第444話 悩み事と傘


「あかりちゃん!」


 いきなり大野に声をかけられ、あかりは震え上がった。


「お……大野さん」

 

「今日だったよね、デート!」

 

「そ、そうですね」


 本気で盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないか?


 そう疑いたくなるほど、絶妙なタイミングでやってきた大野さん!


 オマケに、デートのことを聞かれ、あかりはじわりと汗をかいた。


 これで『ドタキャンされたから、今から一人で映画を見に行きます!』なんて言ったら、大変なことになりそう!!


「あれ? 神木くんは? 迎えには来ないの?」


「え!? あ、えと、今日は、駅で待ち合わせをしてるんです!」


「待ち合わせ? しかも、駅?」


「は、はい。隣町の映画館まで行くので」


「隣町!? なんで!? 映画館なら、こっちにもあるよ!」


「そ、そうなんですが……私たち、付き合ってることを、内緒にしてるので」


「……へー」


 なんだ、その意味深な「へー」は。


 できるなら、もう何も聞かないでほしい!

 じゃなきゃ、いつか墓穴を掘りそうだ!


「やっぱり、人気者と付き合うのって大変なんだね」


「え?」


「だって、デートするのに、隣町までいかなきゃいけないんでしょ? 大学では、トップクラスのイケメンだろうし、夏祭りでは、女子に囲まれてたし、隠れて付き合うって、やっぱ大変なんだなって」


「そ……そうですね」


 そんなの、分かってはいたことだった。

 ずっと前から、彼は雲の上にいるような人だと。


(本当……どうして、そんな人が、私なんか好きになってるんだろう?)


 酷く現実ばなれした話だ。

 まるで、アイドルや芸能人と付き合うようなもの。


 でも、その誰もが憧れる位置に、何故か今、私が立ってる。


(私なんかが、神木さんとデートなんてしてたら、きっと、顰蹙ひんしゅくものだよね?)


 ある意味、デートがなくなって、良かったのかもしれない。


 どう見たって、彼に、選ばれるべき相手は──私じゃないから。


「あかりちゃん?」


「え?」


「なにか思い詰めてる? 悩みがあるなら、俺、いつでも」


「いいえ! ありません!! じゃぁ、私は行きますね! デートに遅刻するといけないので」


 すると、あかりは、スタスタと大野から逃げ、アパートから去った。


 パタパタと小走りで、待ち合わせ場所である駅を目指す。


 だが、その足取りは、ゆっくりと速度が落ち、その後、ピタリととまった。


(また、雨が降りそう……っ)


 空を見上げれば、晴れていた空が、すこし霞みがかっているのに気づいた。


 雲がかかり始めた空は、雨を連れてきそうな嫌な空。


(降らなきゃいいな……雨)


 そんなことを思いながら、あかりは、再び歩き出す。


 たった一人で、映画を見るために──




 ◇


 ◇


 ◇




(あ……しまったッ)


 そして、昼食時間に差し掛かった桜聖高校では、兄にずっとメッセージを送りつづけていた華は、教室の中で青ざめていた。


(どうしよう……私、傘、忘れてる!)


 二階の窓から外を見れば、パラパラと雨が降っていた。そして、それを見て、気づいたのだ。


 鞄の中に、折り畳み傘が入れていなかったということに!!


(うそでしょ! 私、昨日、蓮に注意したばかっかりなのに~!)


 なんとも見本にならない姉である。


 しかも、これで、蓮と同じような濡れて帰ったりしたら、兄から、なにをいわれるか!?


(どうか、帰りに雨が降りませんように!)


 すると、華は今後の天気をいのりつつ、兄が作ったお弁当を鞄から取り出した。


 帰りに降らなければ、傘を使わない。

 だから、ギリギリセーフだろう。


 そんなことを考えつつ、華は、お弁当を広げた。


(お兄ちゃん、デート行ったかな?)


 そして、お弁当を見て思い出したのは、やはり兄のことだった。


 あの後、デートはいっただろうか?

 

 午前中の授業を終え、今は、お昼時間。


 デートにいったとしたら、今頃、兄も、あかりさんとお昼をたべている頃だろう。


(うーん……気にはなるけど、これ以上、水を差すわけにはいかないし)


 どうなったのか、すごく気になる。


 だが、デート中に、LIMEを送りまくって、兄の邪魔をするわけにはいかない。


 そして、心配事は更に続いた。


(蓮の熱も下がったかな? ご飯も、ちゃんと食べれてればいいけど)


 双子の弟のことも、やはり心配で仕方なくて、こんな調子だからか、華は、朝から、ずっとため息ばかりついていた。


 なにより、双子の片割れが、一緒にいないのは、どうにも落ち着かない。


 そして、コロコロと百面相を繰り返す華の表情は、まるで、今日の空模様のように不安定だった。


「華。アンタ、まだ、飛鳥さんのこと悩んでるの?」


 すると、そこに、友人の葉月が声をかけてきた。


 いつものように、一緒にお弁当を食べていた葉月は、兄の恋のことを知っていて、尚且つ、一緒に兄の女装服を選びに行ってくれた、唯一の理解者。


 華にとっては、まさに女神のような親友だ。


「だって、うちのお兄ちゃんが、今まで彼女作らなかったの、私たちのせいだよ」


 そして、葉月の言葉に、華は、より深いため息をついた。


 と言っても、隆臣さんの話だと、彼女はいたらしい。


 でも、それも、自分たちを優先してたから、うまくいかなかったってことだろう。


「このままじゃ、お兄ちゃん、一生、結婚できないよ」


「結婚ねぇ……でも、飛鳥さんと結婚したい女子なら、山のようにいるでしょ」


「そうだけど! でも、誰でもいいって訳じゃないでしょ! お兄ちゃんが、幸せになれる人じゃなきゃ許さない!」


「華って、ほんと、ブラコンだよね?」


「ブラコンじゃないし!」


「いやいや、ブラコンだって。それよりさ、華の方は、どうなの?」


「え? 私?」


「うん。さかきと、あれから、どうなったの?」

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