第483話 本音と自覚


 耳元で聞こえた声に、あかりは小さく息を呑んだ。


 さっきよりも距離が近い。

 掴まれた腕も、触れた肌も、燃えるように熱い。


 でも、どうして、彼がここにいるの?

 神木さんは今、小学校にいるはずなのに……っ


「あ……あなたは……ドッペルゲンガーか、なにかですか?」


「ん??」

 

 だが、その後、意味のわからないことをいいだしたあかりに、飛鳥は困惑する。


 ドッペルゲンガー??

 いきなり、何を言っているんだろう?


(あかりって、オカルト好きだったっけ?)


 それとも、ドッペルゲンガーだと思いたくなるくらい、目の前にいる自分を、本物だと思いたくないのだろうか?


「なにそれ。そんなに、俺に会いたくなかった?」


「ち、違います! ただ、神木さんは今……あ」


 だが、なぜか『違う』と口にしてしまい、あかりは、慌てて、言葉をつぐんだ。

 

 違わない。

 だって、会いたくなかった。


 だから、ずっとLIMEも無視して、今日だって、会わずに逃げ切りたいと思っていた。


 それなのに……


(な、なに言ってるの?……これじゃ、会いたかったって言ってるみたい……っ)


「じゃぁ、んだ、俺に」


「……っ」


 すると、どこか嬉しそうな声が鼓膜に響いて、頬が赤らむ。


 まるで、喜んでいるような甘やかな声だ。


 でも、なんで、そんな声をだすの?


 あなたは、もう私の事なんか、嫌いになっているはずなのに……


「さ、さっき」


「え?」


「さっき、小学校の方にいると聞きました」


「………」

 

 だが、あかりが、逃げるように話をそらせば、飛鳥は、その内容を瞬時に理解した。


(あぁ、ドッペルゲンガーって、そう言うことか……)

 

 何を驚いているのかと思えば、どうやらあかりは、小学校にいると思っていた男が、神社に現れたことに驚いているらしい。

 

 そして、小学校にいると言われている理由も、容易に想像がついた。


「小学校にいるのは、ミサさんだよ」


「え?」


「一緒に来てるんだ、エレナもね。まぁ、ちょっと騒ぎになりそうだったから、別々に行動してるんだけど」


「さ、騒ぎ……」

 

 確かに、この美形集団が団体でいたら、騒ぎになりそう!


 だけど、まさか小学校にいるのが、ミサさんだったなんて──


(じゃぁ、さっきの話は、ミサさんのこと? でも、確かに、ミサさんと神木さんは、よく似てるし、この二人の噂を聞き分けるのは、無理がある……っ)


 そして、それは、とんでもない誤算だった。


 しかも、話さないつもりだったのに、普通に会話をしてしまった。


 この三ヶ月、心を鬼にして遠ざけてきたのに、あの苦労はなんだったのだろうか?


 だけど、どの道、もう終わった恋だ。


 電話に出なかったあの日に、何もかも終わった。

 

「あかり?」


 だが、再び声をかけられ、あかりは飛鳥を見つめた。

 

「足は平気? くじいたりしてない?」


 相変わらず、優しい人だと思った。


 三ヶ月も既読スルーされたくせに、今もまだ、優しくしてくれる。


(まるで、友達に戻ったみたい──…)


 だけど、もう友達には戻れない。

 傍に居たら、もっと苦しくなるから。


 あかりは、そう思うと……

 

「足は平気です……本当に、ありがとうございました。でも、もう大丈夫ですから、手を離していただけますか?」


 飛鳥から視線をそらしつつ、あかりは、掴まれた手を『離して』と命じた。


 だが、その言葉を聞いて、飛鳥は、眉をひそめた。


 あからさまに、避けようとしているのが分かった。


 だけど、さっきのあの言葉が、無意識に出た本音だとしたら、これすらも、可愛い抵抗にしか感じなかった。


 三ヶ月もスルーしておきながら、その心には、まだ俺に『会いたい』という気持ちが残ってる。


 そして、それに気づいてしまったらか、余計に離したくなくなった。


 ずっと、会いたくて、たまらなかった。


 声を聞きたくて。

 でも、出来なくて。


 避けられる度に、寂しさと不安が募った。


 だけど、今は目の前にいる。

 俺のすぐ側に、あかりがいる。


(離したくないっていったら、あかりは、どうするんだろう?)


 この手を離せば、もう二度とつかまえられない気がした。


 だからか、掴んだ手に、微か力がこもる。


 そして、その行動と同時に気づいたのは、まだ諦めたくないということ。


 俺は、こんなにも、あかりのことが好きで、大切な存在だと思ってる。


「あの、神木さん、聞いてますか?」


「………」


 だが、その後、なかなか手を離さない飛鳥に、あかりが困り果てながら見つめてきた。


 そして、その反応を見て、飛鳥は、どうするべきか?再び考える。


 できるなら、離したくはない。


 だが、この気持ちを押し通すには、あまりにも、場所が悪すぎた。


 ここは、祭りの会場だ。

 しかも、傍には妹弟や友人もいる。


 オマケに、背後にいる妹たちが、ちょっと騒がしいのだ。

 

 そして、聞き耳をたてれば、それは、華と蓮だけでなく、葉月と航太もまじって、ヒソヒソと話しているのがわかった。


「ねぇ、蓮。あかりさんだよ、あかりさん! これって、もう運命じゃない!?」


「榊ん家の神社、凄いな! 願って、秒で会えるなんて、もう奇跡じゃん! さすがは恋愛の神様を祀ってるだけある!」


「え、なにが? なんの話?」


「あ、そっか、榊はしらないんだっけ。あのお姉さん、飛鳥さんの好きな人なんだって」


「え!? マジで!?」


「うん。でもさー。残念なことに、飛鳥さん、男として見られてないみたいらしくて」


「え? いやいや、それはないだろ。あの飛鳥さんだぞ?」


「それが、あるんだって!」


「そうなの! あかりさんは、うちのお兄ちゃんの顔には、全く興味がないの! しかも、女装姿が見たいって言われるくらいで、この前、ロリータ服、着たんだよ!」


「え、ロリータ!?」


 というか、本当に騒がしい!!

 

 しかも、女装したことを、榊くんにまで話す必要があったか!?


(なに話してんの、あいつら……っ)


 そして、背後で繰り広げられるセキララな話に、飛鳥は、恥ずかしさでいっぱいになる。


 というか、今のあかりには、聞こえてないよな?

 うん、多分、聞こえてない。


 だが、背後で騒ぐ妹弟たちとは別に、飛鳥には、もう一人、気になっている人物がいた。


 それは、あかりの近くにいる少年のことだ。


(あの子、多分、あかりの弟だよな?)


 前に、エレナと同い年の弟がいると、あかりが言っていた。


 髪の色も顔立ちも、どことなくあかりと似ているし、さっき『姉ちゃん』と言っていたことから察するに、間違いなく弟だ。


 だが、気がかりなのは、初対面であるはずの、その弟が、ずっと、こちらを、ことだった。

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