第524話 推理と家族
楽譜は、全部で5枚。
そして、裏面には《ろ》《う》《み》《を》《ら》と、一枚ずつ文字が書かれていた。
「どういう意味でしよう?」
その意味深な言葉に、あかりが首をかしげる。
すると、飛鳥は、楽譜を並べながら
「簡単だよ。楽譜には順番があるから、その通りになら並べればいい。ほら『う・ら・を・み・ろ』。あらかた、ベートーヴェンの肖像画の裏に、スタンプが隠してあるんじゃないかな?」
ピアノの曲名『月光』と、散らばった楽譜『第九』の作曲家名。
そして、血文字の謎さえ解けば、あっさりたどり着く簡単な問題。
そして、その話を聞いた、あかりは、飛鳥の話にそうように、バッハやモーツァルト、ショパンといった名立たる作曲家たちの肖像画の中から、ベートーヴェンが描かれた絵画の前に歩み寄る。
「あ、ありました!」
すると、裏側を確認した瞬間、その額縁の端に、スタンプが、隠すようにくっついているのがわかった。
あかりは、嬉しそう笑うと、飛鳥にスタンプを手渡しながら
「凄いですね、神木さん。あっさり、見つかっちゃいました」
「まぁ、子供たちには、ちょうどいい問題かもね?」
「そうですね。スタンプを集められなくて、お菓子がもらえない子がいたら可哀想ですし」
この辺は、運営人の優しさなのだろう。
実際に、お化け屋敷を怖がって出てきた子も、最後にお菓子をもらうと、にっこり笑っていたから……
「あ。でも、子供向けとはいえ、うちの理久は解けるかどうか? あの子、音楽にはあまり興味がなくて」
「そうなんだ。でも、隆ちゃんもついてるし、大丈夫……って、あいつも、音楽には興味なかったな」
空手やサッカーといった運動全般は、得意中の得意だが、体を鍛えることばかりに注視していたからか、隆臣は音楽や美術といった芸術系に疎かった。
とはいえ、さすがに、ベートーヴェンは知ってるだろうし、最悪、謎が解けなくても、怪しげな肖像画を全て確認していけば、いずれ見つかるだろう。
だが、あの隆臣が、子供むけの謎解きで、四苦八苦するかもしれないと思ったら、ちょっとだけ笑えてきた。
「まぁ、スタンプが見てからなかったら、隆ちゃんのせいにすればいいよ。それで、たんまり、お菓子をねだっちゃえば!」
「そ、そんなことはできません! それに、理久には、私の分のお菓子をあげるので、大丈夫です」
「へー、あかりって、本当に弟思いだね」
まさか、自分の分をさしだすとは!
『さすがは、お姉ちゃん!』と、飛鳥は頬をゆるませる。
「あかりと理久くんって、かなり仲良しだよね?」
「そうでしょうか? 神木さんちほどじゃないと思いますが」
「そう? まぁ、うちは異常なくらい仲良しだけど。でも、あかりのところも負けてないと思うけどなぁ。なにより、理久君は、あかりのことが大好きみたいだしね。俺、めちゃくちゃ警戒されてたよ」
「あ、それは、すみません。いつもは、あんなこと言う子じゃないんですけど......っ」
理久は本来、とても礼儀正しい子だ。
人に敵意は向けることは、滅多にないし、実際に、たこ焼き屋さんでアルバイトをしている武市さんに会った時は、とても丁寧な挨拶をしていた。
だから、神木さんへの反応は、全部、私のせい。
「本当に、すみません」
「謝らなくていいよ。あかりを守るために、理久くんが威嚇してるってことくらい、ちゃんと分かってるから」
「え?」
「優しいね、理久くん」
その言葉に、あかりは目を見開く。
(……理久のこと、ちゃんとわかってくれてたんだ)
あんな態度をとられたら、生意気な子だって思われても仕方ないのに、ちゃんと、あの子のことを考えて、理解しようとしてくれる。
「ありがとうございます。理久のこと、悪く言わないでいてくれて……」
それは、姉として、純粋に嬉しかった。
自分の事ならともかく、家族を悪く言われるのは、とても悲しいことだから──…
「ねぇ、あかり」
「?」
すると飛鳥が、あかりを見つめながら
「俺、ずっと、あかりに言いたかったことがあるんだ」
「言いたかったこと?」
「うん。蓮が寝込んだ時『傍にいてあげて』って言ってくれて、ありがとう」
「──え?」
それは、3ヶ月前のことだ。
二人で、映画館にいく約束していた、あの日のこと。
「あかりのおかげで、蓮、夕方には熱が下がって、次の日には学校にいけたよ」
「それは、私のおかげじゃなくて、神木さんが看病したからですよ」
「でも、看病できたのは、あかりのおかげだよ。あの日、すごく迷ってたんだ。華と蓮には、絶対に映画に行けって言われていて。でも、蓮のこともすごく心配で、どうするのが"正しい"のか、よく分からなくなって……だから、あの日、あかりに相談して良かったって思う。ありがとう。蓮の傍にいていいって言ってくれて。俺の家族のことを、大切に思ってくれて──」
「……っ」
そう言って笑った飛鳥の表情が、あまりにも優しくて、あかりは、思わず見惚れてしまった。
大切にしたい。
あなたが、大切にしているのを、よく知っているから、私も大切にしたくなる。
でも、だからこそ、私は、貴方の気持ちに、答えてはいけない。
「だから、俺も大事にするよ」
「え?」
「あかりのことも。あかりの家族のことも──」
「……っ」
その瞬間、急激に頬が熱くなった。
好きな人から、大事にすると言われて、嬉しくないはずがない。
しかも、家族のことまで考えてくれる。
愛されているのが、嫌というほど伝わってくる。
彼から向けられた、まなざしや言ノ葉。
仕草や吐息。
その全てが、愛しいという言葉を、あかりに教えこんでくる。
「顔、赤くなってるよ?」
「……っ」
瞬間、飛鳥の言葉に、あかりは息を呑んだ。
「な、なってません。気のせいです!」
「気のせいじゃないよ。照れてるよね?」
「照れてません!!」
「ほんとかな? じゃぁ、もっと近くで、俺の目を見て言ってよ」
「……っ」
顔を隠すようにうつむいたからか、目を見ろと言われた。
まるで、暗くて分からないとでも言うように。
だが、顔を上げたら、赤いのがバレる。
なにより目を見たら、溢れ出してしまいそうだった。
言ってはいけない言葉が。
捨て去らなきゃいけない、想いが……っ
──♪
室内には、ずっと音楽が鳴り響いていた。
穏やかな『月光』の音色。
だが、その音色以上に、自分の心臓の音の方が、うるさかった。
甘い声を聞くたびに、胸の奥が騒ぎだす。
『私は、あなたに恋をしています』と、何度も何度も、実感させられる。
こんな気持ち、早く捨て去ってしまいたいのに──…っ
「あかり、顔を上げて」
だが、飛鳥の声は、よりいっそう甘い空気を纏った。
それは、赤い頬を更に色づかせ、あかりの身体に、深く深く染み込んだ。
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