第215話 気遣いと弱さ
「狭山さ~ん!」
その後、飛鳥があかりとエレナと共に、マンションから少し離れた大通りまで出ると、前に飛鳥を送り届けた場所に、狭山が車を停めて待っていた。
「どーも、久しぶりにあったけど、君、相変わらずだね」
「え? そう? まー、今日は色々ごめんね?」
先程の電話で話した内容について飛鳥が笑顔で謝ると、その左隣で、あかりの後ろに隠れているエレナが、恐る恐る顔を出す。
「さ、狭山さん、ごめんなさいっ」
「……!」
申し訳なさそうに、頭を下げるエレナ。
それを見て、狭山は小さく息をつく。
確かに、オーディションをドタキャンしたのは良くないが、この子の異変に気づきながら、なにもしてあげられなかった自分にも、責任はあるわけで……
「……いいよ、エレナちゃん。でも、これからは俺にちゃんと相談してね? 俺もミサさんに、エレナちゃんがたくさん我慢してること、それとなく伝えていくから」
「っ……はぃ」
エレナが涙目で頷くと、狭山は優しく笑って、その後、また飛鳥に話かけた。
「じゃぁ、エレナちゃんは、一度事務所に連れて行くから」
「うん。ありがとう。くれぐれも、バレないように上手くやってね? あと、帰りはちゃんと送り届けてあげて」
「分かってるよ」
そう言うと、狭山はエレナを助手席にのせ、自分も車の中に乗り込んだ。
エレナが、車中から飛鳥とあかりに向けて、ペコリと頭を下げる。すると、二人はそれに返すようにヒラヒラと手を振ると、狭山の車は、その場から走り去っていった。
「ふぅ……」
とりあえず一段落つき、飛鳥が軽く安堵の息を漏らす。
(一応おわったし、蓮華に、LIMEしとくか……)
そして、双子の事を思い出すと、飛鳥は、スマホを取り出し、華に「終わったから、帰ってきていいよ」と送信し、その後、あかりに視線を移す。
「あかり、大丈夫?」
「…………」
さっきから一言も喋らない、あかり。
それを心配し、飛鳥が声をかけるも、あかりが、その問に反応することはなく……
「あかり!!」
「え?! あ、はい!!」
一際大きく声をかけると、あかりはビクリと肩を弾ませ、飛鳥の方に振り向いた。
「えと……すみません。なにか、言いました??」
「……」
そう言って、こころなしか距離をつめ、不安そうに見上げるあかりを見て、飛鳥はふと、片耳が不自由だったことを思い出す。
右耳が聞こえないあかりは、左耳で全ての音を聞いている。
なら、きっと人の右側に立つ方が聞き取りやすいのだろうが、今は飛鳥の左側。
オマケに、この通りは大通りに面しているため、車の通りも激しく、少し騒がしいくらいだった。
(片方だけって、やっぱり大変なのかな?)
あかりを見れば、声を聞き逃さないように、必死に聞こえる左耳をこちら側に傾けて、話に集中しているのがわかった。
部屋で話していた時は、あまりにも「普通」に話せていたから、時々忘れそうになる。
けど……
「あかり、こっち」
「え?」
飛鳥はあかりの手を掴むと、その手を引き寄せ、大通りから中の路地の方へと移動し始めた。
「あの、神木さん……!」
突然手をとられ、あかりが困惑する。
だが、そのままあかりを連れ、自宅マンションの前まで戻ると、飛鳥は、再度向き直り、改めてあかりに声をかけた。
「聞き取りにくいなら、無理せず、そう言えばいいよ。少し移動すれば楽になるんだから」
「そ、そうですけど……っ」
辺りが静かになったからか、その言葉は、あかりの耳にも、すんなり入ってきた。
どうやら、あかりが聞き取りやすいよう、飛鳥は、わざわざ静かなマンション前まで移動してくれたようだった。
「……あの、でも、わざわざ移動してもらうのは、なんだか申し訳なくて」
「そりゃ、知らない相手なら気を使うだろうけど、俺は、あかりの耳のこと知らないわけじゃないし、俺には素直に甘えてればいいよ」
「っ……」
その言葉には、流石のあかりも、不意をつかれたのか、ほのかに頬を赤らめた。
(なんで、神木さんって……っ)
こんなにも、人の心に寄り添うのが上手いのだろう。
察しがいいからか、相手が何に困っているのかを瞬時に読み取って、嫌な顔一つせず、気遣ってくれる。
でも、こうして、優しくされるたびに、あの日、閉じ込めたはずの「弱い自分」が顔を出しそうになる。
せっかく、自立するために実家を出たのに
一人で生きていくために、この街に来たのに
それなのに「彼にだったら、甘えてもいいかな」と、思ってしまいそうになる。
でも──
「ありがとうございます。あの、ただ、そろそろ、手を……離していただいても?」
「え? あ、ごめん」
お互いに、離すタイミングを失ってしまったのか、あかりが手を離すように訴えると、飛鳥はパッとあかりの手を離し、また心配そうに声をかけてきた。
「あのさ、あかり」
「……はい」
「その……やっぱり、驚いたよね? さっきの話……」
「………」
あの話を聞いたあとから、ずっと気難しい顔をして黙っていた、あかり。
その姿に、飛鳥も何かしらの不安を抱いていたのかもしれない。珍しく弱々しい声が返ってきた。
確かに、驚いた。
まさか『親子』だったなんて……
それに、紡がれる言葉のひとつひとつが酷く重くて、幼い頃の彼を思うと、涙が溢れそうだった。
「あの、神木さん……」
「ん?」
「あんな大事な話、私が一緒に聞いてしまって、良かったんでしょうか?」
あかりが、申し訳なさそうに呟く。
彼が話してくれたおかげで、エレナが、何故あそこまで母親を恐れるのか、やっと分かった気がした。
だけど……
『話したくないんだよ、俺は……!』
前に、ミサさんを見かけた時、飛鳥が頑なに、そう言っていたのを思い出して、あかりは酷く胸を痛めた。
もし、その「忘れたい記憶」が、さっきの話だったとしたら
本当は話したくないのに
話させてしまったのだとしたら──…
「……いいよ」
「え……?」
「むしろ、あかりには、話してもいいと思ったから──」
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