第520話 蓮と努力


「もう一度聞く、榊はもう諦めたの? 華のこと、もう好きじゃない?」


「……っ」


 真剣な問いかけに、胸の奥が熱くなる。


 背中を押されてるのがわかった。

 まだ、諦めなくていいと。

 

 すると、航太は小さくだが、はっきりとした声で、本音を紡ぐ。

 

「好きだよ……中二から、ずっと好きなんだぞ。簡単に、諦められるわけが」


「そうだよな。俺にも内緒で、ずっと片想いしてたわけだし。でも、ちょっと羨ましいかも。そこまで、好きな相手がいるって」


 蓮が、しみじみと答えた。すると、航太は


「蓮にはいないのか? お前のそういう話、全く聞いたことないけど」


「うん、いないなぁー。小学生の時に、いいなって思ってた子はいたけど、兄貴宛てのラブレターを渡してくれって頼まれて、失恋したし」


「そ、それはまた、辛い経験を……っ」


「うん。でも、今思えば、そうだよなって思う。みんな、兄貴を好きになるよ」


「そ、そんなことは、蓮だって」


「いや、そうなんだよ。俺と違って、兄貴は、凄い努力家だから」


「え?」


 幼い日の、兄の姿を思い出す。


 できないことやわからないことは、そのままにせず、勉強して実践して、できるようになるまで努力をしていた。


 料理だって、裁縫だって、日々の努力が、今の兄貴につながっていて、華が手作りのケーキが食べたいといった時は、美里さんに、わざわざ頼んで教えてもらっていた。


 魚の捌き方や、お寿司の握るコツだって、魚屋の源さんに、直接、教えてもらったと言っていた。


 兄貴は、いつも飄々としていて、何でも軽々やってのけるイメージがあるけど、本当は、見えないところで、ひたむきに練習している努力家だった。


 そして、頑張っている人は、とても魅力的だ。


 そして、そんな人だからこそ、人は応援したくなって、同時に優しくもしてくれる。


 だから兄は、あれほどまでに、人を魅了しているのかもしれない。


「兄貴は、本当に凄いんだよ。俺には、なかなか真似できない」


 努力できる人は、すごい。

 それは、一つの才能だとおもう。


 そして、これまでの自分を振り返る。


 俺は、努力なんて、したことあったっけ?


 いつも兄貴に甘えて、楽ばかりしていた。

 

 兄貴は、俺たちのために、たくさん努力して、できることを増やしてくれたのに、俺は、できないと簡単に諦めて、兄貴に甘えてばかり。

 

 でも──


「俺も、もっと努力するべきだった。出来ないとか、無理だと決めつけて、逃げてばかりいるんじゃなくて、もっと、やってみればよかった。だから、榊は凄いなって思ったんだよ」


「え?」


「前に言ってたじゃん。俺が『華の理想のタイプは、兄貴かも』言ったら『じゃぁ、料理から始めてみようかな』って……凄いなって思ったんだ。榊は、兄貴みたいになろうって、努力できる人なんだって。華のために、そこまでしてくれるんだって」


 だからこそ、榊になら、華を託してもいいと思った。


 好きな人に、自分のありのままを受け入れて欲しいという人は、たくさんいるけど


 好きな人のために、自分を変えようとする人は、そうはいないから。


 だから──


「応援するよ、榊の恋」


「え? 応援?」


「うん。もし次、華が怖がって泣き出しそうになっても、俺は何もしない。だから、榊が傍にいてやって」


「え? だけど、神木は、蓮の方が安心するだろ」


「そうかもしれない。でも、いつまでも傍にいられるわけじゃないし……華には、もっと、広い世界を見て欲しい」


 ずっと、繋がっていた手を離すのは、心を、半分、もっていかれるような感覚だった。


 あまりにも長くいすぎて、身体の一部にでもなっていたかのようで。


 でも、それは、依存していたからなのかもしれない。


 置いていかれるのは嫌で

 だからと言って、置いていくのも嫌で


 双子だってことに甘えて、一緒にいるのが当たり前みたいな雰囲気を出して、離れられないように繋ぎ止めた。


 でも、このままだと、お互いに成長はできない。


 だから、そろそろ離れた方がいいのかもしれない。


(大人になるって……残酷だ)


 成長するためには、大事な人の手を離さなきゃならない。


 でも、足枷にはなりたくなかった。

 

 華が、羽ばたくはずの未来を、妨害したくもなかった。


 だから、突き放すのは、きっと『愛情』で、愛しているからこそ、信じて、手を離さなきゃならない。


「華のこと、よろしくな」


「え?」


 瞬間、ぽつりと呟いた蓮の言葉に、航太は瞠目する。


 まさか、そこまで、応援してくれるとは思わなかった。


 蓮は、華に男がよりつくのを、ずっと嫌がっていたから──


「驚いた。お前が、そんなこと言うなんて」


「まぁ、最終的に、華の気持ち次第だし、上手くいくとはかぎないけど」


「まぁ、ぶっちゃけ、望みは薄いと思う」


「そう?」


「そうだよ。でも──頑張る」


 だが、弱音を吐きつつも、航太は、一つ決心を決めたようだった。


「蓮の言う通りだな。未来のことは、その時、考えればいいし、今は、自分の気持ちに従ってみる」


 好きというこの想いを、もう少しだけ、大事にしてみよう。


 いつの日か、未来の自分が、後悔することがないように──


「だから、あとになって、やっぱり応援しなきゃよかったなんていうなよ」


「言わないよ。てか、榊は、もう行く大学、決めてるんだ。俺も、そろそろ考えないといけないのかな」


「蓮は、なりたいものとかないのか?」


「んー。今は特に。でも、高校を卒業したら、一人暮らしをしてみるってのは、アリかもしれない」


「え!? 一人暮らし!?」


「うん。つーか、いっそ海外留学とか、してみようかな?」


「か、海外って。お前、英語しゃべれたっけ?」


「しゃべれない。でも、父さんは英語ペラペラだし、今から努力すれば、しゃべれるようになるかもしれない」


 できるなら、自分だってなってみたい。

 兄のように、努力できる人間に。


 失敗しても

 何度でも挑戦できる、逞しい大人に──


「それに、なにかあった時は、うちの家族なら、飛行機、飛ばして会いに来てくれそうだし」


「え、飛行機!?」


「うん、実際に父さんは、兄貴が寝込んだ時、飛行機を飛ばして帰ってきたし」


「マジか!」


「うん、マジ。まぁ、うちの家族、めちゃくちゃ過保護だから、困った時には、絶対助けてくれるよ」


 なんて、心強いことだろう。

 

 でも、だからこそ、安心して羽ばたけるのかもしれない。

 

「だから、色々、挑戦してみようと思う。そして、いつか、兄貴を超えるくらい、カッコイイ大人になりたい」


 ずっと、兄貴に守られてばかりの子供だった。


 頼ってほしくても、兄貴は頼ってくれなくて、不満ばかりが募った。


 でも、努力一つできない俺に、兄が頼りたい思うはずなんてなかったんだ。

 

 でも、これからは、ちゃんと努力するよ。


 できないなんて、決めつけない。


 失敗しても、何度でも積み重ねて、絶対ものにする。


 そして、いつか、兄貴と対等な弟になりたい。兄貴が、頼りたくなるくらい、立派な大人に成長して──


 だから華も

 俺のことは、もう気にしなくていい。


 華は、華の進みたい道に進んで。


 それに、例え、この先、別々の道を行ったとしても、俺たちは、ずっと双子だ。


 この絆だけは、ずっと不変のままだ。

 

 道は違っても、傍にいなくても、心はずっと繋がってる。


 あの家で過ごしてきた優しい時間が、俺たち家族の絆を、強靭なものにしてくれた。


 だから、どんなに離れていたとしても、決して、離れることなく繋がってる。


 だから、大丈夫。


 俺たちは、大人になっても──大丈夫だ。








 *あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16818093087634211737

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