第37話 転校生と黄昏時の悪魔⑤ ~探し物~

「んー、ないなー」


 そして、時は戻り──


 華と蓮が高校の合格発表を無事に終えた、その日の午後。


 隆臣や大河と別れ、自宅に戻ってきていた飛鳥は、昼食を終えたあと、父の書斎をひっくり返す勢いで、探し物をしていた。


 頭を悩ませながら、ダンボールを開けまくっている兄。すると、たまたま書斎の前を通りかかった華が、何事かと首をかしげる。


 書斎の中では、タンスの上にしまっていたダンボールをいくつか確認したのだろう。両手に抱えるくらいの大きなダンボール箱が数箱、床に散乱していた。


「飛鳥兄ぃ、なにやってんの?」


「あのさ、華。俺が昔使ってたブレザー、どこにやったか知らない?」


「ブレザー?」


「うん。二人共、無事に高校に合格したし、俺が昔使ってた制服、クリーニングに出しとこうと思ったんだけど」


「うわ、でた!! お兄ちゃんのお下がり!!!」


 どうやら兄の捜し物は、高校のブレザーらしい。


 だが、中学の学ランもそうだったが、高校も兄のお下がりとは!


 毎度のこととはいえ、いつもそのお下がりを着なくてはならない蓮を、華は軽く憐れむ。


「たまには、新しいの買ってあげればいいのに」


「バカ言うな。お下がりは弟の宿命」


「嫌な宿命……ていうか、飛鳥兄ぃ片付けるの下手すぎ! 仕舞う時、ちゃんとしないから、見つけるのに苦労するんでしょ!」


「うるさいなー。俺に、そこまで完璧を求めるな」


 にこやかに応えながらも、こめかみに青筋を立てた兄。


 だが、これでも兄は、一通りのことは何でも出来るし、掃除が苦手なわけでもない。


 しかし、こと片付けに関しては、目に見えなければいいかと言った感じで、たまに手抜きする癖がある。


「華、これ持ってて」

「もうー!」


 脚立の上から飛鳥が、少し小ぶりの段ボールを差し出すと、華は渋々それを受けとり、中を確認しようとフローリングの上に下ろした。


 年季の入ったダンボール。

 その上に貼り付いたガムテープをベリッと剥がすと


「あ、なにこれー」


 その中を見て、華はパッと顔を誇ろばせた。


 ダンボールの中には、誰のものなのか、画用紙に描かれた絵や、折り紙で作ったお花、そして小さい靴や服などがたくさん入っていた。


「やだ~可愛いー。なにこの靴ちっちゃーい」


「あー、それお前たちが、幼稚園の頃のだよ。まだ、とってあったんだ」


 脚立からおり、飛鳥が箱の中を覗きこむと、懐かしそうに目を細めた。


 そんな兄と会話を交わしながら、華は箱の中のものを、一つ一つ手に取る。


 それは、とても古いものだった。

 もう10年は前のものだろう。


「あ、これ」

「ん?」


 だが、タンスの上を諦め、飛鳥がクローゼットの中を探し始めた時、華が突然声を上げた。


 さっきまでのはしゃぎ声とは違う、どこか躊躇うような声。


「どうかした?」


「あ……うんん、何でもない!」


 飛鳥が首を傾げつつ問いかけると、華は慌てて笑顔を作り、とっさにそれを、背後に隠した。


 兄に見えないように隠したそれは、手の平サイズの『小さなウサギのぬいぐるみ』だった。


(これ……まだ、とってあったんだ)


 それは幼い時、華がとても大切にしていたぬいぐるみだった。


 誕生日に買ってもらって、寝るときも出掛けるときも肌身はなさず持っていた、ぬいぐるみ。


 だけど、いつしかこのぬいぐるみは


 目にするのが辛くなって


 でも捨てられなくて


 おもちゃ箱の奥にひっそりと追いやられていった


 ────そんな可哀想な、ぬいぐるみ。



「あ、あった!」


 すると、どうやら、お目当てのブレザーが見つかったらしい。


 兄は『またクリーニングに出しとくかな』とボソリと呟きながら、そそくさと出掛ける準備を始めた。


「……出かけるの?」


「うん、ちょうど夕飯の材料で買い忘れたものもあったし、ついでにね。部屋は、また帰ってから片付けるから、そのままにしてて」


「……うん、分かった」


「じゃぁ、すぐ戻ってくるから」


 そう言うと、飛鳥は華を置いて、部屋から出ていった。


「はぁ……」


 すると、華は、その後深くため息をつくと


「嫌なモノ、見つけちゃったなー」


 手にしていた「ウサギのぬいぐるみ」に、再び視線を落とすと、華は、ふとあの日のことを思い出した。


『すぐ、戻ってくるから』


 あの日も兄は、そう言って出ていった。


 あの日、私は大切にしていたこのぬいぐるみを公園に忘れてきてしまって、泣いてわがままを言って、家族を困らせた。


 泣きやまない私の頭を撫でて、兄はわざわざ公園まで、このぬいぐるみを探しにいってくれた。


 言葉の通り

 すぐに戻ってくるのだと思ってた。


 またいつもように、笑顔の兄に会えると疑わず、窓の外を見つめながら、兄とぬいぐるみの帰りを待ち続けた。


 だけど───


 その後、兄は、門限をすぎても、日が沈みかけた空が次第に暗くなりはじめても


 ついには、日が落ちても


 どれだけ待っても






 ──帰ってはこなかった。







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