第193話 大人と子供

 

「おい、華! どこまでいくんだよ!!」


 弟の手を引き、ひたすら進む華の後から、蓮が問いかける。


 兄と何かあったのか?

 華は、酷く落ち込んだ顔をしていた。


「華!!」

「……っ」


 進む華の肩をつかんで、強引にこちらを向かせた。


 境内から少し離れた人気のない脇道。そこには遠くのほうから祭囃子の太鼓の音だけが響いていた。


 俯く華を見つめると、蓮は真面目な顔をしてといかける。


「なんで、あんなこと言ったんだよ」

「…………」


 あんなこと──とは、兄に『あのお姉さんたちと一緒に回れば』と言ったこと。


 すると、それから暫く沈黙した後、華は小さく小さく言葉を放った。


「だって、お兄ちゃんに彼女を作ってもらうには、これが一番いいかなって……お兄ちゃん、もう二十歳だし、はっきりいって、好きな人も作らないで危ない恋愛してるよりは、綺麗なお姉さんたちと、一緒に夏祭り過ごして、ちゃんとした彼女作ってくれた方が……!」


「なんだよ、それ…っ」


 その言葉に、蓮は眉をしかめた。


 確かに、兄が彼女を作らないのは自分たちのせいかもしれない。それが原因で、特定の彼女も作らず危ない恋愛をしているなら、見過ごすわけにもいかない。


 だけど──


「だからって、兄貴の気持ちも考えろよ! 今日は華が三人で出かけたがってたから、兄貴わざわざ夏祭り来てくれたんだろ!」


「分かってるよ! でも、お兄ちゃん全然、彼女作ろうとしないし、私がいつまでも横にいたら、ダメだと思って…!」


「あのな、前にも言ったけど、兄貴ならその気になれば、彼女なんて、いつでも作れるよ! 作らないのは、兄貴にとって、今はまだ家族を優先させてるってことだろ!」


「だから、お兄ちゃんが家族を優先するのは、結局は私たちのせいでしょ!? 私たちが、いつまでも……子供だから……っ」


 怒りまかせに言い合えば、言葉は自然と荒くなった。


 兄のことを思えば思うほど、早く大人にならなきゃいけないのに


 心は……全く追いつかない。


「じゃぁ、兄貴が彼女作れば、相手は誰でもいいのかよ!」


「誰もそんなこと言ってない! ただ、きっかけはあった方がいいでしょ!? それに……それに蓮だって、!!」


「……っ」


 その言葉に、蓮は目を見張った。


 華の目には少し涙が滲んでいて、この瞳と目があった瞬間、蓮は先日、遊園地の帰りに華に言った言葉を思い出した。


「蓮だって……榊くんのこととか、もっと周りのやつに目を向けろとか、言ったじゃない……なんで、なんで、あんな突き放すようなこというの? なんで、早く彼氏作れみたいなこというの? 蓮は、私のために、あんなふうに言ったんでしょ……なら、私が、お兄ちゃんに言ったことと、何が違うの?」


「………」


 人の気持ちを利用して、華をけしかけたことに、痛いしっぺ返しを食らった気分だった。


 あの日、自分が言った。



 《俺達の代わりになるような──》



 あの言葉は



 少なからず、華を



 傷付けていたのだと──…






「……ゴメン」



 蓮の言葉を最後に、二人は、しばらく黙りこんだ。



 変わらなきゃいけないのは


 分かっているのに、思うようにいかない。



「なんで……大人に…なっちゃうのかな…っ」


 すると、また華が小さく呟いた。


 ポツリポツリと放たれたそれは、まるで、蚊の泣くような、小さな声で


「子供の頃はね、お兄ちゃんや蓮と、腕を組んだり、抱きついたりしても、全然周りの目なんて気にならなかったの。でも最近、気にするようになってきちゃった」


「……」


「中学生から、高校生に変わっただけで、なんか凄く立場が変わったような気がして……中身は全然変わらないはずなのに、身体だけはどんどん成長して……昔から似てない兄妹って言われてきたけど、最近は、似てないから余計に、お兄ちゃんと恋人同士に間違えられることもあって……その度に、私のせいなのかなって思うこともあって……っ」


「……」


「私たち兄妹なのに……ずっと今のまま、仲のいい兄妹弟でいたいだけなのに、今まで通り仲良くしてたら、まるでおかしいみたいで……っ」



 変わりたくない──


 そんな言葉が、今にも聞こえてきそうだった。



 必死に涙を堪えながら話す華は



 子供のようで



 子供ではなくて……




「本当はね、もう分かってるの。私達、もう小学生じゃないし、兄弟と腕組んだりするのがおかしいのだって、本当は分かってるの。でも…でも……っ」



 それでもまだ、縋り付いてしまう。


 優しい兄と弟に、甘えてしまう。



 居心地のいい場所から


 抜け出したくないばかりに




 変わらなきゃいけないに


 変わるのが怖くて




 あえて《子供》のように振舞って





 繋ぎ止めようとしてる。






 矛盾した心。





 兄弟を思って進もうとする「自分」に



 わがままを通そうとする「子供の自分」が、語りかける




『──いかないで』





 どうか、もう少しだけ





 このままでいさせて──







「華……」


 涙目の華の身体を、そっと抱きしめると、蓮は、その背を擦りながら華を慰めた。


「ゴメン……俺、華のことなんでもわかってるつもりで、全然わかってなかった。俺、焦ってたんだ。大人になることを、簡単に受け入れて、華ばっかりドンドン先に行っちまうから。でも、華も俺と──同じだったんだな」



 双子で生まれて、同じものを見て


 同じものを感じてきた


 自分の分身のような女の子。



 でも、その気持ちを


 完全に把握することはできなくて



 似ているようで


 似てなくて



 同じようで


 全く違うから



 華が、俺を置いて進めば進むほど



 焦る自分がいた。




 華に負けてられない。


 男なのにみっともない。



 そんな、自分の感情ばかり気にして




 一番大切なものを見落としていた。




 例え──



 身体がどんなに大人になっても



 人の『心』は、そう簡単に




 大人にはなれない──







「ゴメン……今まで……気づいてあげられなくて……」











 ◇◇◇




 一方、飛鳥は、そんな二人の状況など知る由もなく、女子達をあしらうのに酷く苦戦していた。


 華があんなことを言ったものだから、見事にその気になった女子大生たち。


 だが、華の意を決した"きっかけ作り"とは裏腹に、飛鳥は元から双子意外と回るつもりはなかった。


「悪いけど、俺もう行くね」


「えー、せっかく妹さんが、いいって言ってたのに!」


「じゃぁさ、一緒に写真だけ撮らせて! そしたら諦める!」


「…………」


 しつこい。

 しかも、交換条件を出された。


 これは、撮らねば、逃げられないパターンだ。


 だが、さすがの飛鳥も限界だった。


「あのさ」


「神木くん!!」


「!?」


 すると、その瞬間

 突然、飛鳥の背後から声がした。


 どこか苛立つような声を発した男は、女の子をかき分け飛鳥の目の前までくると


「神木くん! 君、ほっぽって何してるんだよ!?」


 それはなんと、あかりの隣の住人、大野さんだった!


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