第244話 加害者の子と被害者の子
夕方になり、隆臣と大河と別れた飛鳥はその後、買い物をすませたあと、自宅へと戻って来ていた。
時刻は6時半──
窓の外を見れば、雨が静かな音をたてながら降っていた。
コチコチと時計の音だけが響くキッチンで、飛鳥は夕飯の準備をしていた手を止めると、二人のことを思い浮かべる。
(華と蓮、何時に帰って来るかな?)
朝、手元が狂って割ってしまった二人のコーヒーカップ。
換えのカップがないわけではないが、どうせ帰る時間が同じになるならと、飛鳥は「帰りに買ってくれば?」と二人にLIMEをしたのだが
(やっぱり……あんなメッセージ送らなきゃ良かった)
雨のせいで、いつもより薄暗い夕方の空。こんな日に、わざわざ寄り道を促すなんて、どうかしていた。
「あまり、遅くならなきゃいいけど……」
時計とにらめっこしながら、ボソリと呟く。
帰ってきたら、ちゃんと謝ろう。
カップを割ってしまったこと、そして、ずっと二人に、隠し事をしていたこと。
「ちゃんと、話さなきゃ……」
二人が知りたがっていることを
ちゃんと話して、謝って
それで──
「……でも、いつ話そう」
止まっていた手を再び動かすと、飛鳥は深い深いため息をつく。
二人の機嫌をとろうと、今日はハンバーグを作ることに決めた。挽き肉を捏ねて、その後形を作ると、両手で叩きつけながら空気を抜く。
黙々と料理をしながら考えるのは、華と蓮に"あの人"のことを、いつ話すかだった。
(……さすがに、今日はないよな)
ご機嫌取りにハンバーグを作っているとはいえ、悪いことを話すなら相手の機嫌が良いときに限る!
愛用のカップを割ったその日の夜に話すなんて、ある意味 自殺行為だ!
どう考えても、タイミングが悪い!!
(やっぱり、休みの日……とか?)
バタバタした平日はやめた方がいい。話すなら二人が休みで、機嫌がよく、まったりしている時がいいだろう。
ていうか、話し方は?
深刻に?
それとも明るく? 冗談混じりに?
いやいや、笑いながら話せることじゃないし。
でも、空気が重くなるのも──
「はぁ……どうしよう」
グルグルと考えるも、なにが最善なのかよくわからなかった。
嫌なことを話すだけでも、ただでさえハードルが高いのに、そのタイミングを見計らうのが、こんなにも難しいなんて……
「……だいたい、俺」
ちゃんと、話せるのだろうか?
エレナとあかりには話せた。
でも相手が華と蓮だと──全く違う。
「やっぱり、知られたくないな……"あの人"が……っ」
華と蓮の母親を、刺したなんて──
"俺の母親"が
人を、殺そうとしたなんて──…
第244話 加害者の子と被害者の子
◇◇◇
ザ─────…
雨足が少しだけ強まると、華と蓮は目の前の光景にただ立ちすくんだ。
絵本の中から出てきたかのような、眩いばかりに美しい女の人。
黒い傘を手に紺色のスーツをきたその女性は、自分たちの兄「神木 飛鳥」にとてもよく似ていた。
兄と同じ髪の色
兄と同じ瞳の色
兄と同じ顔立ち
いうなれば、その独特の雰囲気すらも──
「また会えたわね、神木蓮くん」
「……っ」
教えてもいない名前を問いかけられ、蓮は瞠目する。
数ヶ月前の雨の日、蓮はこの"お姉さん"に傘を渡したことがあった。だがその時、名前を名乗った記憶はない。
「あの……なんで、俺の名前」
「あぁ、借りた傘に書いてあったから」
そう言われ少し納得するも、雨の中、一定の距離を保っていた華と蓮のもとに、その女性──紺野ミサは、コツコツとヒールの音を響かせながら近づいてきた。
「蓮君には、また会いたいと思っていたの。この前はありがとう。とても助かったわ。でも、やっぱり傘を借りたままというのは申し訳なくて、それに、ちゃんとお礼もしたいから……良かったら、家の住所を教えてくれないかしら?」
口元が美しく弧を描くと、ミサは続けてそう言った。
「じゅ……住所ですか?」
だが、その害のなさそうな綺麗な笑顔とは裏腹に、予想だにしなかったことを問われ、双子は困惑する。
住所なんて、見ず知らずの人に簡単に教えるものではない。それは兄にも父にも、幼い頃から厳しく躾られてきたことだった。
「あの、そこまでお気遣い頂かなくても結構です。あの傘本当に古いので、捨ててください」
蓮がさりげなく拒否の言葉を発すると、その後ミサは
「そぅ……」
といって小さく笑ったあと、あっさり引き下がった。
その後一瞬の沈黙が流れるも、それ以上は何も問いただされなかったことに、華と蓮は安堵する。
だが、どこかツンと刺すような独特の空気を感じとってか、華が無意識に蓮の腕に擦り寄ると
「その子は?」
「え?」
その瞬間、ミサの視線が蓮から華へと移った。
女同士、目があい、視線が衝突する。
すると──
「蓮くんの──彼女さん?」
「……っ」
彼女──そう問いかけられ、華は口篭った。
双子だからか、どことなく雰囲気の似ている華と蓮は、見る人が見れば双子だと分かる。
だが、二卵性で"母親似の華"と"父親似の蓮"とでは、はっきり双子だと判別しにくい部分もあり、成長するにつれて身長に差がでてからは、一緒に歩いていれば恋人同士に間違われることも、たまにあった。
(っ……なんだろう)
なんだか、すごく──視線が痛い。
まるで全身をチクチクと針で刺されているような、そんな、居心地の悪い視線。
(もしかして、私……睨まれてる?)
──なんで?
意味がわからず、華は縋り付くように蓮の服をきゅっと握りしめた。
微笑するその女性の姿は、とても綺麗で優しげなものなのに、自分にむけられた、その視線は、明らかに、蓮にむけるものとは、違う。
「いえ、こいつは姉です。俺たち双子で」
すると、キュッと服を掴んだ華に気づき、蓮は庇うように華を背後に隠すと、誤解を招かいないよう、はっきりと「姉」だと説明する。
「そう……双子、なのね」
すると、ミサはまた綺麗に微笑んだ。
さっきとは一変して、柔らかくなったその雰囲気に、華は、ほんの少しだけ安堵する。
だが……
「じゃぁ、あなた達は、二人姉弟なの?」
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