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第371話 ご褒美とハンデ


「だったら、私も見てみたいです!」


「ん?」


 その言葉は、一瞬あっけに取られた。

 まさかまさかの、見てみたい!?


「……み、見たいって、俺の女装を?」


「はい。着てくれるっていうなら、是非見てみたいです! あ、そうだ! もし良かったら、私、親を説得するの頑張ります! だから、無事にアルバイトすることができたら、就職祝いとして、女装姿をみせてもらうとか、どうでしょうか!?」


「どんな、就職祝い!?」


 就職祝いで女装するなんて、聞いたことない!?


 だが、期待に胸を躍らせるあかりをみると、NOとは言いきれず……


「そ、そんなに見たいの?」

「はい! 見たいです!」


 満面の笑みで、楽しそうに返事をする、あかり。


 もはや、さっきまで泣いていたのがウソみたいな明るい表情に、安心しつつも、複雑な心境になる。


(……そんなに嬉しそうにされると、少し傷つくな)

 

 女装していたことを指弾されるわけでもなく、逆に見てみたいなんて。


 これは、やはり男として見てもらえていない。なぜなら、これは、明らかにだ。


「あの、やっぱり、ダメですか?」


 すると、あかりが申し訳なさそうに飛鳥をみつめた。


 まぁ、男性に女装をお願いしているのだ。

 しかも、日ごろから、女の扱いを嫌う飛鳥。普段なら、あっさりスルーするところ。


 なのだが……


「別にいいけど……やるなら、やることになるよ? それでもいいの?」


 少しだけ、試すようなことを言ってみた。


 二人っきり──と言われて、少しは動揺するのか?


 すると、あかりは


「はい! 全然、大丈夫です! むしろ、着飾るところお手伝いしたいです! 髪とか弄ってもいいですか!?」


(あれ!?)


 動揺する所か、やる気満々なんだけど!?

 かなりのウェルカムモードなんだけど!?


「着せ替え人形か、俺は!?」


「だって、こんな機会滅多にないですし! なにより、神木さんの女装姿は、純粋に興味があります!」


「興味なんて持つなよ」


「ふふ、だって、ちょっと特別じゃないですか」


「特別?」


「はい。私の知らない神木さんを、もっと見てみたいです」


「……っ」


 それは、まるで刺すような──それでいて、甘く溶かすような。


 そんな感覚だった。


 ふわりと笑ったその姿に、心がざわつく。


 そんな、告白めいた言葉をかけてくれるのに、その心には、全く自分が写っていない。


 それが、とても



 もどかしくて──…




「俺も、もっと見てみたいよ……俺の知らない、あかりを」


「え……?」


 目を見て、囁くように呟いた。


 もっと、見てみたいし

 もっと、知りたい。


 あかりのことを──


 例えば、その心の奥に閉じ込めた、忘れたくてたくても、忘れられない──記憶とか。


 だけど、今の俺たちの言葉には、一体、どのほどの隔たりがあるのだろう。


 ──もっと知りたい。


 そう言った、今の気持ちに、どれほどの差があるのだろう。


 発した言葉は、ふたり同じものなのに、その中身が、全く違う気がした。


 それこそ『友達』と『恋人』くらいに……



「あの、今、なんと? すみません、よく聞こえなくて……」


「え?」


 すると、あかりが首をかしげつつ、飛鳥を見上げた。飛鳥は、それを見て、ふと道路の方に目を向ける。


 側には、車が何台と走行していた。囁くように呟いたあの言葉を、かき消すくらいの騒音。


 どうやら、あかりに、あの言葉は、届かなかったらしい。


 飛鳥は、そう思うと…


「いや……なんでもないよ。それより、本当にするの?」


「はい。神木さんさえ良ければ!」


「よければって……就職祝いに女装するやつ、きっと、どこ探しても俺くらいだよ」


「あはは。でもご褒美があると、頑張れます! 私、正直、親を説得する自信がなくて……」


「自信がないって。そんなに、バイト反対されてるの?」


「うーん……直接ダメって言われたわけじゃないですけど、弟には反対されてます。きっと、心配してるんだとおもいます、女の一人暮らしだし……でも、引越しをするとか、そんな目的以前に、純粋に、美里さんのお店では、働いてみたいと思ったんです。ハンデがあると、働ける場所はどうしても限られてくるので、こうして受け入れてくれる場所で、自分が社会に出て、どこまで通用するのか見極めたいです。だから、頑張ります!」


 その笑顔は、とても晴れやで、未来に向かって進もうとする姿を、鮮やかに描き出していた。


 自分たちは、いずれ『大人』になる。

 大人になって、社会に出る。


 それは、片耳が聞こえないハンデがあるあかりだって、同じで。


 そのハンデを背負いながら、あかりは、この世界で生きていかなくてはならない。


 だからこそ、今のうちに、自分がどこまで通用するのかを見極めようとしている。


 それは、素直に凄いと思った。


 いつまでも、家族に依存している俺なんかよりも、あかりは


 ずっとずっと、大人だから――…



 ──ピコン!


「……!」


 瞬間、飛鳥のスマホが音を奏でた。この可愛らしい音は、LIMEが届いた時の音。


 それに気づき、ポケットからスマホを取り出せば、華からメッセージが届いていた。


《いつ帰ってくるの? もう、お昼だよ!》


 それを見て、同時に時刻を確認すれば、スマホのデジタル時計は、11時45分を指していた。


「あ!」


 そして、飛鳥は思い出す。


 そうだった! 帰って、お昼を作らないといけないんだった!


「ごめん、あかり! 俺、もう帰らないと。お前、目は大丈夫?」


「はい。大丈夫です」


「そっか。じゃぁ、俺は行くから、あかりも気をつけて」


「はい、ありがとうございます」


 心配しつつも、あかりの元を離れると、去りゆく飛鳥の背中を見つめながら、あかりは、にこやかに手を振った。


 だが、その後、飛鳥の姿が見えなくなったあと、あかりは急激に頬を赤らめた。


「っ……私……なに言ってるの?」


 顔を真っ赤にして、自分の言ってしまった言葉を振り返る。


 ──私の知らない神木さんを、もっと見てみたいです。


 あれでは、と言っているようなもので……あんな言葉をかけて、もし気づかれたりしたら、どうするつもりだったのだろう。


 それに……


 ──俺も、もっと見てみたいよ……俺の知らない、あかりを。



「っ……」


 恥ずかしさで熱くなった胸を、きゅっと押さえこんだ。


 聞こえなかったなんて、嘘。

 しっかり、耳に、心に、響いていた。


 平静を装うのが、大変だった。 


 今にも赤くなりそうな頬を、早まる鼓動を、押さえるのが大変だった。


 今、神木さんには、好きな人がいる。


 好きな――がいる。


 そして、それは……



「なんで、なの……っ」



 違うと、思いたかった。

 勘違いだと、思いたかった。


 だから、違う理由を、必死に探した。


 あなたが、好きになった相手は、と。


 それなのに──…っ



「っ……あれじゃ……好きって、言われてるようなものじゃない……っ」


 神木さん──


 あなたも、私とように、私のことを、知りたいと思っているのでしょうか?


 もし、そうなら



 私とあなたは、今




 両想い……なのでしょうか?






「……っ」


 胸の奥では、これまで何度と囁かれてきた彼の甘い言葉が、まるで確認でもするかのように、反芻していた。


 知りたくなかった気持ちを。


 気づきたくなかった飛鳥の想いに気づいたあかりは、その後、頬を赤くしたまま、暫く立ちすくんでいた。












***


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それでは、あかりが両思いだと自覚し、飛鳥は女装しそうな雰囲気ですが、引き続き盛り上げてきたいと思っておりますので、引き続き、よろしくお願いします。


雪桜

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