第485話 姉と弟


 カラン、カラン──!

 

 その後、飛鳥たちの群れに引き込まれたあかりは、理久と一緒に、本殿の前に立っていた。


 賽銭を奉納し、鈴を鳴らすと、二礼二拍手した後、あかりは青ざめたまま、神様に手を合わせた。


(どうしよう。完全に怒らせた……っ)


 だが、残念ながら、もう願い事どころではなかった。


 あの神木さんを、怒らせてしまった。


 しかも、久しぶりに会った彼は、相変わらず天使のような笑顔を浮かべていたにもかかわらず、逃がしてくれる素振りが一切なかった。


 だが、三ヶ月も既読スルーされれば、怒りたくもなるだろう。


(……嫌われた上に、怒らせるなんて……やっぱり、謝った方がいいかな?)


 怒らせてはいけない人を、怒らせた気がして、あかりは頭を抱えた。


 だが、あかりだって、好き好んで既読スルーをしていたわけじゃない。


 無視するたびに、罪悪感を感じながら、それでも、心を殺して、ひたすら耐えていた。


 それに、怒るほど嫌われたのなら、ある意味、作戦は成功している。


 なら、このまま、嫌われたままでいればいい。

 ──お互いのためにも。


(酷いことをしたのは私だし、どんな罵詈雑言でも受けいれるけど、やっぱり、謝るのはやめよう。どのみち、デートの時も、嫌われるつもりだったし、このまま嫌な女を貫けば……)


 そうだ。なんのために、神木さんの嫌いな女の子のタイプを、わざわざ橘さんから聞いたのか。


 なら、あの時のシュミレーション通りに動けばいい。


(大丈夫。もう、嫌われてるんだし、今更、何かが変わることはないわ)


 本当は、嫌われたくなかった。


 そんな、本音を押し殺して、あかりは、前に進むための努力する。


 神木さんには、幸せになってもらいたい。


 素敵な人と巡り会って、愛のある結婚をして、彼が望んでいたように、たくさんの子供たちに囲まれて、幸せに暮らしてほしい。

 

 私とでは叶えられない、その未来を、いつか、ほかの誰かと叶えて欲しい。


(どうか──神木さんが、幸せでありますように)


 神様に手を合わせ、あかりは、ずっと飛鳥のことばかり考えていた。


 どんなに拒絶していても

 どんなに嫌われても


 彼を好きなことに変わりはなく。


 だからこそ、何度でも願うのだ。


 彼の未来が、明るいものであることを──…

 


「姉ちゃんって、あの金髪の人と仲がいいの?」


「え?」


 だが、その瞬間、理久から思わぬ言葉が飛び出して、あかりは呆気にとられた。

 

 金髪の人とは、間違いなく飛鳥のことだろう。


 だが、仲がいいの?と聞かれたら、なんと答えればいいのか? あかりは、迷う。


「えーと……仲が、いいような……悪いような?」


「どっちだよ。ていうか、あの人、でいいんだよね?」


「え?」


「だって髪長いし、スゲー綺麗な顔してるし、一瞬、女の人かと思ったんだけど、男物の浴衣も着てるし」


「あ、そうだよね! パッと見、どっちかわからないよね? 実は、私も初めてあった時は、女の人だと勘違いしちゃって」


 懐かしい記憶を思い出す。

 

 あかりが飛鳥と会ったのは、この街に初めて訪れた時だった。


 道に迷って困っていた時、飛鳥は、親切に大学までの道のりを教えてくれた。


 だが、あの時は、完全に"美人で優しいお姉さん"だと思いこんでいたのだ。

 

(まさか、理久も同じことを思うなんて……じゃぁ、さっき渋い顔で、神木さんを見ていたのは、性別が分かったからなのかな?)


 確かに、今まで理久の周りに、性別が不詳な人はいなかっただろう。


 それに、これだけ綺麗な人を目にしたのも初めてだろうし、驚いてしまうのは無理はない。


 すると、あかりは、理久に目線をあわせ


「神木さんはね、すっごく綺麗な人だけど、れっきとした男の人よ」


「ふーん、男ねぇ……つーか、姉ちゃんさ。一緒に、祭りに行く相手がいないって言ってなかった?」


「え?」


「去年、そう言ってたじゃん。だから、今年は俺たちが来たってのに、あんなに強引に誘って来る人がいるなんて」


「あ、えと……神木さんとは、ここ一年で、急激に仲が良くなったというか?」


「急激に? 男と?」


「え? あ、うん……っ」


「……ふーん」

 

(あれ? なんか、理久、機嫌が悪い?)

 

 どことなく不機嫌そうな弟を見て、あかりは、うろたえた。


 もしかして、家族だけで過ごしたかった?

 それなのに、私がちゃんと断らなかったから?


「あの、ごめんね、理久。知らない人たちと回るのは嫌だった?」


「別に、嫌じゃねーよ。姉ちゃんの友達には、ちょっと興味があったし……でも、あの、お兄さんと回るのは、なんか嫌かも?」


「……え?」


 それは、あまり理久らしくない言葉で、あかりは、戸惑った。


「い、嫌って、どうして、そんな……っ」


「だって、あのお兄さん、姉ちゃんのこと、好きなんじゃないの?」


「え?」

 

 そして、その言葉には、更に驚き、同時にドクンと心臓が跳ねた。


(な、何、言ってるの!?)


 好き? 神木さんが、私を?!

 

 いや、そんなわけない!

 だって、もう嫌われてるし!

 

 というか、さっきのやりとりをみて、どうして、そう思ったの!?


 私、どう見ても、脅迫されてたよね!?


「そ、そんなわけないよ」


「そうかなー? つーか、姉ちゃんは?」


「え?」


「姉ちゃんは、好きだったりするの? あの、お兄さんのこと」


「……っ」


 次から次へと繰り出される質問に、心拍が駆け上がるように加速する。


 好きという気持ちは、嫌という程、自覚してる。


 だけど、ここで本当のことを言って、なんになるだろう?


「す、好きじゃないよ。私は、誰も好きにはならない」


 ハッキリとそう告げると、あかりは、改めて弟を見つめた。


「前にも言ったでしょ。私は、恋も結婚もしないって」


 いつもと変わらない笑顔で、弟を安心させるように微笑んだ。

 

 そして、そのあかりの返事をきいて、理久は、そろりて飛鳥を見つめた。


 あかりたちが参拝する間、飛鳥たちは、本殿の脇に固まって、みんなで待っていた。


 月夜の下。一際、目立つ容姿をしたそのお兄さんは、さっき姉を助けてくれた人。


 それに関しては、凄く感謝してる。


 だけど──

 

(姉ちゃんが、好きじゃないなら、あのお兄さんは、俺たちのってことだ)


 迷惑そうに睥睨する理久は、飛鳥を、快くは思っていなかった。


 理久の姉であるあかりは、彩音のことがあってから、恋をしないと決めたらしい。


 そして、その決意は、今まで一度も揺らいたことがない。


 何度『好きな人できた?』と理久が仄めかしても、あかりは、いつも決まって、一人の道をえらんだ。

 

 だから、姉に寄ってくる男は、理久にとっては、みんな敵だった。


 誰かに好意を向けられるたびに、姉は、彩ねぇのことを思い出す。


 触れたくない心の傷を、何度も抉られて、苦しい思いをする。


 なら──


(あとで、しっかり、言っとかなきゃな)


 うちの姉ちゃんに、って──


 これ以上、姉ちゃんの『心』が


 壊れなくてすむように──…


 




********


皆様、いつも閲覧いただき、本当にありがとうございます!


そして、長らく更新できなくて、すみません。実は、コロナに感染してしまいまして、熱などは下がったのですが、今は後遺症で、小説が書けなくなってます。


できるだけ、早く回復するよう務めていきますが、今の現状も書いていますので、よかったら、舞台裏の方もご覧下さい⤵︎ ︎

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330667690444482

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