第288話 始と終のリベレーション⑬ ~母親~
「ミサちゃん、元気~」
「……お義母さん」
そこに現れたのは、侑斗の母親の神木
お義母さんは、この時のまだ44歳。
侑斗を18の時に産んだらしく、おばあちゃんと言われるには、まだ少しだけ違和感のある若々しい人だった。
「お義母さん、今日はなんで……」
「なんでって、飛鳥の顔を見に来たに決まってるじゃない!」
「ふぇぇぇん」
「あらあら、泣いちゃって! 飛鳥~おばぁちゃんよー。ミサちゃん、相変わらずあやすの下手ね~」
「…………」
あなたが来たから、飛鳥が起きてしまったのだと、正直、愚痴りたかったけど、立場的にも弱い私は飲み込むことしか出来ず、そうこうしている間に、私から飛鳥を奪い取ったお義母さんは、ずかずかと家の中に入ってきた。
(……どのくらい、居座るのかしら)
お義母さんは、いつも決まって、侑斗が仕事に行ってる時にやって来た。
侑斗は、お義母さんを嫌っていたから、侑斗がいる時にきたら、きっと家にあげて貰えないから、それを見越してのことなのかもしれない。
だけど、やっぱり孫の飛鳥のことは可愛いらしく、時折こうして侑斗の居ない隙をついては、よく飛鳥に会いに来ていた。
「本当、飛鳥は可愛いわねー」
「ひぅ、……っ」
リビングで、お義母さんが鼻歌を歌いながら飛鳥をあやす。飛鳥は暫く泣いていたけど、直に泣き疲れたのか、うとうととし始めた。
「そう言えば、いつもお義母さんだけ来ますけど、お義父さんは、どうされてるんですか?」
キッチンで、お茶を入れながら問いかけた。
侑斗のお父さん、神木
侑斗が中学に上がるくらいまでは、良い父親だったらしいけど、ある時を境にお酒に溺れるようになって、それからは、侑斗ともあまり話をしなくなったらしく、飛鳥に会いに来ることも、ほとんどなかった。
「あー、あの人、飛鳥が孫って実感ないんじゃない?」
「実感がないって……確かにあまり会えてないですけど」
「あー、実感無いってのは、会ってないからじゃなくて、飛鳥とは血が繋がってないからよ」
「──え?」
瞬間、言われた言葉の意味が分からなかった。
血が、繋がってない?
そんなわけない。だって、飛鳥は間違いなく侑斗の子供だから
「侑斗はね、義昭の子じゃないの」
「……え?」
思わず耳を疑った。
侑斗が、お義父さんの子供じゃない?
「それって……っ」
「侑斗はね。別の男の子供なの。だから、飛鳥とは血が繋がってないし、義昭にとっては孫じゃないのよ」
「……」
「侑斗の父親はね。すごくいい男だったのよ。ハンサムで優しくて仕事もできて、まさに今の侑斗みたいな、いい男! だけど、妻子持ちでね。離婚ってわけにはいかなかったから、その時、一番稼ぎがよさそうだった義昭の子ってことにして、結婚したの。血液型が一緒だったから、大丈夫だとおもってたんだけど、全然似てないんだもの、バレちゃったのよ。まぁ、それからは、侑斗に急によそよそしくなって、飲んだくれてばっかりになっちゃったけど」
「……」
唐突な話に、頭が追いつかなかった。
確かに侑斗は、お父さんとは似てなかったし、実家が嫌いで、元々よりつこうとはしてなかったけど
「でも、侑斗、そんなこと一言も……っ」
「あら、ウソ!? まさかミサちゃん、知らなかったの!?」
「!?」
「あらあら、あなたそれでも侑斗の奥さん? そんな大事なこと、話してもらえてないなんて」
「……っ」
その言葉は、酷く胸に突き刺さった。
隠し事のない夫婦でいようと誓って結婚したはずなのに、侑斗に隠し事をされていたこと。
なにより、それをお義母さんの口から知らされたのがショックだった。
「でも、義昭には感謝してるわ。血の繋がらない子を、わざわざ自分の子として育てくれて、ちゃんと大学にも行かせてくれたんだから。……でも、これからって時に、あっさりミサちゃんと結婚しちゃって。せっかく侑斗に楽させて貰おうと思ってたのに」
「……え?」
「でも、ミサちゃんと結婚したおかげで飛鳥が生まれてくれたしね。この子なら、将来、絶対いい男になるわ!」
お義母さんが、飛鳥に頬ずりをする姿が見えて、思わず鳥肌がたった。
いい男になる?
確かに、飛鳥は綺麗な子に成長すると思う。私にそっくりだったし、きっと私の父のように中性的な容姿をした、美しい青年に成長するだろうと思った。
だけど、まだ1歳にもならない赤ちゃん相手に、この人は、なにを言っているんだろう。
いい男になったら、なんなの?
正直、自分の孫を性的な目でみる義母が、気持ち悪くて仕方なかった。
いや、もうお義母さんの存在そのものが──
「……めて」
「え?」
「──やめて! 飛鳥に触らないで!!」
思わず、義母の手から奪い取って、飛鳥をきつく抱きしめた。
嫌だと思った。これ以上、この人に飛鳥を抱かせていたくない。
「っ……あなた、それでも母親なの?」
それと同時に、侑斗のことを思うと、涙が出そうだった。
あの家を早く出たいと言っていた侑斗の言葉が、身に染みてわかった気がした。
「いいじゃない。人生、楽しんだもの勝ちよ」
だけど、お義母さんは全く反省する色をみせず、またケタケタと笑って
「それよりミサちゃん。侑斗の相手、ちゃんとしてあげてる?」
そう、問いかけてきた。
「……相手?」
「だから、エッチさせてあげてるの?」
「……っ」
「ちゃんと、させてあげなきゃ、浮気されちゃうわよ?」
「やめてください! 侑斗は、絶対そんなことッ」
「何言ってるのよ。さっきも言ったでしょ? 侑斗の父親は妻子持ちだったって。そんな男と私の間に生まれた子なのよ。浮気しないわけないじゃない」
「……っ」
「侑斗は昔からよくモテてたし、する気になればいつだって出来ちゃうわよ? どうせ、飛鳥にかかりっきりで、全くさせてあげてないんでしょ? こんなに綺麗な顔に生まれて、今までちやほやされてきたんでしょうけど、美人なんて3日で飽きるっていうじゃない。嫌なら、ちゃんと相手してあげなさい」
「…………」
今思えば、これがすべての始まりだったかもしれない。
この時生まれた小さな小さな不安が、後に大きな亀裂を生むことになるなんて
この時はまだ、想像もしていなかった。
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