番外編 ⑥
お兄ちゃんとクリスマス
「ねぇ、飛鳥は、どのケーキが食べたい?」
それは、寒い寒い12月上旬──
当時、小学二年生の飛鳥は、学校から帰ると母親の"神木 ゆり"に声をかけられた。
「ケーキ?」
「そう、クリスマスケーキ! 今年は手作りにしようと思って」
コタツに入り、お菓子作りの本をめくるゆりの手元を見つめ、飛鳥はキョトンと首を傾げた。
見ればその本には、様々な種類のケーキの作り方が載っていた。
オーソドックスな生クリームケーキにシフォンケーキ、チーズケーキやブッシュ・ド・ノエルなど、クリスマスに作れば子供たちが喜びそうなケーキばかりだ。
「お母さん、ケーキも作れるの?」
「もちろん! ゆりさんこう見えても、レシピさえあれば何でも作れちゃう!」
自慢げに胸を張るゆり。確かにゆりは手先が器用だからか、頼めば一通りのことは何でもこなしてくれていた。
「凄いね、お母さんの手って、魔法の手みたい!」
「え?……あはは。そっか魔法の手か…そういえば私も昔、お父さんの手を”魔法の手みたい”って思ったことあったなぁ」
「お父さん?」
「あ、義理のじゃないよ。私の本当のお父さん! 私の両親ね。クリスマスとか誕生日とか、そう言った記念日を、凄く大切にする人達だったの。今、自分たちが一緒にいられるのは、決して当たり前のことじゃないからって、記念日には、いつもお父さんがケーキを作ってくれてた」
幼い頃を思い出し、懐かしそうに微笑む。
「しかも、そのケーキがね~フランスだかイギリスだかで学んで来たみたいで、プロ顔負けのすっごい凝ったケーキ難なく作り上げちゃって! クリームで薔薇作ったり、サンタクロースの砂糖菓子作ったりした時は、マジで魔法見たいだと思った!」
(……砂糖菓子って家で作れるんだ)
作り方の想像がイマイチつかない。
だが、両親のことを話すゆりは、なんだかとても、幸せそうだった。
それに、引き取り先の義理の親のことは『とにかく最低!』とは聞いていたが、本当の両親のことは、初めて聞いた気がした。
「お父さんとお母さんのこと、大好きだったんだね?」
「え?」
何気なしにそう問いかける。すると、ゆりは
「うん。大好きだったよ。本当に自慢の両親で……だから私も、あの二人みたいに、クリスマスとか誕生日は、一番大切な人たちと過ごすって決めてるの」
そう言って飛鳥を見つめる、ゆりの雰囲気はとても柔らかいもので、それに、一番大切と言ったゆりの「一番」が、自分たち「家族」のことを言っているのだとわかると、なんだかとても温かい気持ちになった。
「それより、ケーキ! 飛鳥は、どれがいい?今年は飛鳥の好きなケーキ、作ってあげるよ」
「ホント?」
すると、再びケーキの話題に戻り、飛鳥は再度ゆりが手にした本をみつめた。
たくさんあるケーキの中から、飛鳥は一つ選ぶと「じゃぁ…」と言ってそのケーキを指さす。
「あ!にーに~」
「!?」
だが、その瞬間、隣の部屋からバタバタと双子が飛び出してきた。華と蓮は、学校から帰ってきた飛鳥の背にのしかかると
「にーにぃ、あちょぼうー(遊ぼう)」
「あ、ケーキ!」
すると、ゆりと飛鳥が目にしていた本を見つめ双子が大きく声を上げた。
「きのケーキ!」
「え? 木? あー、ブッシュ・ド・ノエルのこと?」
双子が同時に指さしたケーキを見つめ、ゆりが答える。
ブッシュ・ド・ノエルとは、ロールケーキを
「しゅごーい!はな、これがいいー!」
「れんもー」
「え!? いやいや、ちょっと待って華蓮、今年は……っ」
だが、いきなり飛鳥とは違うケーキを主張しはじめた双子に、ゆりは苦笑いを浮かべた。
今しがた飛鳥が選んだばかりなのに、これでは…
「いいよ」
「え?」
「俺も、こっちがいい」
だが、ゆりが困っているのを察したのか、飛鳥は何事もなかったように、双子が選んだケーキを指さしてきた。
ゆりはそんな飛鳥を見て、一息悩むと──
「よし! じゃぁ、神様に聞いてみよう♪」
「え?」
「「かみちゃま~?」」
3人が何事かと目を丸くすると、その後ゆりは数十種のっているケーキの一覧を一つ一つ指さしながら、楽しそうに歌い始めた。
「ど・れ・に、し・よ・う・か・な~♪天の神様の~」
陽気な歌声を聴きながら、子供たちは母が動かす指先を一心に見つめる。
すると、その歌はしだいにゆっくりになり、最後のフレーズを歌い終えると
「はい!神様にえらばれたのは、イチゴのケーキでした~」
「「えー!!」」
どうやら選ばれたのは、イチゴのケーキらしい。
すると双子は、自分たちが選んだケーキとは違うケーキが選ばれ、残念とばかりに声を上げる。
「えーこっちは~?」
「華と蓮が食べたいケーキは来年作ってあげるからね」
「ホント~!」
「うん。ホント!」
そう言って、優しく華と蓮を抱き上げるゆり。
飛鳥はそれをみて、少し困ったような表情を浮かべた。
(本当にいいのかな?)
「神様」に選ばれたケーキは、先程、自分が選んだケーキだった。
だけどそれは、華と蓮が食べたいと言っているケーキではなくて
「飛鳥…」
「!」
すると、ポンとゆりに頭を撫でられた。
「飛鳥はホント優しいよね。でも、"お兄ちゃん"だからって、我慢しなくていいんだからね」
「……っ」
そう言って、ふわりと微笑む母の姿に
胸の奥が熱くなる──
それは、まるで、心に羽が生えたみたいに、優しくて、温かくて
それは、遠い日の──母との記憶
今はもう懐かしい、幼い日の
───思い出の記憶。
番外編
お兄ちゃんとクリスマス
◇◇◇
「おい、飛鳥」
高校三年生の冬──あれから数年の月日が過ぎ去った、12月上旬。
「飛鳥~。おい、起きろ」
「んー……」
学校の昼休み時間、昼食を終えうたた寝をしていた飛鳥は、突然隆臣に叩き起こされた。
朧気な意識で顔を上げると、口元を隠しながら一つ欠伸をする。
「ふぁ~……なに?」
「もうすぐ昼休み終わるぞ」
「え? もうそんな時間?」
「えらく眠そうだな」
「んー昨日の夜、蓮華と遅くまでゲームしてて」
「中学生の妹弟に、夜更かしさせるなよ」
寝不足の原因を聞き、隆臣があきれ果てる。
飛鳥の妹弟である、華と蓮はまだ中学一年生。そんな妹弟を巻き込んで夜更かしとは、兄としての自覚がたりないのではないだろうか?
「しかたないだろ。父さんが海外に行ってから、止めてくれる人いないんだから」
「いや、そこを止めるのが、お前の役目だろ」
「えーだって『お兄ちゃん、私たちに負けるのが怖いんでしょ』とか言われたら、再起不能になるまで、叩きのめすしかないじゃん!」
「大人気ねーよ」
五つ下の妹弟に対し、本気で挑む兄。
そんな飛鳥に再びため息をついた隆臣を流し見ながら、飛鳥はまた一つ欠伸をすると、先程見た夢のことを思い出す。
(……なんか、すごく懐かしい夢だったな)
幼い頃の夢。
まだ、母が────生きていた頃の夢。
「あ。そういえば、お前んち、今年はクリスマスケーキどうするんだ?」
「え?」
問われた質問に、視線をあげる。
隆臣の母、美里が経営する喫茶店では毎年クリスマスケーキを販売していた。だからか、神木家は毎年そこでケーキを注文しているのだが…
「あー……今年は、作ろうかな?」
「え?作る?お前が?」
「うん、ごめんね。売上に貢献できなくて!」
「それは別にいいが、作れるのかお前」
「大丈夫だよ。前に美里さん直々にケーキ作りの基礎は教わったし、レシピさえあれば、大抵何でも作れるよ♪」
「まー、お前なんだかんだ器用だからな」
小学生の時、飛鳥が美里にケーキの作り方を教わりに来たことを思い出して、隆臣が感心する。
「神木くーん、橘くん!」
「「?」」
するとそこに、数人の女子生徒が声をかけてきた。
隣のクラスの女子達だろう。少し恥ずかしそうに顔を赤らめる女の子たちは、飛鳥と隆臣が座る席の前までくると
「ねぇ、二人とも24日の夜、予定ある? 高校生最後のクリスマスだしさ、みんなでイルミネーション見に行かない?」
「「…………」」
そのお誘いに、またか──と言わんばかりに、二人は苦笑を浮かべた。
クリスマス目前になると、呼び出しやら告白やらお誘いやらが、格段に増える。
しかも今年は、高校生最後のクリスマス。
大学受験や就職試験を控えた大事な時期とはいえ、それと同時に思い出作りにも一生懸命な時期でもあった。
「ごめんね。俺クリスマスは家族と過ごすことにしてるから」
「え~神木くんダメなの!? じゃぁ、橘くんは?」
「ごめん。俺も家の手伝いがある」
だが、そんな思い出作りには見向きもせず、2人揃って断りの言葉を述べると、その後女の子達は残念そうにして戻って行った。
「隆ちゃん、家の手伝いってホントなの?」
「嘘だとでもいーてのか? 言っとくけど、マジでクリスマスは忙しいんだよ、
「うるさいな。別にリア充なんて目指してないよ」
ニッコリ笑顔で反論される。
「てか、今年もたくさん呼び出されてただろ?あの告白、全部断ったのかよ」
「そりゃあ……まー、いつものことだし」
「お前、クリスマス前に恋人が欲しいって嘆いてるヤツらが、どれだけいるとおもってんだ。ほかの男子達が聞いたら、
「そんなの俺の勝手でしょ?それに──」
頬杖をつくと、飛鳥は窓の外を眺めボソリと呟く──
「俺、クリスマスとか誕生日は、一番大切な人たちと過ごすって決めてるから」
◆
◇
◆
それから二週間程がたち、世間はクリスマスを迎えた。
12月24日のクリスマス・イブ。
街中がクリスマスモードに包まれる中、飛鳥は一人キッチンにたち、黙々と作業を進めていた。
「えーと、次は……」
昨日買い出してきたケーキの材料を取り出し、ネットで調べたレシピを元にオーブンで生地を焼き、チョコレートクリームを泡立てる。
すると、少しずつ形になり始めるクリスマスケーキを見つめながら、飛鳥は先日みた、あの夢の続きを思い出していた。
あの日──
『お兄ちゃんだからって、我慢しなくていいんだからね』
そう言っていた母は、その年のクリスマス、俺の選んだケーキを作ってくれた。
イチゴをたくさん使ったクリスマスケーキは
甘く優しい味がして、母の愛が、たくさんつまっているのが伝わってきて
そんな母のケーキを囲みながら、みんなでクリスマスを過ごした。
家族共に笑いあったクリスマスは、とてもとても楽しくて。
だけど、それが、家族で5人で過ごした、最後のクリスマスになった。
『華と蓮の食べたいケーキは、来年作ってあげるからね』
そう言って、華と蓮を抱き上げた母に、優しく俺の頭を撫でてくれた母に
『来年』は来なくて──……
「……出来た」
幼い頃の記憶をたどりながら、母の本に載っていた通りにデコレーションし、ケーキを作り上げた。
ひとしきり奮闘したあと、誰もいないキッチンで、自分が作ったケーキを見つめる。
「まぁ、こんなもんかな」
一つ息を吐くと、自身の手先の器用さに改めて感心した。
母に比べたら、まだまだといった所だろうが、それなりに見栄えの良いクリスマスケーキに仕上がりホッとする。
「ただいま~」
するとそのタイミングで、華と蓮、そして海外に単身赴任中の父が同時に帰ってきた。
「ちょうど家の前で、お父さんに会ったよ!」
「兄貴、これ、頼まれたやつ」
「ありがとう。父さんもおかえり」
「ただいま、飛鳥~。あれ?お前、なに作ってんの?」
帰ってきて早々、三人が飛鳥を見つめると、その手元をみて侑斗が声を上げた。
「え? うそ! どうしたのこれ! もしかして作ったの!?」
「マジで!? 今年も注文してるのかと思ってたのに!」
「てか、これ、あれだよね!クリスマスにしか売ってない切り株のケーキ!!」
「切り株じゃなくて、
「えーすごーい!でも、お兄ちゃんどうしたの! 頼まれてもいないのに、自分からケーキ作るなんて!」
目の前に出来上がっているブッシュ・ド・ノエルの見て華が興奮気味に声を上げると、飛鳥は改めて自分の行動を振り返る。
考えても見れば、ケーキを作ったのは自分が小6の時の双子の誕生日以来。
そう考えると、何だか急に恥ずかしくなってきた。
「すごーい!可愛い~! なんか手作りって特別感あるよね~!」
「そうだなー。しかし、クリスマスに手作りのケーキって、なんだか久しぶりだな」
「あれ?クリスマスに手作りのケーキなんて、食べ事あったっけ?」
「………」
いつも市販のものを注文しているのに?と首を傾げる双子に、飛鳥は目を細める。
(まぁ、覚えてるわけないよな……)
あの時、まだ2歳だった華と蓮が、母の作ってくれたクリスマスケーキのことなんて、覚えているはずがなく。
「あ、そうだ、お父さん!ご飯とケーキ食べたらさ。みんなでイルミネーション見に行こう!」
すると、パッと顔を明るくし、華が侑斗に詰め寄りはじめた。
「イルミネーション?この寒い中か?」
「だって、せっかくお父さん帰ってきたんだし。それに、保護者がいないと夜出歩けないもん!」
「あ。俺も見たい」
「ね! お父さん、お願~い!」
「うーん。そうだなー。まぁ…たまには、そういうのもいいかもな」
華が手を合わせてお願いをすると、侑斗がそれを了承する。
◆◇◆
それから夜になり夕飯をすませ、飛鳥が作ったケーキをみんなで食べると、その後4人はコートにマフラー、それに手袋をして夜の街にくり出した。
商店街を進み、一際賑わう大通りを通り過ぎ、その先の公園まで歩くと、この街で一番大きく広いその公園は、クリスマス・イブともあり、カップルや若者達で賑わっていた。
公園の中は、イルミネーションの光で満ち溢れ、中央の噴水は七色の光でライトアップされていた。赤や紫、白に青と色鮮やかなその光は、水が流れる度にキラキラと姿を変え、その幻想的な景色には、自然と息を飲む。
「今日はどうしたんだ? ケーキ作るなんて」
すると、イルミネーションを見つめる飛鳥に、侑斗が背後から声をかけてきた。
「別に。俺が食べたくなっただけ」
「そっか。じゃぁ、今度俺も練習してみようかなー。たしかお前、イチゴのケーキが好きだったよな」
「…………」
そう言って、笑う父の瞳はどこか悲しげで……
なんとなくだけど、母のことを思い出しているのだと思った。
「あ゛~寒い~」
「……!」
すると、急に腕を掴まれたかと思えば、父と兄の間に割り込み、華がギュッと二人の腕に抱きついてきた。
身を縮めた華が、甘えるように父と兄に擦り寄ると、飛鳥のもう片方の腕に蓮も抱きつく。
「あ゛ーマジ寒すぎる」
「お兄ちゃん、温めて~凍える!」
「お前達が来たいっていったんだろ?」
まるで子供みたいに身を震わせながら抱きついてくる双子に、飛鳥は呆れ返る。
もう中学一年生だというのに、この甘え癖は、未だに治る兆しがない。
だが……
「兄貴。今日はありがとね。ケーキ作ってくれて」
「え?」
「お兄ちゃんのケーキ、すっごく美味しかった!」
飛鳥の腕に抱きついたまま、双子が兄を見上げそう言うと、その言葉に、また母のことを思い出した。
『華と蓮の食べたいケーキは、来年作ってあげるからね』
そう言っていた母のあの言葉を、俺が今になって叶えたところで、何の意味もないかもしれないけど
それでも──
「そう……なら、良かった」
喜んでくれたなら、良かった。
そう、両腕に触れる温もりを感じながら微笑むと、その後、ゆっくりと視線をあげた。
すると──
「あ……雪」
「あはは。どおりで、寒いわけだな~」
夜の空からは、ちらちらと雪が降り始めていた。吐く息は自然と白くなり、その気温の低さを実感する。
それでも、四人で寄り添えば、不思議と温かくて──
「ねぇ、お兄ちゃん。また来年もケーキ作ってよ!」
すると、華が飛鳥の真横で無邪気に笑った。
さも当たり前のように「来年」と言い放つ華に、飛鳥は苦笑しつつも、いつも通りの返事を返す。
「嫌だよ、めんどくさい。来年はまた隆ちゃんのところに頼む」
「え~なにそれー
「猿か、俺は!」
「華、バカだなー。手作りのケーキはたまに食べるからいいんだよ」
「そうそう。それにここぞと言う時に頼めば、飛鳥ならめんどくさいとか言いながら、絶対作ってくれるよ!」
「あー確かに!でもイルミネーション本当、キレイ~。また来年も来れたらいいね。みんなで!」
冷たい雪がイルミネーションを彩る様は、先程よりも幻想的で、とても美しかった。
その光景に感嘆しつつ、飛鳥は再度空を見上げると、小さな雪が頬をかすめる中、そっと目を閉じた。
(また、来年も……)
そんな些細な約束が、なんの意味もなさないことを、俺は嫌という程知っていて
だけど、それでも
また来年も、誰一人欠けることなく、家族一緒に過ごせたらって…
そう、願わずにはいられなくて───
「うん。また、来年も……」
それは、叶うかもわからない、叶えられるかもわからない──曖昧な未来。
だけど、それでも……
「また、これたらいいね。家族、みんなで──」
小さな願いをこめて、聖夜に囁く。
どうか、この「幸せ」が
大切な人たちと過ごせるこの「時間」が
この先も
ずっとずっと、続きますようにと──…
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