第457話 後悔と停滞


「それは、よく分かってるよ」


 華に諭され、飛鳥は、弱々しく声をもらした。

 

 人生は、何が起こるか分からない。

 明日、死んでしまう場合だってあるし。


 ずっと、そばにいてくた人が、あっという間に消えてしまうことだって──


「じゃぁ、なんで三ヶ月も、会いに行かないの!?」


「………」


 あかりに会いにいかないことを、強く咎められ、飛鳥は目を伏せた。


 痛いところをつかれた。

 華の言葉は、ぐさりと胸に突き刺さる。


 確かに、LIMEを送るだけで、それ以上のことは何もしてなかった。


 わかっているなら、すぐにでも行動に移すべきなのだ。


 後悔をしたくないのなら──…


「私たち、みんなで、できることはないかって考えたんだよ? お兄ちゃんに後悔して欲しくないから」


 すると、華は更に言葉を続け、飛鳥は、申し訳ない気持ちになる。


 華の瞳は、とても真剣で、本気で、兄のことを思っているのが伝わってくる。


 自分は、本当に、家族に恵まれたと思う。


 妹弟たちが、一丸となって、できることを探してくれている。でも──


「そっか。それで、迷子作戦なんて考えたんだ」


「そうだよ! エレナちゃんが、名乗りでてくれたの!」


「へー、エレナがねー。妹たちにそこまで心配されるなんて、お兄ちゃん、情けないなー」


「ちょっと、真面目に聞いてる!?」


 どこか、おどけた様子で返事を返せば、その飄々ひょうひょうとした態度に、華は苛立った。


 だが、今の飛鳥には、こうして話をそらすしかなく……


「まぁ、ありがとう。でも、あかりことは、俺がなんとかするよ。それに、久しぶりに家族と会うってのに、わざわざ、水をさしたくないだろ? だから、夏祭りは、あかり抜きで行こう。父さんやエレナが一緒なら、きっと賑やかになるよ。なんなら、隆ちゃんも誘おうか? バイト休みみたいだし」


「え、隆臣さんも?」


「うん。大学生活最後の夏祭りだし、美里さんが気を利かせて、休みにしてくれたらしいよ」


 あっさり話題を変えれば、華はそれ以上、噛み付いては来なかった。


 どのみち、計画は白紙だ。

 夏祭りには、どうする事もできない。


 だって、あかりは、家族と過ごすのだから──


「そういえば、今年は浴衣着るの?」


 すると、飛鳥は、夏祭りの予定を訊ねる。


「言っとくけど、今年は、美里さんに願いできないよ」


「え? そうなの?」


「だって、隆ちゃんが休みだし、美里さんは、仕事だよ」


「あ、そっか」


 昨年は、隆臣の母親である美里に、浴衣の着付けを手伝ってもらった。だが、今年は美里が仕事になるため、お願いするのは無理だろう。


 すると、華は、スマホを手にしたまま、うーんと悩みだし


「どうしよう? 私、自分で、着付けでできる気がしないなー? もう、普段着でいいかな?」


『ねぇ、華さん! 着付けなら、うちのお母さんができるよ!』


 すると、ずっと、飛鳥たちの会話を聞いていたエレナが、電話先で、やっと口を開く。


「え? ミサさん、着付けできるの?」


『うん! モデルやってた時に、浴衣を着ることもあったの』


「あ、そっか。さすが~!」


 まさか、モデル時代に培ったものが、ここで役立つとは!


 そして、その話は、エレナの近くにいたミサが、あっさり引き受けてくれて、着付けの心配はなくなった。


 すると、一連の話を追えのを見届けた飛鳥は、読みかけの本をパタンと閉じ、テーブルの上に置いていたスマホを手にとった。


(やっぱり、既読無視スルーか……)


 昼間に送ったあかりへのメッセージ。

 そこに、返信はなかった。


 なにより、喫茶店で、同じ空間にいたというのに、顔ひとつ見れなかった。


(まぁ、そう上手くはいかないよな?)


 スマホをみつめ、飛鳥は小さくため息をつく。


 大学や喫茶店に行くたびに、会えないかと、微かな期待をする。


 だが、まるで神様に意地悪でもされているかのように、全く目にかかるタイミングがないのだ。


 もちろん、後悔はしたくなかった。

 そんなの、嫌というほどわかってるから。


 でも、どうするべきか?

 その答えが、飛鳥には、まだ見つからなかった。


 あかりが、嫌がることはしたくない。

 だから、待つと決めた。


 あかりが、俺に心を開いてくれるまで──



(でも、このままじゃ……きっと、何も変わらないよな)


 進みたくても、進み方が分からない。

 そして、会えない時間は、更に想いを募らせた。

 

 だが、迷い悩む、その瞬間ですら

 時計の針は、容赦なく時を刻んでいくのであった。

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