第484話 先輩と保護者


(俺、この子に、何かしたかな?)


 初対面なのに睨まれ、飛鳥は、小さく首を傾げた。


 だが、どう考えても何もしてない。


 むしろ、階段から落ちそうになった姉を助けたのだから、感謝されてもいいくらいだ。


 なら、元々、目つきの鋭い子なのかな?


「姉ちゃん、この人、誰?」


 だが、その後、どこかどげとげしい声が飛んできて、その想像は、あっさり吹き飛んだ。


 まるで、威嚇するような声だった。

 

 子どもには比較的、懐かれるタイプの飛鳥だが、いきなり敵意を剥き出しにされたのは、初めてのことだった。


(あ。これ、完全に睨まれてる)


「こ、この人は……大学の先輩」


「…………」


 そして、そんな弟に対して、無難な回答をしたあかりに、飛鳥は、なんともいえない気持ちになった。


 もちろん、間違いではない。

 実際に、大学の先輩なのだから。


 だけど……


(もう、とすら言わないんだ)


 あかりが、そこまで自分を拒む理由が、未だに分からない。


 お互いに好きだと自覚していて、両想いになっているにもかかわらず、あかりは、この恋を実らせようとはしない。


(……弟に聞けば、何かわかるかな?)


 あかりに聞いても、話してはくれない。

 なら、家族に聞くもの、一つの手だろう。


 あかりが、一人で生きて行くと決めたきっかけは、一体なんだったのか?


 実際のところ、飛鳥は、あかりの過去については、何も知らなかったから。


(確か、片親ではなかったはずだし、親の離婚が原因と言うわけじゃなさそだよな?)


 先日、父とも話した。


 あかりが、恋に消極的なのは、結婚に、マイナスなイメージをもっているからじゃないかと。


 そして、それには少し納得した。

 自分だって、そうだった。


 両親が離婚したことで、一時期、辛い幼少期を過ごした。


 そのせいで、恋や結婚に夢を見れなくなった。


 人の愛は、簡単に壊れてしまうものだと気づいたことで、余計に、家族に依存してしまった。


 今ある幸せを壊したくなくて、ずっと、変わらない世界を求めてきた。


 だけど、あかりは、俺とは違う。


 両親は離婚していないし、神木家うちと同じくらい、賑やかだと言っていたから、夫婦仲が悪いとも思えない。


(じゃぁ、他にどんな理由が?)

 

「あの、神木さん。誰が、見てるかわからないので……っ」


「……!」


 すると、ひどく不安そうな顔で、あかりが、再度、手を離してと懇願してきて、飛鳥はハッと我に返った。

 

 確かに、この状況なら離さなくてはダメだろう。


 ここは、祭りの会場。

 しかも、実際に大学の知り合いを何人か見かけた。


 だが、離すのは仕方ないとしても、気もなかった。


「いいよ。ただし、一緒に祭りを、まわってくれるならね?」


「え?」


 瞬間、にっこり笑って、そう告げた。

 もちろん、あかりの手は掴んだままで。


 そして、これは『離して欲しかったら、言うことを聞け』といっているわけで

 

「あ、あの……私、今日は、家族と一緒でして」


「うん、しってる。でも、俺も家族と一緒だし、みんなで回った方が賑やかで、楽しいと思うよ? というか、なんで、弟と二人だけなの?」


「え?」


「親は?」


「お、親……は、仕事でトラブルがあって、遅れてきます」


「ふーん。じゃぁ、尚のこと、俺たちと一緒にいた方がいいよ」


「え? なんで?」


「なんでって、あかりは、まだ19歳だろ」


「え?」

 

「小学生以下の子供が、夜7時以降に出歩く時は、20歳以上の保護者の同伴が、義務付けられてるはずだけど?」


「?!」


 20歳以上!?

 その言葉に、あかりはじわりと汗を流した。


「じゅ、19歳は、保護者として認められないのでしょうか?」


「まぁ、特別な事情がない限りは。というか、女の子と子供だけで、うろつくのは、どのみち危険だよ。その点、こっちには、20歳以上の男が三人もいるし、何かあった時も対処しやすいよ!」


 ちなみに三人とは、飛鳥、隆臣、狭山の三人である。

 

 だが、あかりは、それでも逃げようとしているのは、決して、首を縦にはふらず


「だ、大丈夫です。母も、すぐ来ますから」


「ていうか、さっき助けてあげたのは、誰だっけ?」


「え?」


「あぶなかったなぁ。下手したら死んでたかもしれないし。ということは、俺は、あかりの命を救ったってことだよね! じゃぁ、その恩人のお願いは、聞いとくべきじゃない?」


「……っ」


 にっこりと天使のような笑顔を浮かべているのに、その瞳には、有無を言わせぬ迫力があった。


(あ、あれ? もしかして、神木さん、怒ってる?)


 なんで?

 私、怒られるようなことした?


 いや、思いっきりしてるよ!

 三ヶ月も既読スルーされたら、誰だって怒るよね?!


(も……もしかして、既読スルーの件を問い質すために、こんなに強引に引き止めてるの?)


 だったら、この後、めちゃくちゃ怒られるのでは!?


「というわけで、今夜は一緒にいてね♪」


「……っ」

 

 そして、そこまで言われてしまうと


「……は、はい。じゃぁ、母がくるまで」


 と、あかりは、怯えながら承諾し、その後、飛鳥は、掴んでいた手を離した。


 そして、そんな二人の光景を見て、背後から、ひっそりと華が応援する。


「飛鳥兄ぃが、攻めてる。よし、その調子で、頑張れ……!」


「いや、あれは、攻めてるっていうか」


「脅迫してるんだろ」


 だが、蓮と隆臣には、違う光景に見えたらしい。


 断固として逃がす気がない飛鳥を見て、あかりを憐れむしなかったとか?

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