第23話 母と日常


 ~~♪♪


 次の日の朝。

 枕元のスマホから軽快な音楽が鳴り響く。


 眠い目を擦りながら、華はサイドボードからスマホを手にとると、鳴り響くアラームをオフの方へとスライドさせた。


「ふぁぁ~」


 手で口を隠しながら大きく欠伸をすると、ベッドからでて、カーテンをあける。


 外を見れば、気持ちの良い青空が広がっていた。昨夜ふり積もった雪が、キラキラと反射するのを見つめながら、華はうーんと背伸びをすると、部屋の壁に目を向ける。


 一面真っ白い壁の一角。


 そこには数十枚の写真が飾られていた。友達と撮ったものや、兄弟と撮ったものもの、そして


「お母さんも、天国から見てたかな?」


 その中で、最も古いと思われる写真に目を向けると、華は優しく微笑む"母"の写真をみつめ、顔をほこればせた。


 華の母は、ある日突然亡くなった。


 それは、飛鳥が八歳、華と蓮がまだ二歳の時。


 そしてそれは、とても急なことだったらしく、華と蓮は、まだ幼かったこともあってか、母親のことは何も覚えてはいない。


 だが、父と兄がよく母の話をしてくれたからか、記憶はなくとも、華は母のことが大好きだった。


「あ、写真撮るの忘れてた!」


 だが、不意に、昨晩写真を撮ることを忘れていたのを思いだして、華は残念そうに眉を下げた。


 せっかく、兄が二十歳になったというのに、この記念すべく日に写真を取り忘れるなんて!


 だが、今更後悔し昨日は戻ってこない。華はしぶしぶ気持ちを切り替えると、その後部屋から出て洗面所に向かった。


 廊下の突き当たりを曲がった先にある、洗面所。そこには一般的な家庭と変わらない、洗面台と洗濯機、そしてお風呂があった。


 冬の冷たい水が少しだけ暖まるのを待ち、華は顔を洗い、タオルを取り、濡れた顔を拭き取る。


 すると、いつもとは違う"何か"に気づき、華は首を傾げる。


(あれ? 洗濯機回ってない)


 いつもなら、この時間にはガタガタと音を立てている洗濯機。それが、なぜか今日は仕事をしていない。


「飛鳥兄ぃ、忘れてるのかな?」


 洗濯をするのは、いつも兄の仕事だ。


 だが、あの兄にしては珍しいな……と、華は代わりに洗剤を入れスイッチを押すと、とりあえず、兄を探そうとリビングに向かった。


 ガチャッと戸をあけ、リビングの中に入る。


「飛鳥兄ぃ。洗濯機、まわ──ッて、なに、この臭いっ!!」


 だが、その瞬間、いつもと違う香りに華は奇声をあげた。


 いつもの朝なら、この扉を開ければ、兄がいれたコーヒーの香りがするはずだった。


 だが、今日はなんというか──ものすごく酒臭い!!


「おはよう、華」


 すると、顔を顰めた華をみて、父の侑斗が声をかけてきた。


 どうやら父は、朝食の準備でもしているようで、いつもは兄が付けているはずの深緑色のエプロンをして、キッチンに立っていた。


「おはよう。お父さん、もしかして昨日お酒飲んだ?」


 未成年しかいないこの家では、めったに感じることのないアルコール独特の臭い。


 その匂いを感じ取って、華が父をにらみつけると、侑斗はこれまた清々しい笑顔で「飲んだ、飲んだ」と答えた。


「もう! 帰って来る度に、お酒のんでー!」


「はは。たまには日本の酒ものみたくなるんだよ。そんなに臭うか?」


「臭うよ~、 いつもはしない臭いだから、バレバレだよ!」


「あはは。晩酌くらい許してくれよ」


 ご立腹な華とは対照的に、侑斗は笑いながら冷蔵庫を開けると、その後、卵を取り出し、スクランブルエッグを作り始める。


 だが、そんな父を見ながら


「ねぇ、お父さん、お兄──」

「うわ!なに、この臭い」


 すると、華が父に声をかくた瞬間、今度は蓮がリビングにやってきた。


「おはよう、蓮」


「おはよ。父さん、もしかして昨日、酒飲んだ? あと兄貴は? 部屋に戻ってきた形跡がないんだけど?」


 双子だからだろうか、二人が考えることはよくかぶる。


 それはさっき華が父に問いかけようとしていたことだった。


 だが、蓮の言いようだと、どうやら兄は部屋にもいないらしい。


「あー、飛鳥なら、だよ、そこ」


「「?」」


 すると、侑斗が、どこかを指さしながら答えた。


 "そこ"と言われ、華と蓮が同時に、その方角に目を向けると、三人がけのソファーの上で、スヤスヤと寝息をたてる


 ──兄の姿があった。

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