第510話 飛鳥と理久


「お兄さん、姉ちゃんのこと好きなんでしょ?」

 

 それは、単刀直入に。

 まるで、戦いの狼煙のろしでもあげるかのように言い放たれた。


 鋭い言葉と、忌むような視線。

 

 そしてそれは、決して前向きな質問ではないと肌で感じつつも、飛鳥はにこやかに答える。


「そうだよ。ていうか、俺、そんなにわかりやすい?」


「うん、わかりやすい。ダダ漏れだもん、好きって」


「あはは……まあ、そうかもね。別に隠してたわけじゃないし」


 ニコニコと軽やかな飛鳥の声が、祭りの夜に響く。


 子供にまでわかってしまうのは、少々恥ずかしくもあるが、どちらかといえば、伝わって欲しくて、ことある事に態度で示していた。

 

 あかりは『好き』という言葉だけは、絶対に言わせてくれなかったから――…


 だが、そのあからさまな行動は、弟の機嫌を損ねることに繋がってしまったらしい。


 理久は、まっすぐ飛鳥を見つめると


「諦めた方がいいよ。姉ちゃん、絶対にアンタのこと、好きにならないから」


「………」


 これまた手厳しい言葉が、正面から降り注いだ。

 

 まるで、姉の代わりに伝えてやるとでも言うように。


 しかも、姉弟だからか、その顔と声が、あかりによく似ていて、まるで引導でも渡されてる気分になった。


 でも──…


「それは、どうかな? もしかしたら、もう俺のこと好きかもしれないよ?」


 あくまでも『もしかしたら』と濁しながら、飛鳥が返せば、今度は、理久が黙り込む。


 さっき、隆臣と話していた時、理久も何となく肌で感じていた。


 『もしかしたら、姉ちゃんも、この人のことが好きかもしれない』と。


 だけど、きっと姉の意思は変わらない。

 

「それでも、姉ちゃんは、絶対にお兄さんと付き合ったりしないよ」

 

「それは、どうして?」


 飛鳥の碧い瞳が、探るように細まった。


 あかりが、頑なに拒絶することに、なにか理由があるのだとしたら、家族に聞くのが一番早いと思った。


 あかりが、この町に来る前のこと。

 自分と出会う前の話。


 すると理久は、ハッキリとした口調で


「だって、うちの姉ちゃん、めちゃくちゃだもん」

 

「え?」


 だが、その言葉は、飛鳥が望んでいたものとは、ちょっと違っていた!


 ていうか、頑固!?

 だが、その言葉には、ちょっとだけ納得する。


「あー、確かに、あかりは頑固だよね?」


「うん。こうと決めたら、絶対曲げないよ。家族が言ってもダメなんだから、他人のお兄さんには、絶対ムリ」


 ムリ──それはまたハッキリとした物言いで、飛鳥は苦笑いを浮かべた。


 確かに、あかりは、そういう子だ。


 エレナから、助けを求められたときだって、絶対に関わるなという俺の助言を無視して、危険を顧みず駆けつけた。

 

 きっと、あかりの中には、絶対に曲げられない『何か』があって、これだけ態度で示していても、全く折れる様子はなく距離は離れていくばかり。


 なら、あかりの心を変えるは、そうとう難しいことなのかもしれない。

 

 ずっと一緒に暮らしてきた家族が、ここまで言うくらいだから。


 でも、理久の目を見れば、そんな姉を心配しているのが、よく伝わってきて、その気持ちは、自分にもよくわかった。


「ちょっと、待っててね?」


「?」


 すると飛鳥は、少しだけ理久の傍を離れると、近くにあった屋台の店員に声をかけた。


「すみません、いらない紙はありませんか? あと、ペンも貸していただけたら」


 にっこり笑って、お願いする。


 すると、借りたペンで何かをサラサラと紙に書き記したかと思えば、飛鳥は、その後、店員にお礼をいい、すぐに戻ってきた。


「はい、これ渡しとく」


「ん? なにこれ」


「俺の電話番号」


「え?」


 そして、その予想外の行動に、理久は困惑する。


「な、なんで、いきなり電話番号!?」


「だって、お姉ちゃんのことが、心配なんでしょ?」


「え?」


「気になることとか、心配なことがあれば、俺にかけてくればいいよ。様子を見に行ってあげるから」

 

「なっ! バッカじゃねーの! ストーカーなんかにかけるかよ!?」


「うわっ、俺、ストーカーじゃないし!」


「でも、めちゃくちゃしつこいじゃん! だいたい、なんで、そこまで姉ちゃんにこだわるんだよ!? お兄さん、めちゃくちゃモテそうだし、別に姉ちゃんじゃなくても」


「んー、確かにモテはするけどね」


「だったら」


「でも、誰でもいいってわけじゃないよ。俺は、と思うから、今、必死になってる」


「……ッ」


 あかりしか――そういって目を細めた姿が、あまりにも綺麗で、理久は赤くなった。


 なにより、いとおしそうな表情で話すのだ。


 しかも、このお兄さん、好きって気持ちを微塵も隠さない!!!


「あはは、赤くなってる。小学生には、刺激が強かった?」


「うるせー! とっとと諦めろよ! 姉ちゃん困ってるのに!」


「諦めないよ。俺は、あかりを一人にしたくないから」


「え? ひとり?」


「うん。一人で生きていくなんて、そんな悲しいことを言っているあかりを、このままにはできないから、絶対に、諦めるわけにはいかない」


 なんとなく、感じるものがあった。


 あかりは、いつか俺だけじゃなく、華やエレナとの縁も切って、俺たちの元から離れていくんじゃないかって。


 でも、そんなことは、絶対にさせない。


 たとえ、この赤い糸を切られたとしても

 あかりが俺を、選んでくれなくても

 

 これまで育んできた、みんなとの絆だけは

 絶対に切らせない。


 俺のせいで

 あかりが一人ぼっちになるのは、絶対に嫌だから──


「あかりが、頑固なのはよくわかってるよ。でも、頑固さなら、俺だって負けてないよ。守りたいものは、何が何でも守らないと気がすまないたちだからね? というわけで、これもその一環だと思って受け取ってよ?」


 そういって、電話番号が描かれた紙を、手の中に握りこまれた。


 そっと、包み込んでくるお兄さんの手は、女の人みたいに綺麗なのに、やっぱり男の人の手で、その優しくて頼りがいのある手に、理久は不思議と安心する。


 でも、それと同時によぎったのは、蒼一郎のことだった。


 亡くなった彩音お姉ちゃんのことを、今も、ずっと想ってる。


 一途に、決して、揺らぐことなく。


 俺には、とでも言うように――


 そして、姉ちゃんが、この人を拒絶する理由は


 この人を



 蒼一郎さんのようにさせないためだ。





「理久くん!」


「……!」


 瞬間、飛鳥に声をかけられ、理久は再び顔を上げる。


「お化け屋敷の順番がくるかもしれないし、早いところ、トイレ済ませて、もどろっか?」


 そういって、にっこりと笑った飛鳥に言われるまま、理久は、おとなしくトイレに向かって歩き出したのだった。



 

 *


 *


 *


 

 そして、その後――


 二人が男子トイレに入ると、ちょっとだけ辺りがザワついた。


 なぜなら、中にいた男性たちが、飛鳥の姿を見て、ギョッとした顔をするからだ。


(え! 待って、女の子!?)


(な、なんで、女の子が!?)


(入るトイレ、間違えてるんじゃ!?) 

 

「あ、ごめんなさい! 俺、心も体もなんで、心配しないでください!」

 

 あきらかに、女の子と勘違いしてそうな慌てぶりを見て、飛鳥が申し訳なさそうに答える。


 すると、その横にいた理久が

 

「お兄さんて、毎回、男って宣言しないと、トイレにも入れないの?」


「いや、毎回って訳じゃないけど、状況に応じてかな? 3人に1人くらいの割合で、女の子と勘違いする人がいるみたいで……っ」


(……美人すぎるのも、大変なんだな)


 ここまで、綺麗な人、見たことがない。


 そして、この綺麗なお兄さんが、姉を好きになった理由はなんなのか?

 

 理久は、とてもとても気になったのだとか?

 

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