第24話 お酒と寝顔


「な、なんで、こんな所に寝てるの!?」


 ソファーの上で丸くなる兄を見て、華は蓮は同時に目を丸くした。


 まさか一晩、ここにいたのだろうか?

 華が、そう思った時──


「あ! もしかして父さん、兄貴に酒のませた!?」


 兄がここにいる原因を一早く察した蓮が、父に疑惑の目を向けると、父は


「あぁ、飲ませた、飲ませた。だって飛鳥も、もう二十歳だしさ。親としては息子がお酒を飲んだらどうなるか、ちゃんと見極めとかなきゃなーと思って」


 スクラブルエッグを作りながら、平然と言い放つ父。


 だから、洗濯機が回ってなかったのか……華が、そう理解すると、お酒とは恐ろしいものだと、双子は改めて兄を見つめた。


 いつもなら誰よりも早く起き、家事を始めるている"あの兄"が、珍しく目を覚まさないばかりか、無防備にソファーに横たわっていた。


 しかも、父がかけたのだろう。その体には毛布が掛けられてはいるが、髪は結われておらず、ソファーの上には、金色の柔らかそうな髪が無造作に散らばっているため、妙な色気すら感じるのだ。


 100人にアンケートをとったら100人が美人だと答えるであろう、この兄の寝顔の破壊力は凄まじいもので、薄く開いた柔らかそうな唇に、服の隙間から覗く形のよい鎖骨。そして、男性にしては白い肌と長い睫毛。


 お酒を飲んだ後だからかなのかは、分からないが、その姿は、いつにも増して色っぽかった。


「ていうか、聞いて!! 飛鳥、めちゃくちゃ酒弱いの!!」


 すると、そんな美人すぎる息子をみて、侑斗が深く深くため息をついた。


「はぁ~、ただでさえ、こんな綺麗な顔してるのに、更にお酒弱いって、どういうこと!? 父さん、心配でハゲそうなんだけど!? ていうか、神様どんだけうちの子に試練与えれば気がすむの!? なんか恨みでもあんの!? それともドSなの!? 可愛い子には意地悪したくなっちゃうとか、そんな感じ!? あぁぁぁぁ、なんかお父さん、神様呪いたくなってきたぁぁ!!」


「いや、落ち着けよ」


「へー飛鳥兄ぃ、そんなにお酒弱いんだ」


 キッチンで頭を抱え酷くうろたえている父をみて、蓮があきれ果て、華が問いかければ、侑斗は昨晩のことを思い出しながら、再び頭を悩ませる。


「いや、俺もいきなりとばすのは良くないと思って、少ししかすすめてないんだよ。それなのに、飛鳥、コップ半分も飲まずに酔ちゃったみたいでさー、突然“熱い"とか言ってきたかと思えば、いきなり寝ちゃったんだよね」


「「え、それだけ?」」


 だが、その話に華と蓮は、さほど驚きもせず、キョトンと首を傾げる。


 "弱い"なんて言うから、てっきり暴れたり、絡んだりするのかと思っていた。


「いやいや、コップ半分だよ!? コップ半分も飲めないとか、いくらなんでも弱すぎるでしょ!? お前たち、飛鳥が酒の席でいきなり寝ちゃうのが、どんだけなことかわかってる!? 寝てる間に何かあったらどうすんの!? 女の子に既成事実とか作らされちゃったりしたらどうすんの!!?」


「既成事実!? なにその怖い響き!!?」


「いやいや、考えすぎ」


 息子の今後を危惧して慌てふためく父に、華が顔を青くし、蓮が突っ込む。


 だが、確かに見た目がこれだけ綺麗なら、お酒に弱って寝てしまったあとのことを考えると、色々恐ろしすぎる。


 むしろ、これだけ美人で中性的な姿をしていれば、男にも女にも襲われる可能性がでてくるわけで……そう考えると、確かに兄は、とてつもなく厄介や体質をしているような気がした。


「でも、なんか意外。飛鳥兄ぃって、あんまり人に弱いところ見せたりしないし」


 すると、華はソファーの前まで足を運ぶと、その場にしゃがみこみ、兄の顔をマジマジと見つめた。


 いつも余裕そうに笑顔を浮かべている兄。


 だからか、お酒に酔うことも、きっとないだろうと勝手に決めつけていた。


(寝顔、久しぶりに見たかも)


 昔は、もっと女の子みたいな顔してたのに……と、華は幼い頃を思い出す。


 小柄で綺麗な兄は、本当に女の子みたいに可愛かった。


 だけど、今もうあの頃とは違い、背も高くなり、手も顔つきも、その骨格すらも、大分男性らしくなった。


 それでも、時折女性に間違えられるため、今でも中性的ではあることに変わりはないのだろうが、幼い頃、兄妹弟三人で川の字になり寝ていた頃を思い出してか、華はどこか寂しい気持ちになった。


 あの頃に比べたら、自分達は確かに成長している。


 少しずつ、少しずつ、その距離は離れていっている──



「華、寝かせとけよ。外ではいつも気を張ってるんだから、家族の前くらい無防備になってもいいだろう」


 すると、兄の顔をじっと見つめる華に、父が『起こすなよ』と釘をさしてきた。


 外では気を張ってる──確かに、兄がこうして気を許すのは、きっと自分たち「家族」だけだから。


 華は、そう思うと、兄の寝顔をみてクスリと笑みをうかべた。


 きっと、こうして眠る兄の顔を見れるのも、自分たちだけなのかもしれない。


「飛鳥兄ぃってさ。寝てる時はマジ天使だよね!」


「今更、なに言ってんの」


「お父さんにとっては、起きてる時も天使だけどなー」


 華がそう言うと、蓮と侑斗もそれに言葉をかぶせてきた。


 いつもと変わらない家族の会話。


 華はそれを聞いて、クスクスと声を漏らすと


「あ、そうだ!」


 と、言って立ち上がり、自室からスマホをとって、また、すぐさまリビングに戻ってきた。


「なにしてんの?」


「お兄ちゃんの寝顔、撮っとこうかなって」


 華は、カメラアプリを起動すると、眠る飛鳥に向けて照準を合わせる。


「バレたら、怒るんじゃない?」


「内緒にしとくに決まってるでしょ。お兄ちゃんが、初めてお酒を飲んだ記念!」


 華が、明るく言ったと同時に、アプリがカシャと小さな音を立てた。


「お兄ちゃん。二十歳の誕生日、おめでとう!」


 兄に祝福の言葉をかけると、幸せそうに眠る兄の寝顔を見つめ、華はほんの少しだけ、得をした気分になったのだった。



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