第2章 クリスマスの疑惑
第6話 兄妹弟と日常
月曜の朝。
大体この日は、いつも騒がしい。
そして、それは今日も例外ではなく、リビングには、朝から耳をつくような華の声が響いていた。
「ちょっと飛鳥兄ぃ!! 私のバレッタ勝手に使わないでって、いってるでしょ!?」
「えー、別にいいだろ。料理するのに邪魔だったから、ちょっと借りたよ」
華の罵倒が響く中、兄の飛鳥は、腰近くまである長い髪をバレッタで無造作に束ね、今日もキッチンに立ち、朝食の準備をしていた。
双子にとって、兄が料理を作るのは、決して珍しいことではない。
神木家は、子供たちが、まだ幼い頃に母を亡くしている。
よって今は、父と三兄妹弟の四人家族。
だからか、父が仕事で不在のときは、大抵、兄が代わりに料理を作っており、加えて、兄が高校三年になったころ、父が海外に単身赴任をすることになったのを切欠に、料理はもちろん、家事全般を兄が引き受けることになったのだ。
「それ、私のお気に入りなの!」
「じゃぁ、そのお気に入りを、その辺に置いとくなよ」
「だからって、勝手に使っていい理由にはならないじゃん!」
「あーもう、うるさいなー」
キッチンの中で、わちゃわちゃと揉めている飛鳥と華。その姿を流し見ながら、蓮はトースターの中でじわじわと焼き色がつきだした食パンを眺めていた。
(兄貴、髪伸びたなー)
いつからか、髪を伸ばし始めた兄。それはもう見慣れた姿だが、髪を束ねエプロンをして朝食を作るその姿は、一見「姉」と見間違えてもおかしくないほど。
「なんか、女の子同士がもめてるみたい」
「蓮! お前は、早く顔洗って着替えてこい!」
ボソリと放った蓮の一言を、どうやら聞き逃さなかったのか、兄がフライパン片手に、苛立つような声を発した。
兄は"女顔"のわりに、女扱いされるのを嫌がる。まぁ、実際に男なのだから、それも無理のない話なのだが……
蓮は、腑に落ちないながらも、兄の
(全く……っ)
春には高校生になるはずなのに、どうも頼りない。
飛鳥は、そんな双子に呆れつつも、横で騒ぐ華を軽くあしらうと、出来上がった熱々のオムレツを、テキパキと皿に盛りつける。
飛鳥はこう見えて、とても器用だし手際もよい。
そして、蓮が着替えて戻ってくる頃には、朝食の準備は、いつもしっかり出来上がっているのだ。
◇◇◇
「兄貴、今日は講義あるの?」
その後、三人は、いつものように朝食をとっていた。四人がけのダイニングテーブルに、双子が並んで座れば、その向かいに飛鳥が腰かける。
「あるよ。あとで、
「あ、私、今日は、
「何か、用事?」
「うん、お買い物。クリスマスに、みんなで、プレゼント交換しようってことになったんだー」
「へー……クリスマスか」
華の返事に、飛鳥は頬杖をつきながら、カレンダーを見つめた。
十二月も中盤に差し掛かり、来週にはクリスマスがやってくる。今年のクリスマスはどうしようか、飛鳥が物思いに耽っていると──
「ごちそうさまでしたー」
と、華の声が響いた。
もうすぐ、学校へ行く時間である。
*
「じゃぁ、行ってくるね!」
その後、バタバタと洗面所に向かった双子は、歯磨きをして再びリビングへと顔を出した。
中学校までは、歩いて20分ほど。少し丈の短くなったセーラー服と学ランを着て、元気よく家を出ていく姿を、飛鳥が玄関先で「いってらっしゃい」と見送り、玄関を閉めた。
すると、さっきまで騒がしかった家の中は、あっという間に静かになった。
まるで、台風が過ぎ去ったあとのよう。
飛鳥は、その後またリビングに戻ると、食器を片付け、皿洗いを始めた。
静かなリビングで響くのは、食器を洗う水の音。そして、それから暫くして、壁にかけられた時計に目をむけると
「俺も、準備しなくちゃ」
濡れた手をタオルで拭き取り、エプロンを外すと、飛鳥は大学に行くため、リビングをあとにした。
なんの代わり映えもしない、いつもの日常。
神木家の朝は、いつもこんな感じだった。
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