お兄ちゃんと家族旅行 ②


 神木家が通された部屋は、二階の角部屋だった。

 窓の外には、大自然が広がる優雅な光景。


 そして、長旅の疲れを癒しつつ、部屋で待ったりしていると


「すみませーん」


 と、部屋の外から、声が聞こえてきた。


「ん? 何だろ?」

「旅館の人かな?」


 飛鳥と華が首を傾げれば、一番、入り口に近かった蓮が立ち上がり、その声にこたえる。


「はい、なんですか?」


 部屋の扉をあけて尋ねれば、そのには、女性が3人いた。服装を見るに、旅館の従業員ではなく、明らかな一般人。


 そして、彼女たちは、大事そうに色紙を抱えて、申し訳なさそうに話しかけてきた。


「あの、突然すみません。この部屋に、芸能人がいるって聞いたんですが、よかったら、サインを頂けませんか?」


(……芸能人?)


 いきなりのことに、蓮は困惑する。

 だが、どう考えても、この部屋に芸能人はいない。


「あの、部屋を間違ってませんか? この部屋に芸能人はいません」


「え!?」


「ちょっと、間違ってるじゃん!」


「た、だって、2階の角だってきいたんだもん! ご、ごめんなさい! 本当に、すみませんでした!!」


「あ、いえ……っ」


 すると、若い女性たちは、ぺこぺこと謝り、アタフタと去って行って、蓮は扉を閉め、華達の元へ戻る。


「なんだった?」


 すると、華が問いかけてきて


「なんか今、この旅館に、芸能人が宿泊してるらいよ」


「うそ! 誰がきてるの?」


「誰かはわかんないけど、でも、みんなしてサインもらいにいたから、かなり有名な人なんじゃない?」


「わ~、すごーい!」


「へー、なんかすごいタイミングで来ちゃったね」


 すると、はしゃぐ華に続き、飛鳥がしみじみと答える。


 まさか、芸能人が泊りに来ている最中に、やってきてしまうとは。こんなこと、なかなかないだろう。


「ねー、せっかくだし、今から旅館の周り探索しようよ。運が良ければ、芸能人にも会えるかもしれないし。お父さんは、どうする?」


「うーん。俺は、ずっと運転してきて疲れたから、部屋でゆっくりしてるよ。明日は、近くにあるテーマパークにもいくんだろ」


「うん!」


「じゃぁ、3人で行っておいで」


「はーい!」


 そして、飛鳥、華、蓮の3人は、部屋を出て、広い旅館の中を探索することになった。



 ◇


 ◇


 ◇



「飛鳥兄ぃ、蓮、みてみて~!」


 その後、館内をまわると、地元の工芸品が展示されているコーナーにさしかかった。


 きっと、町おこしの一環なのだろう。美しい絵画に、着物やグラスなど、モダンな建物にピッタリな品物が、ショーケースの中に飾られていた。


 そして、宿泊客がちらほらと、それを眺めては、購入していく姿が目に付く。


「ねぇ、このグラス、どうやって作ってるのかなー。綺麗~」


 青や赤のグラスに、繊細な模様が刻まれている硝子ガラス製のコップ。それを見て、華が感嘆かんたんすれば

 

「多分、薩摩切子さつまきりこじゃないかな。職人さんが、手作業で作ってるんだよ」


「えー、こんな繊細な模様を、手作業で?」


 すると、華の言葉に、蓮も物珍しそうにショーケースの中を覗き込み、中学生の二人には、いい勉強にもなりそうだと、飛鳥は、優しくほほえむ。


 そして、じっくりと観覧する双子を横目に確認しながら、飛鳥も展示室の中を、ゆっくりと見回す。


(隆ちゃんのお土産、何がいいかなー?)


 一応、友人にも何か買って帰ろうと、飛鳥は、頭を悩ませていた。


 和風なものでもよさそうだが、明日は、テーマパークにも行くらしいし、そっちにも色々ありそうだと、飛鳥は、隆臣の好みを考えながら熟考する。


 すると、そこに──


「ねぇ、君。もしかして、薩摩切子がほしいの!」


 と、いきなり、男性客に声をかけられた。

 今、18歳の飛鳥よりも歳上。多分、20代だろう。


 そして、その男性たちは


「君、めちゃくちゃ日本語、上手いね!」


「どこの国の子なの! やっぱり、外人さんは、日本の伝統工芸に惹かれたりするのかな!?」


「いや、あの……っ」


 どうやら、金髪碧眼という見た目から、外国人だと思われているらしい。


 だが、飛鳥は、産まれも育ちも日本。だからこそ、日本のものは慣れ親しんだものだし、日本語だってペラペラに決まってる。


 だが、その二人は、そうとは一切考えもせず、その後も、グイグイと飛鳥に迫ってきた。


「薩摩切子、買ってプレゼントするよ!」


「いえ、結構です」


 なんとまぁ、恐ろしいこと!


 ちなみに、薩摩切子は、それなりのお値段がします。

 それを、見ず知らずの男に買ってあげるだと!?


(あー、もしかして、また女子だと思われてる?)


 いつもの事だが、毎度毎度、気分が悪い。


 なんで、男の格好をしているのに、女の子だと勘違いされるのか!?


「あの、すみません。俺、です」


「はい?」


 にっこりと、天使のような笑顔を浮かべで、バッサリと切り捨てる。


 誤解は、早く解いた方がいいだろうし。

 すると、男性たちは


「え? 男? またまたー。髪長いし、どう見ても女の子でしょ?」


「あはは。髪長いけど、男なんです。それに、日本生まれの日本人なので、海外からの観光客でもありません」


「「…………」」


 あっさりあしらう飛鳥を、男性たちが、無言のまま見つめる。


 あー、よく見る顔だ。

 まるで、鳩が豆鉄砲、食らった時みたいな!


「飛鳥兄ぃ! 次は、展望室に行こう~」


 すると、華が飛鳥に抱きついてきた。


 そして『兄』といった、その言葉に、男性たちも飛鳥が男だと分かったらしい。


 去っていく兄妹弟きょうだいを、呆然とみつめながら


「俺、あんな綺麗な男の子、初めて見た」


「俺も……」


 ナンパは失敗したが、一万年に一人かと思われるくらいの絶世の美男子を目にし、彼らが、貴重な体験をしたのは、言うまでもなかった。


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