第36話 転校生と黄昏時の悪魔④ ~笑顔~


「だから、千円払えば、穿くんだろ!!」


 目の前に、ふたたび差し出されたスカート。それを見て、神木が目を見開く。


「え? 本気で払う気?」


「ちょ、お前、さっきと言ってること違くね!?」


「バカなの? お金払われても、元から穿く気なんてないよ。本当どういう趣味してんの?」


 なんとも言えない表情を浮かべて、神木が男子を見上げて、そう言えば


「ぷ……っ」


 さっきまでのはりつめた空気はどこへいったのか、そこここから、くすくすと笑い声が聞こえはじめた。


「ねぇ、いくらなんでもお金まで払う?」


「よっぽど、穿かせたかったんだね」


「神木くん、可愛いしね」


「~~~~ッ」


 まるで「変態」とでも言うようなクラスメイト口ぶりに、その男子の顔は茹でたこのように真っ赤に染る。


 もはや、完全に笑いものだった。

 なんか逆に可哀想、あの男子。


「おいッ、神木、お前いい加減にしろよ!!」


 すると、男子も後に引けないのか、更に食い下がってきて、神木はいっそう不機嫌そうな声を発した。


「しつこいな。そんなに穿かせたいの?」


「うるせー! このまま引けるかよ!!」


 再び、一触即発の空気が漂う。

 だが、神木は一つ長めの息をつくと


「わかった。じゃぁ、君が穿いたら、俺もはいてあげる」


「は?」


「だから、それ穿いて、今すぐ校庭3周してきて。できたら、スカートでもなんでもお好きにどうぞ」


「………」


「まぁ、俺は似合うだろうけど、、どうだろうね?」


 軽く小首を傾げて、どこか挑発するような綺麗な笑みを浮かべた神木。


 その光景に、クラス中の生徒が息を飲んだ。


 それは、綺麗すぎるからかもしれない。


 誰もが、その雰囲気に飲まれてしまって──

 

「ッ……!!」

「おい、もーやめとけって!」


 すると、さすがにいたたまれなくなったのか、更に熱くなる男子を、隣の男子が静止した。


 クラスの雰囲気と、全く折れることもない神木に、さすがに根をあげたのか、その後、男子たちは、神木に本を返すと、俺の横を通りすぎ、足早に教室から出ていった。


 そして、そんな中、神木は再び本を開くと、ページを捲り、何事もなかったように読書を再開し始めた。


 そして、一連の出来事を目撃していたクラスメイト達が「大丈夫!?」と、わらわらと神木の前に集まり始めるのをみつめながら──


(なに、アイツ!? 超性格悪いじゃん! てか、絶対敵に回しちゃダメなヤツじゃん!!)


 と、俺は、一人顔をひきつらせていた。



 そう「神木 飛鳥」という人間は、この頃から、あまり人に「弱み」を見せない人間でもあった。


 冷静で、ヒヤリと漂う空気感は、子供らしさなんて微塵も感じさせない。


 だけど、そんなアイツも、家族と一緒にいるときだけは、違っていた。


 


 ◇◇◇




「お兄ちゃん、見てみて~」


 それは、たまたま通りかかった公園で、神木を見かけた時のことだった。


 夕方五時前──幼稚園生くらいの子供を二人連れて、砂場で砂遊びをしていた神木をみつけた俺は、目が飛び出るほどの衝撃を受けた。


「これ、お兄ちゃん!」


「へー、上手に描けるようになったね」


「ほんと!」


「うん。すごく上手!」

 

(な、なにあれ、似合わねー?!)


 木の枝をくるくる動かし、砂に絵を描いている女の子と、その傍で砂遊びをしている男の子。


 そして、そんな二人に優しく笑いかける神木の姿。


 いつも、教室で本ばかり読んでいる、あのクールな神木が、子供と砂遊びなんてイメージが違いすぎて、思わず吹き出しそうになった。


「お兄ちゃん、おれ、お城つくりたーい!」


「え、お城? うーん、さすがに、そんな時間はないかな。もうすぐ帰る時間だし」


「じゃ、ニャンニャンジャーやろう!」


「私、メロ○パンナちゃんやりたい~あ。お兄ちゃんは、ドラ○もんね!」


「あはは、なにそのカオスなごっこ遊び、どっちかにして?」


 学校では、ほぼ無表情な神木。


 だけど、そんな神木が、家族の前では、あまりにも、にこやかに笑っていたものだから


(……あいつ、あんな風に笑うことあるんだ)


 なんで学校では、笑わないのか?


 そんなことが、少しだけ気になった。


 素直に学校でも笑えば、きっと今のように、一人孤立することもないかもしれないのに──


 なんてことを暫く考えたが、もちろん答えが出るはずもなく。


 そしてそれが、夏休みが、もうすぐ終わろうとする、8月の夕暮れ時のこと。


 結局、第一印象が悪かったこともあってか、転校してきてからそれまで、神木とは、ほとんど話をすることはなく。


 俺達は、お互いを、全くよく知らないまま


 ──季節は



 秋に差しかかろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る