第418話 寝起きと大学


「ふぁ~。おはよー」


 次の日──珍しく最後に起床した飛鳥は、あくびをしながらリビングにやってきた。


 昨夜、隆臣に呼び出され、一緒に居酒屋に行った飛鳥は、二人で雑談を交わしながら酒を飲んだ。


 だが、その後、飛鳥は予想通り、酔いがまわってしまい、隆臣に抱えられての帰宅となったのだが、その時の隆臣の話を聞いて、双子は、ずっと考えていた。


 なぜなら、隆臣が──


『起こしちゃいけないやつを、起こしたかもしれん』


 などと、意味深なことを言い残したからだ!!

 ていうか、起こしたって何をだ!?


 双子の頭の中は、軽くパニック。

 おかげで、昨夜はあまり寝付けなかった。


 とはいえ、今日は、二日酔いで起きれないだろうと、双子は兄を起こすことなく、華が朝食の準備をし、蓮がコーヒーを入れていた。


 そして……


「おはよう、飛鳥兄ぃ」

「おはよー、兄貴」


 と、二人同時に挨拶をしつつ、双子は兄の様子をうかがう。

 だが、飛鳥は何食わぬ様子で、キッチンにやってきたかと思えば、冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取りだした。


 二日酔いなら、水も飲みたくなるだろう。


 長い髪を下ろしたまま、少し気だるげな雰囲気の兄は、今日も抜群に色っぽい。


 だが、今はそんな事、どーでもいい。

 気になるのは、やはり、あかりさんのことだ!!


「あ、飛鳥兄ぃ、昨日は、どうだった?」


「昨日?」


 華が問いかければ、コップにミネラルウォーターを注ぎながら、飛鳥が華に目を向ける。


 ちょっと間の抜けた返事をした兄。


 まさか、酔って全部忘れたわけではあるまいな?

 そんな気持ちも一瞬よぎったが、それは杞憂に終わった。


「つーか、お前ら、俺があかりにフラれたこと、隆ちゃんに話しただろ」


「「げ!?」」


 覚えてた! 完全に覚えてた!!

 しかも、自分たちが隆臣に頼み込んだことにも気づいてる!!


「し、仕方ないじゃん! 心配だったんだから!」


「そうだよ! 兄貴、ずっと悩んでるみたいだったし!」


 双子が慌てながら、そう言えば、飛鳥は水を飲みながら、昨夜のことを思い起こす。


 はっきりいって、は記憶がない。どうやって帰ってきたのかすら、よく覚えてないレベル。


 だが、あかりのことについて、隆臣と交わした言葉は、しっかり覚えていた。


 そして、これから、自分が、どうしたいのか?

 そのも──


「そっか……心配かけて、ごめん」


 すると飛鳥は、水を飲み干し、それをシンクに置くと


「でも、大丈夫だよ。ちゃんと気持ちの整理はついたから」


「「え?」」


 そう言って、双子の頭をポンと撫でた飛鳥は、いつも以上に、穏やかな顔をしていた。




 *


 *


 *




「あかりー、おはよー」

「おはよう。安藤あんどうさん」


 月曜の朝──あかりが、大学にいくと、同じ学部の安藤に声をかけられた。


 安藤は、あかりが、この桜聖大に入学した際、初めて声をかけてくれた女性だ。


 明るくて気さくな安藤は、誰とでも仲良くなれるタイプなのか、とても友人が多く、そして同じ講義をとっているのもあり、あかりも話す機会が多かった。


「バイトは、どんな感じ?」


 すると、ロータリーを進みながら、安藤が話しかけてきた。


 春になってしばらく、サークル勧誘で賑わっていた大学校内も、少しは落ち着きを見せていた。

 だが、それでもまだ勧誘に勤しむ生徒も多く、あかりは、聞き取りづらい中、必死に会話をする。


「…えと、どんな?」


「だから、バイト。始めたんでしょ!」


「あ、うん、週末だけだけど!」


 正直、ちゃんと会話が出来ないのが、心苦しい。


 だが、片耳が聞こえないことを話すのは、とてもタイミングが難しいのだ。


 話すなら、サラッと!

 そして、重くならないように伝えたい!


 だが、話したあと、一織いおりのように、普通に接してくれる人もいれば、知ったとたんに、距離を置く人だっている。


 安藤さんは、どんな反応をするだろうか?


 だからこそ迷い、結局、言えないまま、ズルズルと一年が経ってしまった。


「あかりー」


「……!」


 すると、また名前を呼ばれた。


「あ、ごめん!」


 また聴き逃したのかと、あかりは安藤に謝った。距離をつめ、先の言葉を必死に聞こうとする。だが、安藤は


「あ、いや、今のは私じゃないよ」


「え?」


 私じゃない??

 その言葉に、あかりは首を傾げた。


(あれ? もしかして、別の人の声だった?)


 ”あかり”と呼ぶのは、この大学には、しかいない。だから、安藤が、また自分を呼んだのかと思った。


 だが、これだけ人がいるのだ。あかりさんを、誰かが呼んだだけかもしれない。


「そっか、ごめんね。てっきり、私のことかと」


「いやいや、あかりのことなんじゃない? 呼ばれてるよ」


「え?」


 呼ばれてる……??


 更なる返答に、あかりは困惑する。


 そして、足を止め、背後を見つめた安藤を見て、あかりもつられて、そちらを見つめた。


 すると、そこには、にっこりと見惚れてしまいそうな笑顔を浮かべる、金髪碧眼の人物がいた。


「おはよう、あかり♪」


 そう言って、あかりを見つめた人物は、大学一の人気者──神木 飛鳥だった。






https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139555937776437

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る