第10章 お兄ちゃんの失恋

第414話 兄と失恋


「あぁぁ、どうしようぉぉ!!!」


 あの後、兄から『失恋した』というメッセージを受け取った華、蓮、エレナの三人は、もはや勉強どころではなくなっていた。


 あの兄が! そう、あの誰もが振り返るほどの絶世の美男子である兄が、失恋をしてしまったのだ!


 これは、もはや一大事だ!!


「ど、どうしようッ、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁぁ……ッ」


「華さん、泣かないで。これハンカチ」


「うぅ、ありがとう、エレナちゃん」


「つーか、なんでお前が泣くんだよ! 泣きたいのは兄貴の方だろ!」


「そうだよ! お兄ちゃん、きっと落ち込んで、泣きながら帰ってくるかも……ッ」


 すると、兄を心配する華は、またポロポロと泣き出して、蓮とエレナは困り果てた。


 だが、華が、こうして泣きたくなる気持ちも、よく分かった。


 だって、あの優しい兄がフラれてしまったのだ。それも、初めて好きになったであろう、あかりさんに──…


「華、泣くなよ。きっと兄貴の女装が完璧すぎたんだ」


「え、じゃぁ、私のせいじゃん。私が、お兄ちゃんを完璧な女の子にしようと、はりきっちゃったからッ」


「ち、違うよ! 華さんのせいじゃないよ! 飛鳥さんだったら、どんな服も着こなすと思うし。それに、あかりお姉ちゃんが楽しみにしてたから、飛鳥さん、頑張りすぎちゃったんだよ!!」


「あぁぁぁ、エレナちゃん! なんて優しい子なの!?」


 感極まった華が、エレナをギュッと抱きしめる。


 そして、きっと女装した兄が、美しすぎたせいだろうと、フラれた理由を確立させた三人は、更に兄を哀れんだ。


 あの美しい顔が、まさか裏目に出てしまうなんて!


 だが、なぜだ! なぜ、女装しに行ったタイミングで、告白するなんてしたんだ!?


「はぁ、やっぱり落ち込んでるよね、お兄ちゃん……私たち、なんて声かければいいのかな?」


 すると、華が更に沈み込めば、三人は同時に考え込む。


 フラれた兄の対処法なんて、分かるわけがない。だって、兄がフラれるなんて、ありえないと思っていたのだから。


 だが、そんな過信も、あっさり崩れ去った。どんなイケメンも、フラれる時フラれるのだ。


 そして、この後、兄は、ものすごく落ち込んで帰って来るに違いない!


 だって、兄にとっては、の失恋なのだから!


「俺、ちょっと、調べてみる」


「「え?」」


 すると、唐突に蓮がスマホを取りだした。


 こんな時に便利なのが検索サイト『イーグル先生』だ!


 そして、蓮が、検索欄に『失恋 慰め方』と入力すれば、その後、たくさんのサイトがヒットした。


 まさに、失恋した時の対処法がのっている、お役立ちサイトだ。


「えーと…『失恋をすると、メンタルはボロボロになります。好きな人から拒絶されたということは、それだけ辛いことなのです』」


 そして、蓮は、そのサイトをスラスラ読み上げる。


「きっと今、彼(彼女)の心は絶望し、果てしなく自信をなくしていることでしょう。でも、根掘り葉掘り聞き出してはいけません。まずは、気晴らしに美味しいものを食べたりしながら、相手の心に寄り添ってあげましょう」


「お、美味しいもの!?」


 すると、その一文に、華が反応する。


「蓮! 美味しいものだって!!」


「あぁ、兄貴の好きな物は、イチゴだったよな?」


「じゃぁ、イチゴで、なにか作ろう!!」


「いやいや、今、イチゴ冷蔵庫にないし! それに、俺らが頑張って料理したところで、主夫歴12年の兄貴を越えられるわけないだろ!?」


「じゃぁ、どうすんの! 寿司でもとる!?」


「なんか、それ、お祝いっぽくない!?」


「じゃぁ、どうすんのよ! あ! こうなったら、お酒たんまりのませて、忘れさせちゃうとか!?」


「いやいや、それ俺たちにも被害が及ぶだろ!!」


「被害がなんなの!? 失恋したお兄ちゃんの気持ちが楽になるから、悩殺されるくらい」


 ──バタン!


「「ひぃ!!?」」


 瞬間、玄関から扉が閉まる音が響いた。


 きっと、兄が帰ってきたのだろう。3人は、すぐさま立ち上がると、バタバタと玄関にかけだし


「お兄ちゃん!」


 そう言って、華が声をかける。すると、玄関で、靴をぬいでいた兄が、スッと顔を上げた。


「ただいま」


 だが、兄は泣いて帰ってくるどころか、いつも通り笑顔のままで……


「え、お兄ちゃん……?」


「あれ、華。なんで泣いてんの?」


 そして、華が涙目になっているのに気づいたらしい。兄の飛鳥は、華の前まで歩み寄ると、そっと頬に触れ、その瞳を覗きこむ。


「何かあった?」


「な、なにかって、お兄ちゃんが……っ」


 お兄ちゃんが、フラれてしまったから──華がそう目で訴えれば、飛鳥は、華が泣いている理由を察したのか、優しく微笑み、華の涙を拭いさる。


「そっか、俺のために泣いてくれてたんだ。ありがとう。でも、大丈夫だよ」


「え?」


「それより、これ、あかりから。多分、シュークリームかな? エレナの分も入ってるみたいだから、みんなで食べよっか」


 すると、飛鳥は、またニッコリと笑って、あかりからもらった箱を差し出し、その後、リビングのへと歩き出した。


 だが、その姿は、あまりにもいつも通りで、3人は拍子抜けする。


「あ、兄貴、大丈夫なのかな?」


「落ち込んで、帰ってくると思ってたのに」


「………」


 去っていく兄の背を見送りながら、蓮とエレナがそう言えば、遅れて、華がポツリと呟いた。


「……落ち込んでるよ」


「「え?」」


「だって、お兄ちゃん、そうだもん」


 いつも、そうだ。


 どんなに、悲しいことがあっても

 どんなに辛いことがあっても


 兄は、いつも笑って『大丈夫』だと言う。



 妹弟わたしたちに、心配をかけないように──…



「もう、なんで、いつも……っ」


 すると華は、すぐさま兄の後を追いかけ、その後に、蓮とエレナも続いた。


 もう、昔のように

 悲しみに一人で背負わせないように。


 兄が一人で、頑張らないように……


 

 静かな春の夜。

 妹弟たちは、できる限り、兄の傍に寄り添った。


 お兄ちゃんの悲しみが、ほんの少しでも紛れるようにと──…






 https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817139555127367230

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