第190話 夏祭りと参拝
三人が神社につくと、そこは既に祭りを楽しむ人々で賑わっていた。
あの後、しっかり浴衣を着付けられた飛鳥と蓮。
一松模様の入った藍色の浴衣を着た蓮と、細やかな縞模様の入った濃紺の浴衣を着た飛鳥。
どちらも控え目なデザインだが、その誇張しないデザインが二人には、よく似合っていた。
「なんだか、久しぶりだね~この感じ!」
浴衣姿の華が、下駄を鳴らしながら振り向きざまにそう言った。確かに、最後に三人で浴衣を着て夏祭りに来たのはいつのことだったか?
あれは、まだ、飛鳥が中学生の時だ。小学生の華と蓮を連れ、父と四人で、ここまで歩いてきたことがあった。
わざわざ浴衣を着ることがないせいか、えらく懐かしい感じがした。
まるで、子供の頃に戻ったみたいに……
「兄貴は、人混み嫌いだから、夏祭り自体あまり来ないしね」
「仕方ないだろ。俺、目立つし」
「まーまー、榊神社くらいの規模なら、そんなにごったがえさないし、ゆっくり見て回ろう〜」
華が嬉しそうに、飛鳥と蓮の腕を掴んだ。
桜聖市主催の大きな花火大会もあるが、この榊神社は、地元で開催される小さな夏祭りのため、ほどよく人が行き交うこともでき、あまり混雑しない。
飛鳥のように目立つタイプには、このくらいのお祭りの方がちょうど良かった。
***
その後、神社の石段を登ると、その先には既にいくつもの屋台が立ち並んでいた。
たこ焼きや、フランクフルト、かき氷やわたあめなどの定番の店に、射的や金魚すくいなどのゲームやくじびきなどを楽しめる店。
3人は美味しそうな香りに誘われながらも、まずは参拝してからと参道を進むと、その先にある境内に辿りついた。
そこには、太鼓を叩きながら盆踊りを楽しむ人々の姿があった。
境内を彩るのは、町の人々が書いた灯篭だ。
そしてそれは、まるで光の道筋を描くように、柔らかい灯りを照らしながら飾られていた。
きっと、航太の家族や親戚をはじめとした商店街の人達が、みんなで協力しあい、この神社の設営をしたのだろう。
町が一つになって開催される、夏祭り。
久しぶりに来てみたが、やはり祭り独特の華やかな雰囲気は、自然と気分を好調させる。
その後、三人は賽銭箱の前に立ち、パンパンと柏手を打ち、神様に願い事を唱える。
「ねぇ、飛鳥兄ぃは、何をお願いしたの?」
無事、参拝を終えて華が問いかけると、飛鳥はしばらく考えたあと
「内緒」
「えー、気になる!」
あっさり黙秘を決め込んだ兄に、華が不満そうな声を上げた。だが、流石に夕飯を食べていないからか、少しお腹もすいてきた。
飛鳥が、出店まで進みながら「夕飯どうする?」と双子に提案すると、双子は元気よく
「やっぱり、たこ焼きは外せないよね~!」
「俺は、箸巻きがいい」
「じゃぁ、適当に歩きながら、美味しそうなのあったら、食べ歩きしよっか?」
日頃、食べ歩きなどしない三人だが、このような時は話が別。ベンチや境内の脇に飲食スペースはあるのだが、なかなか空いてないのだ。
「神木くーん!!」
「?」
だが、その瞬間、いきなり声をかけられた。
高らかに響いた声に、三人が目を向けると、一軒のたこ焼き屋で、とある人物と目があった。
屋台の中で、恰幅のいいオジサンの横で、大手を振っている青年。Tシャツに、エプロン姿でたこ焼きを焼いていたのは、なんと飛鳥のファンである、武市大河。
「まさか、こんなところで、神木くんに会えるなんて~!!」
「武市くん、たこ焼き屋のバイトもしてたの?」
「はい! 夏は稼ぎ時ですから! 今日は、知り合いの手伝いで! あ、たこ焼きどうですか?」
「うん。ちょうど食べたいねって話してたんだ。二つちょうだい♪」
飛鳥が、にっこり笑ってそういうと、大河は手際よくたこ焼きを渡す準備を始めた。だが、その大河の姿を見て、華はふとと思いだした。
(あれ、この人)
そう、この人は、先日遊園地に行った時、華と葉月をナンパ男たちから救ってくれた、あの時のお兄さん!
「あ!! あの時の遊園地の! 先日は、ありがとうございました!」
「え?」
すると、華が思い出し間際に頭を下げると、飛鳥と大河は、とたんに驚いた顔をした。
だが、華をみて大河も気づいたらしい
「あー、この前の! あれから、遊園地楽しめた?」
「はい、とっても!」
「あれ? 華、武市くんのこと知ってるの?」
しかし、急に朗らかに話し始めた華と大河をみて、今度は飛鳥が、不思議そうに問いかける。すると華は
「あのね、実は、この前遊園地でナンパされて、その時、このお兄さんに助けてもらったの!」
「は?」
だが、その話を聞いて、飛鳥はにこやかに、だがどこか黒い笑顔を浮かべた。
遊園地で……ナンパ?
そんな話、全く聞いてない。
「お前、またナンパされたの?」
(ああぁ!? しまった!!)
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