉の名を『神木かみき はな


 そして、華よりも幾分か身長の高い弟の名を『神木かみき れん


 現在、中学三年生の二人は、来年、高校を受験する受験生だった。


 二月に行われる高校入試まで、残り一ヶ月半。


 今の頑張りが、のちの未来にも大きく影響するかもしれないという大切な時期だ。


 だが、お昼過ぎから勉強を始めて数時間。


 二人はテーブルに向ってはいるが、各々別のことを始めていた。


 華は肩下まであるセミロングの髪を、片手でくるくるといじりながらノートに落書きをはじめ、蓮に至っては、わざわざ自室から漫画を持ち出して、読んでいる始末。


「ねぇ、蓮ー」


 すると、流石に落書きにも飽きてきたらしい。


 ローテーブルを挟んで、蓮と向かいあわせに座っていた華がつまらなそうな声を発した。


「ねぇ、蓮、聞いてる?」


「なんだよ」


飛鳥あすか兄ぃさ、アイス買うのに、どれだけかかってるのかな。遅すぎない?」


「じゃぁ、華がいけばよかったじゃん」


「えー、やだよ、寒いし! それに、私じゃんけん勝ったもん!」


 ちなみに、今、名前が上がった『飛鳥あすか』とは、二人の『兄』の名前である。


 受験勉強に疲れた華が、気分転換に『アイスが食べたい』と言い出し、兄妹弟きょうだいでじゃんけんをした結果、負けた一番上の兄が買い出しに出かけることになった。


 だが、家から15分ほど離れた商店街に、たかだかアイスを買いにいくだけだというのに、兄が出発してから、かれこれもう二時間が経過していた。


「……ていうか、兄貴が負けた時点で、こうなること予測できてなかったの?」


「え?」


「あの兄貴が、普通に買い物だけして帰ってこれるわけないじゃん。たぶん、また2~3人に捕まってる」


「えぇぇぇ!?」


 漫画を読んでいた蓮が呆れ顔で言うと、落書きをしていた華のシャープペンの芯がポキリと折れた。


 華と蓮の五つ上の兄『神木かみき 飛鳥あすか』は、身内から見ても、とても整った顔立ちをしていた。


 まるで、二次元から飛び出してきた王子様のような、そんな完璧な容姿の持ち主。


 だからか、街を歩けば、よくモデルや芸能界にスカウトされたり、ナンパされたりしている。


 実際に三人で遊園地に行った時には、遊園地のマスコットキャラクターそっちのけで、女の子に取り囲まれそうになったこともあった。


 きっと兄には、その外見以上に人を惹きつける『天性の素質』があるのだろう。


「お兄ちゃん、なんでモデルやらないんだろ?」


「嫌いだからだろ、モデルの仕事」


「やったこともないのに? ていうか、もういっそなっちゃえばいいのに、そしたら、断る手間もなくなるのに!」


「はぁ? バカ言うなよ。兄貴がモデルになんかなってみろ。瞬く間にアイドルになって、ドラマとか映画とか出だして、世間がほっとかなくなるぞ。ただでさえ"異常な日常"が、更に異常なことになる」


「うっ……」


 そう言われ、華の脳裏には、テレビの中でキラキラと輝く兄の姿が過ぎった。


 確かにモデルになったら、瞬く間に駆け上がっていきそうだ──芸能界の頂点まで!!


「それに、俺は嫌だけどな、兄貴が"みんなのもの"になるのは」


「え? みんなのもの?」


「だって、芸能人ってそういうものだろ? 多分、あまり会えないなるぞ」


「えー、それはヤダ!!」


「なら、モデルにはならない方がいいだろ。大体、兄貴は、うちで主婦してる姿が、一番似合ってる」


「あー、確かに!!」


 双子の気持ちが、しっかり合致する。

 何を隠そうこの二人、お兄ちゃんが大好きだ。


「はぁ……でも、そんなお兄ちゃんも、大学卒業したら、家を出て行ったりするのかなー?」


 だが、その後、華がしんみりとため息をついて、蓮はページをめくる手を止めた。


 現在、大学二年生の兄。

 そう、あと二年もすれば──社会人だ。


「別に、卒業したからって家を出ていくとは限らないだろ。二年たっても、俺たちは、まだ高校生だし……大丈夫だよ。でもしない限りは」


「け、結婚!?」


 瞬間、ピシッと空間に亀裂がはいった。


 言わずもがな、兄はとてつもなくモテるのだ。


 告白されるのは、もはや日常茶飯事!


 引く手数多と言われるほど、モテまくっているあの兄は、その中性的な容姿で、女子のみならず、男子までもを虜にする。


 そして、そんな美人すぎる兄を持つせいで、華と蓮は、これまでに数多くの試練を経験してきた。


 学校に行けば、女子から怒涛の質問攻めを受けた挙句、写真をねだられ、蓮に至っては、初恋の女の子から、兄へのラブレターを渡されるという苦々しい過去すら持っていた。


 しそう!!


 大学卒業したら、すぐに結婚して、あっという間に第二の家族を築きあげそう!!


 ──と、おもったのだが。


「あれ? でも、お兄ちゃん、今まで彼女つれてきたことないよね?」


 ふと、これまでを振り返り、華が首を傾げた。


 兄がモテるのは十分すぎるほど知っていた。


 だが、その兄が、家に彼女をつれてきたことはおろか、彼女が出来たという話すら一度も聞いたことがなかった。


「ま、まさか……性格に難がありすぎて、彼女が出来ないんじゃ」


「性格に難があっても、あの顔なんだから、その気になれば、いつでもできるだろ」


「えぇ!? じゃぁ、なんでお兄ちゃん、彼女作らないの!?」


 モテる兄の大きな矛盾点。


 あれだけ告白されているのだ。好みのタイプの一人や二人、簡単に見つかりそうなものなのに、と華は困惑する。


 すると


「──華」


「?」


 読んでいた漫画をパタンと閉じ、蓮がまっすぐ華を見据えた。


 その瞬間、場の空気は一瞬にして変わり、テーブルを挟んで二人の視線がピッタリと合わさる。


「華は、なんで兄貴が彼女を作らないのか──その、知りたい?」



 *


 *


 *



 

 今日は、厄日だ!


 午前中から街にでて、モデルにはなれそうな子を探していたのに、目の前の少年に声をかけてしまったばかりに、高いアイスをおごるハメになってしまった!


 しかも、その後も狭山さやまは、モデルにならないかとしつこくすすめたのだが、少年はかたくなに拒み続けた。


 だが、なんとか名刺だけは受け取ってもらい、狭山が諦めて事務所に戻ろうと、車のキーを取り出した、その時だ。


「狭山さん、車? じゃぁ、乗っけてよ。俺んち、この近くだから!」


 ──と、再び少年の声が降ってきたのである。


「おいおいおい! 近頃のガキはどうなってんだ! 見ず知らずのお兄さんの車に乗るとかダメだろ! もっと自分の顔を鏡で見て、身の振り方考えなさい!!」


「大丈夫だよ。俺、人を見る目はあるんだ~。それに、お兄さん面白いし」


「え? 俺、面白いの?」


「うん。俺のこと女の子と間違えて、首までめてきたの、お兄さんくらいだよ。それに、いきなり『お茶しない?』なんて、あれじゃ、ただのナンパ男って言うか、下手したら通報案件だよね。俺だったら、仮にモデル目指してたとしても、お兄さんとは契約しないよ。完全にアウト!」


「ぬぁぁぁぁぁ、やめてくんない!? この仕事、続けていく自信なくなっちゃうから!!」


 丁度、アイスクリームショップ隣のコインパーキングに車を駐車させていたため、スムーズに帰路きろにはつけた。


 だが、狭山が店から出ると、少年は、乗る気満々なのか、にこにこ笑いながらついてくる。


(マ、マジで、乗る気なのか?)


 だが、知らなかったとは言え、アイスを買った帰りに無理矢理、引き止めてしまったのも確かで、それには、さすがの狭山も罪悪感を抱いていた。


 それに、今思えば、彼は常に笑顔を絶やすことなく微笑んでいた。


 不機嫌そうな顔をしたのは、引き止めた時くらいかもしれない。


 笑っているのが、デフォルメなのか、不思議とその笑顔を見ると、どんな願いも聞き入れたくなってしまう。


 美人でイケメンで、おまけに笑顔も可愛いだなんて、なんて得なことだろう。


 まさに、人生の勝ち組だ。




 ◇




『料金を確認してください』


 その後、コインパーキングの料金所で、お金を払うと、暫くして、上がっていた車止めが解除された。


 狭山は、キーロックを解除し、少年を助手席にのせると、自身も運転席に乗り込んだ。


 ハンドルを手にし、いつもと違う助手席をチラリと覗き見る。すると、助手席に座った少年は、平然とした様子でスマホをいじり始めていた。


(てか、車に乗るとか、マジあぶねーだろ)


 このままでは、いつか危ない目に合うような気がして、狭山は少年の身を深く案じた。


 ただでさえ、こんなにをしているのだ。男とはいえ、危険すぎる!


(危機感を覚えさせるためにも、このまま事務所に連れてってみるとか? いやいや、それじゃマジで誘拐するみたいだし)


「お兄さん。これ、なーんだ!」


「?」


 すると、少年はまたニコリと笑って、狭山にスマホを差し出してきた。



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