ミサさんとBL ③


「ねぇ、あのお姉さん、めっちゃ美人じゃない?」


 瞬間、背後から、コソコソと話し声が聞こえてきた。


「外人さんかな? モデルみたい」

「てか、BL好きなのかなー?」

「ねー、どんなの読むんだろう~」


「…………」


 そして、ミサは戦慄する。


 あれ、ちょっと待って?

 この街で、金髪碧眼の女がBL漫画を買っていたという噂が広がったら、一体、どうなってしまうのかしら?


 もしかしたら、自分に、そっくりな飛鳥が標的になるかもしれない!


 買ってもいないのに、BL漫画を買ったと、勝手に勘違いされて『男が好きな男は、BLも好きなんだな』と、心無い言葉を浴びせられるかもしれない!


 それに、飛鳥だけじゃない。万が一、エレナのクラスメイトに伝わって『エレナちゃんのお母さん、BLが好きなんだってー』という話がひろがったりしたら……


(もし、そんなことになったら、私のせいで、あの子たちが……っ)


 もはや、顔面蒼白である。


 この綺麗すぎる顔の影響力を、侮ってはいけない。なにより、可愛い我が子達に、なにかあったりしたら!!


(や、やっぱり、買うのはやめましょう!)


 そんなわけで、そそくさと本を2冊だけ購入したミサは、大人しく家に帰った。


 ◇


 だが、今の時代、最高に便利な文明の利器があるのだ!そう、それはスマートフォン。


 つまり、電子書籍をダウンロードすればいいだけ!!


(初めから、こうすればよかったわ)


 深夜、寝静まったあと、ミサは一人リビングのソファーに腰かけ、昼間みたBL漫画をダウンロードしていた。


 本屋で、あんなに悩まなくても、自宅でこっそり購入すればよかったのだ。それなのに、無駄に悩んでしまった!


(あ、ちょうど、大学生の話なのね)


 すると、漫画一冊なら、すぐに読み終わるだろうと、ミサはそのまま漫画を読み始めた。


 内容は、幼馴染同士の男子大学生が、友達から恋人に変わっていく恋愛物語。


 作画がとても美しく、男の子たちの心理描写も、とても豊かに描かれていた。


 そして、その後もスルスルとスマホをスクロールし、1時間もかからず全てを読み終わった。


 だが、読み終わったあとのミサは、なんとも複雑な表情をしていた。


(う、うそ……あの子たち、もういってるの?)


 漫画の内容が、あまりに官能的だったからか、ミサは赤面しつつも、ひどく戸惑っていた。親として複雑な心境が、ザブンザブンと押し寄せる。


 漫画の中の彼らは、キスから先のことまで、しっかり経験していた。というか、半分以上が、そういうシーンだった!!


(ぜ、全然、健全じゃなかったわ……でも、男同士でも、こういうことするのね)


 ということは、やはり飛鳥たちも?


(いやいや、まさか! これは、あくまでも物語だし、必ずしも飛鳥たちには当てはまるとは限らないし! あぁ、でも、飛鳥もう大学生よね!? しかも、小五から付き合ってるなら、もう10年の付き合いじゃない! 私と侑斗の結婚時代よりも長いわ!)


 もはや、おしどり夫婦だ。

 それに、もう彼は子供ではない。


 ならば、この漫画のような関係になっていてもおかしくはないわけで……だが、そうなると


(飛鳥は、どっちなのかしら?)


 攻める方か、受ける方か?

 ミサの脳裏には、また別の不安が渦巻く。


(飛鳥、綺麗だし。やっぱり見た目からしたら、受け入れるほうよね…あの子、大丈夫なのかしら?)


 母親として、純粋に息子の身体を心配する。


 漫画の中では、すぐに気持ちよくなっていたようだが、さすがに、そこは現実とは違うだろう。


「はぁ……でも、男同士の恋愛も、男女の恋愛と、そう変わらないのね」


 すると、ひとしきり悩んだミサは、また一つ息をついた。


 人を好きになる──その気持ちなら、自分にも、よくわかる。そして、飛鳥たちは、その対象が、たまたま同性だっただけなのだ。


(この歳になっても、まだ知らないことは、いっぱいあるのね)


 むしろ、自分の殻に閉じこもってばかりで、知ろうとしてこなかった。でも、それは、なんて凝り固まった考えだったのだろう。


(LGBTの人たちって、確か13人に1人の割合でいるって書いてあったし、きっと気づかないだけで、これまでにもいたのかもしれないわね)


 日本の民間団体による調査によると「LGBTは人口の8%~10%前後」つまり「10から13人に1人」の割合でいるらしい。


 これは「左利き」の人と同じくらいの割合だ。なら、クラスに1人~2人はいてもおかしくないわけで、そうなれば、自分の息子がそうだったとしても、別に不思議な話ではない。


(ちゃんと、理解してあげなきゃ。飛鳥のためにも……)


「お母さん?」


 すると、その瞬間、背後から声が聞こえた。最愛の娘──エレナの声だ。


「あら、エレナ、どうしたの?」


「うん、なんか色々考えてたら、眠れなくて、お水飲みに来たの」


「え、眠れない?」


 そう言われ、ミサは不安げに眉をひそめた。


「どうしたの? なにか悩みごと?」


「あ、うん……あのね、お母さん。私、芦田あしださんと、もっと仲良くなりたいの」


「え?」


 芦田さんとは、エレナのクラスメイトの女の子だ。前に公園でも見かけたポニーテールの可愛らしい子。そして、ミサは、その芦田さんからの手紙を、前に破り捨てたことがあった。


「そ、そう……芦田さんと」


「うん。だって、芦田さんだけなんだもん。私にずっと声をかけてきてくれたの。だから、芦田さんと、もっと仲良くなって、いつか、になれたらいいなって!」


「え!?」


 だが、その発言に、ミサの心境は、再び荒れ狂う。


(ま、まさか、エレナも?)


 飛鳥だけでなく、エレナもなの!?


 だが、ひとり孤立する中、変わらずに声をかけてくれた子がいれば、好きになってもおかしくない。なにより、自分のせいではないか!


 私が、エレナに、友達をつくらせなかったから!


「っ……そ、そうなの……分かったわ」


「え?」


「頑張りなさい、エレナ! お母さん、応援するから!!」


「え、ほんと? 応援してくれるの?」


 すると、親友を作りなさいと言わんばかりのミサの返答に、エレナの胸はじわりと熱くなった。


「っ……ありがとう、お母さん。私がんばるね!」


 すると、ニッコリと嬉しそうに笑うエレナを見て、ミサは、改めて決意する。


(エレナと飛鳥が幸せなら、相手の性別なんて関係ないわね)


 そう、この先、私がを見るのを諦めればいいだけなのだから──…




 ◇


 ◇


 ◇



「それでね、お母さんが、頑張りなさい!って言ってくれたの!」


 そして、その次の週末、エレナは神木家に来て、飛鳥に、嬉しそうにミサの話をしていた。


 友達なんて必要ないといわれていたのに、今は、友達をつくりなさいと応援してくれる。それが嬉しくてたまらないのだろう。


「そっか。よかったな、エレナ」


 可愛らしい笑顔を向けるエレナの頭をなでながら、飛鳥が、これまた美しく微笑む。


 この金髪兄妹の周りだけ、光輝いて見えるのは、なぜだろうか? やはり、金髪だから? いや、きっとそれだけではないだろう。


「それでね、飛鳥さんに、一つ聞きたいことがあるの」


「聞きたいこと?」


「うん! 飛鳥さんと隆臣さんは、どうやって仲良くなったの?」


 無邪気に、友達の作り方を聞いてくるエレナの姿は、とても可愛らしく、飛鳥は、ニッコリと微笑むと


「そうだなー。変態に追いかけられて、一緒に逃げたからかな」


「え!?」


 変態!? 逃げた!?


 その返答に、エレナの顔は真っ青になり、そして、それから暫くの間、ミサの誤解は続いたままだったとか!




*おしまい*

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