第27話 狭山さんとエレナちゃん


「狭山さーん。社長が呼んでるよ~」


「ぶ!?」


 それは、三月を目前に控えた二月の末のこと。


 スカウトの仕事を中断し、事務所で昼食をとっていた狭山さやまは、食べていたカップ麺をひっくり返しそうになった。


「い、今なんて!?」


「あー大丈夫? 火傷してない?」


「だ、大丈夫。てか、今なんて!? 社長室!!? なんで!? おれ、なんかやったっけ!?」


「さぁ、むしろから呼び出されてるんじゃないの?」


「え?」


「休憩、終わったらでいいから、社長室宜しくねー」


「ちょ、うそだろ、おい!!」


 なんと社長に呼び出された!


 狭山は、こうしちゃいられないと、カップ麺を勢いよくすすり「ごちそうさまー」と手を合わせると、足早に社長室まで向かった。


 エレベーターで、数階上がった先にある重厚な扉。その前に立つと


 ──コンコン


「狭山か、入れ」


「し、失礼します!」


 精神的にも重い扉をノックすると、中から社長の声が聞こえてきた。


 恐る恐る中に入ると、部屋の奥から髪をオールバックにした50代くらいの男性が手招きをする。


 彼は、狭山が勤めるモデル事務所の社長で、一代にしてこの事務所をここまで築き上げた、やり手のビジネスマンである。


「なんでしょうか、社長」


「ちょっと、お前に相談があるんだが」


 社長が座るデスクの前まで足を運ぶと、社長は、そのするどい眼光を狭山へ向けた。


「お前もスカウトばかりじゃ、あれだろ? そろそろ、"担当"持ってみるか?」


「え?」


 だが、なにかお叱りかと思いきや、その言葉は、あまりに突拍子もない話だった。


「た、担当を……ですか? でも俺、最近まったくスカウト成功してなくて……誰の担当するんですか?」


「この前うちに入ってきた女の子だ。名前は──”紺野こんのエレナ”ちゃん」


 するて社長は、手にした書類を一枚、狭山に差し出してきた。


 だが、狭山は、その書類に添付された、名前と写真をみて、目を見開く。


 そこには、クリスマス前に、事務所の奥の来客コーナーにいた、あのが写っていた。


「え!? この子まだ担当決まってなかったんですか!? だって面談受けに来たの12月じゃ」


「いや、担当は坂井が受け持ってるんだが、もうみたいでな。"一人じゃ手に負えない"っていうから、お前にサポート役として、二人で担当してもらうことにしようかと」


「限界!? 限界って何ですか!? それ、明らかに厄介なやつじゃないすか?! めんどくさいの押し付けられてるヤツじゃないっすか?!」


「なんだ嫌なのか? じゃぁ、美女でもイケメンでも立派にスカウトしてこい!」


「社長、もしかして俺のこと嫌い? 辞めさせたいなら、ちゃんと言ってくださいよ、お願いだから!」


「ははは、冗談だよ冗談! お前、スカウトはだけどな~、そのだけはかってるんだ! だから、わざわざこの子の担当に、お前を指名したんだからな」


「……は、はぁ」


 ほめられているのか、けなされているのか、よくわからなかった。


 だが、社長は再び狭山を見つめると、手を組み、改めて提案してきた。


「お前はまだ新人だからな。いきなり全部は任せられん。だから、人材育成デベロップメントと、売り込みプロモーションは坂井にさせるから、モデルのマネジメントとメンタルケアは、坂井に教わりながらお前が担当しろ」


「マ、マジすか……」


 少し顔を曇らせつつ、狭山は社長から視線を逸らすと、手渡した書類をみつめる。


 紺野こんの エレナ──


 髪の色が、と同じ”ストロベリーブロンド”だからか、見た目こそ派手な印象だが、瞳の色は彼とは違い、大人しそうな”茶色い瞳”をしていた。


 年齢は9歳。スタイルもよく、まさにスラリと手足が長いモデル体型で、あと数年もすればファッション誌の表紙を飾ることも出来るかもしれない。


 そんな”素質”は確かに秘めている。


 だが──


「……この子、撮影中はどんな感じなんですか?」


「なにか気になるのか?」


「………あ、いや」


 気になるのか?──そう、いわれると上手く説明できない。


 その「なんとなく」を説明できるほど、狭山は話術に長けてはいなかった。


「いえ……わかりました。最近スカウト上手くいかなくて、やる気なくしてたんで、いい機会です!」


「おまえ、社長の前で、"やる気ない"とか、よく言えたな。そんなに苦手か、スカウトは?」


「少し前に、、スカウトしたらエライ目にあったんですよ」


「美女みたいな……イケメン?」


 例の”金髪碧眼の美青年”の事を思い出して狭山が眉を顰めると、社長は、ふむと考えた後


「もしかして、か?」


「え!? 社長、知ってんの!?」


「あっはっは、やっぱり神木くんか。そりゃ、神木くんはここらじゃよ。なんせ俺も8年くらい前にスカウトして、見事フラれたからな!」


「え!? マジすか、社長が!!?」


「あの子は、どんなに口説くどいても、モデルにはなってくれないんだよね~」


「そうなんですか?」


「そうそう。いまだにしつこく声をかけるやつもいるみたいだけど、軽くあしらわれておしまい。本当に嫌なんだろうね、モデルになるのが」


「……」


 社長が、残念そうに呟く。


 この社長は、優秀な人材を発掘する”スカウト”に関しては、特に長けた人だった。


 渋る本人だって、反対するその親だって、巧みな話術と誠実さで、見事に信頼を勝ち取ってきた人だ。


 そんな人からの誘いも断るとは、よほど、あの少年の意志は固いのだろう。


「ま。あの子なら仕方ない。そう落ち込むな。それにお前もっと目を見開け。そんな"死んだ魚みたいな目"してるから、やる気無さそうに見えるんだぞ!」


(死んだ魚!? なんかひどいこといわれてない!?)


「まぁ、とりあえず、これからエレナちゃんのこと、宜しくな」


 すると社長は目を細め、優しく微笑んだ。その眼差しは社員の成長を心から願う、そんな笑みだった。


「はい。わかりました!」


 そんな社長の姿に、狭山はスッと背を伸ばすと「頑張ります」と声を上げたのたが


「よし! よく言った狭山! あと、エレナちゃん、母親が忙しいみたいだからも頼む!」


「…………」


 あれ?

 結局、まかせられてね?


 坂井の言う”限界”とは、もしかしたら「送迎」込みの担当の事だったのかもしれない。


 そんなことが、漠然とよぎった狭山だった。



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