第4章 お兄ちゃんと人助け

第25話 お兄ちゃんと暇つぶし


 飛鳥の誕生日から、一月がたった二月下旬。


 冬の冷え込みが、次第と和らぎ始めたこの時期、神木家の玄関では、華が友人である中村なかむら 葉月はづきを招き入れていた。


「華、遅くなってごめんね! マフィン作ってきたから、一緒に食べよ♡」


「わーい!」


 玄関先で、意気揚々とはしゃぐ女子中学生。なんとも可愛らしい姿だが、その姿を見て、兄の飛鳥は頭をかかえる。


「お前ら、何考えてんの?」


「あ! 飛鳥さん、お久しぶりでーす。相変わらず、イケメーン!」


「久しぶり、葉月ちゃん。てか受験、来週だよね。遊んでる暇、ないんじゃないの?」


「誰が遊ぶなんていった! 今から葉月と受験勉強するんだってば!」


 兄の小言に、華が反論する。


 いくら受験前の大切な時期とはいえ、一人で机に向かうよりも、誰かと一緒に勉強した方が、はかどる時だってあるのだ!


「そういって、雑談の方が長くなるんじゃないの?」


 だが、そこにまた兄が水を差してきて


「あーーーもう!! 飛鳥兄ぃ、気が散るから、隆臣さんとお茶でもしてきてよ!!」


「はぁ!? なんで、俺が出ていかなきゃならないんだよ!」


「もう、うるさい! はい、コートもって!! 妹の合格を願うなら、夕方まで時間潰してきてね!じゃ!」


「!?」


 口煩い兄の背中を押しやると、華は飛鳥を無理やり兄弟が共同で使っている部屋まで押し込み、バタン!!──と勢いよく扉が閉めた。


 そして、出て行け!と言わんばかりの華に、飛鳥は苦々しげに眉をひそめる。


 受験を間近に控え、多少なりとも気が立っているのかもしれないが、あそこまであからさまに、嫌がらなくてもいいだろうに──


「なんか、ひどくない?」


 呆然と立ち尽くし、飛鳥がボソリと呟く。すると、その部屋の奥で机に向かっていた蓮は


「兄貴、俺も今、勉強中だから、早く出てってね」


「え? 嘘でしょ!?」


 慰めるどころか、弟にまで追い出され、飛鳥はどこか虚しい気持ちになったとか。





 ◇


 ◇


 ◇




「なるほど。それで俺を呼び出したと?」


 その後、家から追い出された飛鳥は、いつもの喫茶店に顔を出し、友人である隆臣たかおみを呼び出していた。


「だって、仕方ないじゃん。持ってきた本も全部読み終わっちゃったし、一人で夕方まで時間潰すのも大変なんだよね。隆ちゃん、どうせ暇なんでしょ? なら付き合ってよ」


 読んでいた本をパタンと閉じ、飛鳥がつまらなそうに呟く。


 喫茶店で二時間半。なんとか時間をつぶしたはいいが、特段することもなくなってしまったため、話し相手でもいないと退屈で仕方なかった。


「もしかして、用事ある?」


「いや、バイトは午前中だけだったから」


「じゃぁ、いいよね。はい、そこ座って! 何か奢るから」


「そりゃ、どーも」


 いつもの綺麗な顔で笑いかける飛鳥を見て、隆臣はしぶしぶその向かいに腰掛けると、手にしていたリュックを座席におき、店員にコーヒーを一つ注文する。

 

 向かい合わせに座るのは、大体いつものこと、ほぼ定位置だ。


 すると隆臣は、真正面から紅茶を飲む飛鳥を見つめ


「なぁ、飛鳥」


「んー?」


「お前、ってホント?」


「ぶッ!?」


 いきなり予想だにしなかった言葉が飛び出してきて、飛鳥は手にしていた紅茶を吹き出しそうになった。


「は!? なんで!?」


「ちょっと前に、からメールがきたんだよね」


「なにしてんの、あの人……てか、なんで隆ちゃん、俺の親父のメアドしってんの?」


「侑斗さん、見境ないからなー。うちにケーキを買いにきた時にサラっと聞かれて……ちなみに、俺の"両親"ともメル友だぜ」


「…………」


 きっと、喫茶店によったついでに、聞いたのだろう。

 だが、まさかで、その友人家族と連絡先の交換をしていたなんて……我ながら恐ろしい父である。


「あ、ほらこれ。この前 侑斗さんからきたメール」


 すると、スマホ画面をスクロールし、侑斗から届いたメールを探し出した隆臣が、それを飛鳥の前に差し出してきた。


 少しだけ身を乗り出し、それのメールの内容を確認する。すると、そこにはその文面には、このように書かれていた。


【隆臣くん!実はうちの飛鳥、メチャクチャお酒弱いみたいなんだー( ;∀;)

もう、あんなんで飲み会なんていったら、据え膳確定だよね!飢えたハイエナの群れに自ら飛び込むようなものだよね!!

というわけで!飛鳥の親友である隆臣くんにお願いなんだ! 隆臣君なら、よった飛鳥を見ても絶対に間違いなんて犯さないと信じてる!!理性を保てると信じてる!!だから、時々飲みに誘って、飛鳥にお酒の耐性つけてやってくれないかな~?お願い~(^人^)】


 その後、しばしの沈黙……の、あと。


「……あ、あの……うちの親、こんなにだったの?」


「俺もビックリしました」


 父のメールの内容に、飛鳥がワナワナと唇を震わせた。


 なんか、ツッコみたいことは山ほどあるが、とりあえず、父のメールの内容が、であることは理解した!


「相変わらずだな、侑斗さん。てか、これ俺が間違い犯したら確実に殺されるよな。なんか、信頼されてんのか、釘刺されてんのか、よくわからないんだけど?」


「あはは。大丈夫、大丈夫。もし、お前が俺に変な気起こしたら、親父より先に、俺がお前の息の根止めてるんじゃないかな?」


「それのどこが大丈夫なんだ!? 結果変わらないだろ!? 真っ暗な未来しか見えてこないだろ!!」


「それは、こっちのセリフ。幼なじみの男に欲情されるとかマジ笑えないから。闇落ち確定だから。てか、あのひと、なんの心配してんの?」


「ま。侑斗さんだからな、酔った息子がお持ち帰りされたら大変~とか思って、俺に頼んできたんだろ」


「お持ち帰りするならまだしも、されることはないよ。てか、隆ちゃんにまで釘刺す必要ある?」


「ちなみにいうと、華たちからも似たようなメール来てたから」


「なにしてんの、うちの家族!!?」


 父だけでなく、妹弟まで!?


「アイツら俺の事、なんだと思ってんの?」


「美人で可愛いくて、女の子みたいなお兄様だろ」


「意味わかんない」


「それより、どうする?」


「なにが?」


「だから、酒。侑斗さんから直々にご指名されたことだし、どっかで飲みに行っとくか? 酒の耐性つけたいんだろ、飛鳥が」


「俺、そんなこと一言もいってないんだけど。なんか情報操作されてない?」


「でも、弱いままってワケにもいかないだろ?」


「そうだけど……てか、俺どう弱かったの? 肝心のところ聞いてないんだけど?」


 酒に弱い──と聞いても、どう弱くて、どのように危険なのかを、全く聞いていない二人。


 だが、そう簡単に結論がでるはずもなく。


「わかんねーよ。まぁ、飲めばわかるだろ」


「つぶす気満々じゃん」


「安心しろ。お前が酔ったら、俺がベッドまで連れてって、優しーく介抱してやるから」


「………え、待って、それ本当に大丈夫? 悪ノリすんのやめて。マジで心臓に悪い」


「だって、飛鳥をからかうの、超面白いし」


「うん! なんか今日、お前をここに呼び出したこと、今ものすごく後悔してる!」


 飛鳥の思わぬ弱点を発見した隆臣。


 それから、しばらくそのネタで、飛鳥をからかい続けたとか、続けなかったとか?


 そしてその後、二人が飲みにいく約束を取り付けたかどうかは、定かではない。

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