第428話 嫌いと好き
「だって、ちょっと攻めてだけで、あんな可愛い反応してさ。わかりやすいったらなかった」
「っ……」
その言葉に、一気に羞恥心が跳ね上がった。
恥ずかしさで体が震え、心臓は早鐘のように動く。
(や、やっぱり気づかれてたの? だから、あんなに……っ)
だが、例え気づかれていたとしても、肯定なんて出来るはずはなく……
「そ、そんなの、神木さんの勘違いです。私は、あなたの事を好きではありません。だから、あなたが、どんなに私の心を揺さぶっても、私の気持ちは変わらないし、あなたの気持ちには応えられません! だから、もうこれ以上、私に関わらないでください!」
叫びそうな心を必死に押し込んで、あかりは、言葉をぶつける。
言いたくない言葉。
傷つけるだけの言葉。
だけど、言わなきゃいけない。
だって、無理なんです。
どんなに好きでも、ダメなことってあるんです。
もし私が、あなたの思いに応えたら、この障碍を、一緒に背負わせてしまう。
それに、誰が認めてくれるっていうんですか?
あなたみたいに誰からも愛されている人が、私みたいな子を選んだら、絶対に、納得しない人が出てくる。
そしたら、私だけじゃなく、貴方まで、心無い言葉をあびせられる。
あの日、あや姉たちが
蒼一郎さんの母親にいわれたように
今度は、その悲しい言葉を
私たちが浴びることになる。
私は、嫌なんです。
あなたが、蒼一郎さんみたいに苦しむのは。
だから、わかってください。
私は、もう二度と
あんな悲劇、繰り返したくない──
「わかってくれないなら、何度でも言います! 私は、あなたが嫌いです!」
──俺のこと、好き?
そう問われた時に言えなかった拒絶の言葉を、今度ははっきり紡いだ。
何度も傷つけたくはないのに、彼が諦めてくれないなら、何度でも言うしかなくて──
「嫌い…です……きらい……大嫌い……っ」
月夜には、あかりの声が切なく響く。
だが、その声は、行き交う車の音に、すぐさまかき消された。
ざわつく騒音が、二人の会話を阻み、まるで見えない壁でもあるみたいに聴界が狭まる。
だが、その声は、飛鳥の耳にはしっかりと届いていた。すると、飛鳥は──
「あまり、俺のこと、拒絶しない方がいいと思うよ」
「え?」
微かに聞きとれた声に、あかりは瞠目する。
「何を…言ってるんですか?」
「だって、俺を拒絶する度に傷付いてるのは、あかりの方だろ」
「……っ」
「言っただろ。あかりの気持ちに気づいてるって……あかりは、誰かのために一生懸命になれる人だよ。俺がミサさんを見て倒れた時も、エレナが、オーディションを受けたくないと逃げ出した時も、あかりは、必死に俺たちに寄り添ってくれた。でも、そんな優しいあかりが、わざわざ俺が傷つくようなことを言ってる」
「…………」
「俺のために、あえて、突き放すようなことを言ってるとしか思えない。だから──」
その瞬間、あかりの身体は、再び飛鳥の腕の中に抱き寄せられた。
後頭部に添えられた手は、優しくあかりを抱き包み、聞き取りにくかった世界が、一気に破られる。
それは、抱きしめると言うよりは、聞き逃さないように、飛鳥は、できるだけ唇を寄せ、あかりの耳元で囁きかけた。
「だから、どんなに拒絶しても無駄だよ。あかりが『嫌い』だって言えば言うほど、俺はもっと、あかりのことを好きになるから」
「……っ」
その言葉は、きっと『好き』の裏返し。
あかりが、俺のために紡いだ、愛情の言葉。
なら……
「諦めないから。どんなに拒絶されても、あかりが、俺に心を開いてくれるまで、いつまでも待ってる。だから、これ以上、自分を傷つけないで……俺は、あかりが隣にいてくれるなら、それだけでいい」
「っ……」
隣に──そう言われた瞬間、あかりの瞳から、涙が零れ落ちた。
「やめ……て……っ」
もう、やめて。
これ以上、優しくしないで。
だけど、そう思いつつも、あかりの手は、自然と飛鳥にすがりつく。
抱き合えば、感情が、次々と溢れてくる。
閉じ込めたはずの想いも
諦めたはずの未来も
たった一言発するだけで、叶うんじゃないかって思えてくる。
だけど、あなたは、ひとつだけ勘違いをしています。
私が、人に優しいのは
ただの、罪滅ぼしです。
あの日、救えなかった命を
気づけなかった後悔を
もう二度と、繰り返したくないだけなんです。
だから私は
あなたが思うような、優しい人間じゃない。
あなたに、相応しい人間じゃない。
それなのに……っ
「う……ぅ、神木さ……私……っ」
──私も、あなたの傍にいたい。
できるなら、ずっとずっと、あなたの隣に。
だけど、その言葉を、決して口には出さず、あかりは、ただただ涙を流した。
ダメだとわかってるのに
願ってしまうのは、なぜ?
もう、決めたことなのに
突き放せないのは、どうして?
もし、両耳とも聞こえていたら
私は、あなたの気持ちを
素直に受け入れることが出来たでしょうか?
もし私が、普通の女の子だったら
あなたと普通の恋が出来たのでしょうか?
でも、そんなこと、考えても無駄ですね。
だって、現実は変わらない。
どうしたって、それは叶わない。
だから、早く諦めて──
私は、普通の女の子にはなれません。
だから、どんなに待っても
この気持ちは変えられない。
だって、この障碍は
この病いは
一生、治ることはないから──…
「ぅ、うぅ……っ」
変えられない現実は、容赦なく心を冷やし、あかりは、飛鳥の腕の中で、ひたすら涙を流した。
すすり泣く声は、しばらく止まることがなく。
そして、そんなあかりの身体を、飛鳥は、何も言わず抱きしめていた。
*あとがき*
https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16817330647511880455
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