第290話 始と終のリベレーション⑮ ~不安~
お義母さんの言葉をきっかけに、不安を抱えることになってから暫くたった頃、我が家では、飛鳥が1歳の誕生日を迎えた。
寒い冬の1月12日。
外には、ちらちらと雪が降っていたけど、家の中はとても暖かくて、幸せだったのを覚えてる。
「「飛鳥、誕生日おめでとう~!」」
「とー!」
家族三人で祝った、初めての息子の誕生日。
ほんの少しだけしゃべれるようになった飛鳥は、益々可愛さが増して、目に入れても痛くないほどだった。
誕生日は侑斗も休みで、夫婦の二人で食べる用のケーキと、飛鳥用の小さなケーキを囲んで、ささやかな誕生日パーティをした。
フランスからは、私の両親が誕生日プレゼントを送ってくれた。
それと一緒に、母が日本に来た時に撮ってくれた、飛鳥や私たち家族の写真も、一緒にはいっていた。
「サキさんの写真、相変わらず綺麗だなー飛鳥、お前モデルさんみたいだぞ」
「るー?」
「飛鳥は可愛いものね。近所でも有名なのよ」
「いや、有名なのは母子ともにだろ。こんな美人な親子がいたら誰だって振り返るわ」
侑斗が、私と飛鳥を見つめながら、苦笑いをうかべた。
私も、父と散歩に出かけた時は、よく注目をあつめていたけど、それは見事、娘と孫にも受け継がれたようだった。
「こんな美人な妻と息子がいるんだもんなー。俺の魅力が薄れそう」
「なによ、それ、侑斗だってモテるじゃない」
「そうか? あ、そうだ。これ、うちの親父が飛鳥にって。この前、会社に持ってきたんだった」
「お義父さんが……」
おもいだし間際に、侑斗が鞄から取り出したそれは、飛鳥への誕生日プレゼントみたいだった。
(孫じゃないって言ってたし、プレゼントなんてないと思ってたけど……)
小さな箱の中には、男の子の好きそうな車のおもちゃが入っていた。侑斗が、それを飛鳥に手渡せば、飛鳥は初めて見るおもちゃに興味津々だった。
「ブーブ」
「そうだぞー!」
「お義父さんが選んだのかしら? 直接、渡しにきてくれても良かったのに」
「いいよ、俺の親は来なくても。それより、早くケーキ食べよう。飛鳥がぐちゃぐちゃにしそうだ」
「ぁだー!」
見れば、車のおもちゃを持った飛鳥は、その車ごとケーキに突進しようとしていて、欲望に忠実な1歳児に思わず笑ってしまった。
侑斗は、あのあとも、自分の父親とのことは話してはくれなかったけど、それでも私たちは、夫婦として、家族として、しっかり絆は深めていた。
「ねぇ、侑斗。飛鳥も1歳になったし、そろそろ、2人目を考えてもいいかもね」
「2人目か……そうだな。飛鳥をお兄ちゃんにしてやるのもいいかもな」
侑斗が、飛鳥の頭を撫でながら賛同する。
それは、穏やかで、とても幸せな時間だった。
だから、きっとこのまま家族が増えて、誰もが羨むような、幸せな家族になっていくのだと思っていた。
だけど、不穏な影が見え隠れし始めたのは、それから、約一ヶ月後の事だった。
◆◆◆
「こんなに、もらってきたの?」
それは、2月14日。
侑斗が、会社の女の子たちから、バレンタインチョコをもらってきた時のこと。
「まぁ、全部義理だけどな」
「当たり前よ、既婚者なんだから」
紙袋に市販のチョコが10個近く。だけど、その中に一つだけ、手作りのチョコが入っていた。
(手作り? これ本当に義理なの?)
言葉にはしなかったけど、義理チョコにしては、大きくて気合いの入ったチョコが入っていて、少し複雑な気持ちになった。
漠然と、お義母さんの言葉がよぎる。
『する気になれば、いつでもできちゃうわよ?』
その言葉に、不安な気持ちが、少しずつ増していく。
侑斗に浮気なんてされたら、嫌だ。
きっと、立ち直れなくなる。
「ねぇ……今の部署、女の子たくさんいるの?」
「……あぁ、それなりにいるけど。それが、どうした?」
「うんん……なんでもない」
「あ! こら飛鳥!! これは酒入ってるから、お前にはまだ早い!」
会社の子からもらった洋酒入りのチョコを、飛鳥に奪われそうになった侑斗が、慌ててそれを取り上げる。
「ちゅこー」
「チョコな、チョコ。飛鳥も、そのうち貰えるようになるさ。さーて、飛鳥くんは、いつ父さんの記録を越えられるかな~?」
美人な息子とチョコの数で張り合おうとする侑斗の姿は、少し微笑ましかったけど、正直、夫がモテるのは考えものだとおもった。
「飛鳥~、侑斗みたいに、女の子にデレデレする男になっちゃダメよ!」
「?」
「おい、俺がいつ、デレデレしたんだよ」
「してるじゃない! 会社の女の子たちからチョコもらって!」
「なに怒ってるんだよ。チョコ貰ったら、男はみんな嬉しいもんだろ」
侑斗が呆れ気味に反論して、私は少しむくれた顔をした。
このくらいの小さなヤキモチで終わっていたなら、良かったのかもしれない。
だけど、不安に駆られた私は、これから少しずつ、侑斗を束縛するようになってしまった。
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