第7話 飛鳥と隆臣


たかちゃん、おはよ~」


 マンションから出ると、飛鳥は、壁にもたれかかり、スマホを見ている青年に声をかけた。


「あぁ、おはよ」


 少しぶっきらぼうに返事をした、彼の名は、たちばな 隆臣たかおみ


 飛鳥の同級生で、同じ大学に通う学生だった。


 クセのないサラッとした赤毛の髪に、凛々しい顔つき。一見スラッとして見えるが、これが意外と筋肉質で、おまけに身長も181cmと高いため、172cmしかない飛鳥からは軽く見上げる高さだ。


 飛鳥のマンションは、ちょうど隆臣の通学経路にあたる。そのため、こうして講義の時間が重なる時は、二人で一緒に大学まで通うことがあるのだが


「飛鳥、お前昨日、怪しいやつの車に乗ってなかったか?」


「……え?」


 顔を見るなり、早急にそう問われて、飛鳥はきょとんと首を傾げる。


「ありゃ? なんか目撃者多数。なんで知ってんの?」


「バイト行く途中で見かけた」


 隆臣は土日の昼だけ、母親が経営している喫茶店でアルバイトをしていた。


 そして、そのバイト先にいく途中、どうやら飛鳥が乗った車とすれ違ったようだった。


「あーなるほど……大丈夫だよ! とっても親切なお兄さんだったから。でも、隆臣の父オジサンの名前は、ちょっと借りちゃった」


「は?」


「乗せてって言ったら、こっちの心配してくる、すっごくお人好しなお兄さんだったんだけど、車に乗るからには、一応、保険かけとこうかなーとおもって。お兄さん、"警視庁警部"って肩書き見ただけで青ざめてたよ」


「…………」


 悪びれる様子もなく、にこやかに答えた飛鳥に、隆臣は怪訝けげんな顔を浮かべた。


 確かに、隆臣の父である『たちばな 昌樹まさき』は、警視庁の警部だ。


 隆臣と飛鳥は、小学五年生の時、隆臣が転校してきた頃からの幼馴染み。だからか、当時からよく変質者に狙われる飛鳥のことを、昌樹はよく心配していたのだが


「保険に使うな。俺のオヤジも暇じゃねーんだから」


「わかってるよ。だから、名前借りただけだって。狭山さやまさん……だっけ? すっごくいい人だったし」


 申し訳なさそうにするかと思いきや、そんな素振りは一切見せず、飛鳥は大学に向かうため歩道へと一歩踏み出した。


 だが、道路を横断するため、信号機の前に立つが、タイミング悪く「赤」にかわってしまったため、飛鳥は再度、信号機のボタンを押した。


「飛鳥!」

「……!」


 だが、その直後、隆臣が少し強めの口調で語りかけた。


 その表情は心なしか──けわしい。


「……なに?」


「お前は……もう少し考えてから行動しろ。何かあってからじゃ遅いんだぞ。あと、いい人は足に使うな。なんか可哀想になってきた、そのお兄さん」


「えー! あっちもモデル勧誘してきたんだし、アイス奢らすくらいイイじゃん!」


「アイス奢らせたのかよ!? 不憫ふびんすぎるだろ、そのお兄さん!?」


「そう? 世の中全て、等価交換っていうし」


「等価分交換してないだろ。明らかにお兄さんの方が、リスク負ってるだろ!」


「えー」


「えーじゃねーよ。そんなことしてたら、また、痛い目みるからな」


「はいはい……分かってるよ。ちゃんと人は選んでるし、今は昔と違って護身術も身に付けたし、子供の時みたいに、おいそれと拐われたりしないよ。それに、いざとなったら、隆ちゃんに頼むしね?」


 すると、飛鳥は、これまた綺麗な笑みを浮かべて、隆臣を指さし


隆ちゃんなら、暴漢や変態の一人や二人、楽勝でしょ?」


「…………」


 小学生の時から空手をはじめ、高校では都大会でも優勝したこともある隆臣。


 その腕を見込んでなのか、可愛く笑う飛鳥を見て、隆臣は差し出された手を、おもむろ掴むと


「そうだな。こんなに細い腕なら楽に折れそうだ」


「あれ? 折るの俺の腕?」


 腕を掴まれつつも、少しとおどけた様子で、くすくすと笑う飛鳥に「本当にわかっているのか?」と、隆臣が睨みつけた。


 昔から華奢きゃしゃで、女の子みたいだったが、こうして腕を掴むと本当に細い。


「つーか、お前、マジで筋肉つけろ! ジム通え、ジム!」


「ムリムリ。家のことしなきゃならないし、それに家事って結構、体力使うんだよね」


 ――どこの主婦だ!?


 と思わずつっこみたくなったが、女扱いして機嫌を損ねると、これまた厄介なので、隆臣は無言で、ため息をつくにとどまった。


 飄々としていて、一見頼りなくも見えるが、それでも、下の妹弟たちにとって、この男が、とても頼りになる存在だと言うことを、隆臣は知っている。


 幼い頃から、ずっとそうだ。

 あの妹弟を、飛鳥は、ずっとずっと守りつづけているのだ。


 この細い腕で──…




 ゴキッ!!?


「痛──だッッ!?」


 だが、その直後、飛鳥が隆臣の腕をつかんだかと思えば、明後日の方向へとねじり返した。


「いつまで、掴んでんの?」

「ッ……」


 骨がよじれるような痛みに隆臣が声にならない悲鳴をあげると、これまた綺麗な……というか、子悪魔的に微笑む飛鳥を見て、隆臣は思う。


 この姿からは、見た目から垣間見するなんて微塵も感じない。


「マジかよ……ッ、お前の護身術完璧。マジ痛い」


「でしょ~♪ だから、心配しないで」


 すると、飛鳥が隆臣から手を離した瞬間、タイミングよく信号も赤から青にかわった。


「急がなきゃ、講義はじまちゃうよ」


 そう言って、そそくさと信号を渡っていく飛鳥の後ろ姿を見つめ、隆臣はため息をついた。


 昔から飛鳥は、決して他人にを見せたりしない。


「ホント、厄介な奴……」


 そう呟くと、その後、隆臣は飛鳥のあとを追いかけ、急ぎ足で、信号を渡ったのだった。


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