第310話 一人と秘密

「お父さーん!」


 華と蓮が買い出しを終えた頃、ちょうど喫茶店の前で父の侑斗と出くわした。


 仕事帰りの侑斗はスーツ姿にコートという、いかにもビジネスマンらしい格好で、双子たちの方に振り向くと、私服姿の双子は、今朝方、兄から頼まれた食材を買い込んできたのか、両手に抱えるくらいの荷物を手にしていた。


「華、蓮。買い出し、終わったのか?」

「うん、あとはケーキだけだよ!」


 華が明るく返せば、侑斗は華が手にした荷物を受け取り、また言葉を返す。


「ケーキ、二つ頼んだとか言ってたな」


「うん! チーズケーキとブッシュ・ド・ノエル! 今年は人数多いしね」


「そうだなー、今夜は賑やかになりそうだ」


 去年のクリスマス、侑斗は帰って来れず、いつもとは違うクリスマスをすごした。


 だが今年は、子供たちに加え、エレナも一緒。


 きっと賑やかで、楽しいパーティーになりそうだと、侑斗が微笑む。


「でも、飛鳥兄ぃとエレナちゃん、大丈夫かな? ミサさんに会いに行ったんでしょ」


「まぁ、大丈夫だろ。ミサも最近は、あまり癇癪起こさなくなったし、そんなに長時間会うわけじゃないしな」


「あ、噂をすれば……」


 すると、その会話を、ずっと横で聞いていた蓮が突如口を挟んだ。


 その声に華が蓮と同じ方向に視線をむけると、兄の飛鳥とエレナ、そして、あかりの姿が見えた。




 ◇◇◇




「それでね、よくなったら一緒にケーキ食べいく事になったの!」


 あの後、飛鳥たちは街の中心であるショッピング街を歩きながら、自宅に向かった。


 エレナは、あかりと手を繋ぎ楽しそうに会話をしていて、飛鳥はそんな二人の数歩後ろを歩きながら、先程のことを考えていた。


(さっきのアレ。……あかりは、どう受けとったんだろう?)


 珍しく顔を赤くして、少しは意識したのかとおもったが、結局、あの後あっさり話は流され、三人でくだらない雑談をしながら、ここまで来た。


 あの後も、あかりはいつも通りで、もしかしたら【友達として、隣に】と受け取られた可能性も十分あった。


(まぁ、あかりの中での俺って、まだって感じなのかもしれないし……)


 前に『女友達みたい』と言われたことを思い出して、飛鳥は失笑する。せめてもう少し異性として意識してもらわないと、何も始まらない気がした。


「飛鳥兄ぃ~!」

「……!」


 すると、前方から華が声をかけてきて、見知った3人に、飛鳥は軽く手をあげると、華たちに合流する。


「華さん、買い物は終わったの!」


「うん。あとはケーキだけだよ~。エレナちゃんは、お母さんとお話出来た?」


「うん!」


 エレナが華に笑いかけると、その笑顔を見て華もほっとしたのだろう。「よかったー」といってエレナを抱きしめた。


 そして、そんな二人の姿を飛鳥とあかりは二人並んで見つめていて、それに気づいた華は、今度はあかりに声をかけはじめる。


「あかりさん、お久しぶりです!」


「久しぶり、華ちゃん」


「また、会えて嬉しいです。まさか、エレナちゃんたちと一緒だったなんて!」


「…うん、少し心配になって。華ちゃん、もうエレナちゃんと打ち解けたのね」


「はい。エレナちゃん、素直で可愛くて。本当に妹が出来たって感じで!」


 華が無邪気に笑うと、その傍らにいた侑斗と蓮も会話に加わって、そこには、和やかな空気が流れた。


 すると、それから暫くして──


「じゃぁ、神木さん、私はこれで……」


 そう言って、さよならを告げようとするあかりに、飛鳥は改めて視線を合わす。


(そう言えば、あかりって……今日、一人ですごすのかな?)


 親元を離れ、引っ越してきてからは、あのアパートで一人暮らしをしている。


 家族は近くにいないし、彼氏もいない。


 なら、一人で過ごすのだろうか?



 クリスマスを──?




「飛鳥兄ぃ!?」

「痛った!?」


 だが、その瞬間、いきなり華に背中を叩かれた。


「っ……なんだよ!?」


「なんだよじゃない! あかりさん送って行けば!」


「え?」


 すると、言ってこい!とばかりに、華が背中を押して、再びあかりと目があった。


 別に送っていくのは、構わないけど……


「大丈夫です」


「え?」


「一人で帰れますから、送って頂かなくて結構です」


 だが、その後、あかりからやんわりと断りの言葉が帰ってきて、飛鳥ではなく、何故か華が落胆する。


「そんな、気を使わなくてもいいんですよ! あ、もしかして、買い物があるとかですか?! なら、うちのお兄ちゃんに、荷物持ちを」


「あ、ごめんね、華ちゃん。違うの。気持ちは嬉しいけど、神木さんみたいにと、クリスマスにで歩くのは、後が怖いかなって?」


「!?」


 後が怖い。その、あまりにもド正論な話に、2人は硬直する。


「そ……そうですよね。このタイミングで二人きりはまずいですよね? ごめんなさい、うちの兄がモテまくってるばっかりに」


「うんん。わかってくれたらいいの」


(なにこれ。なんか、すっごい複雑なんだけど!)


 まるで、2人で歩きたくないとでも言われているような。だが、悔しいが、初めの頃から、ずっと、あかりはこのスタンスだった。


「それじゃぁ、家族で素敵なクリスマスを過ごしてくださいね」


 すると、その後、またにこやかに微笑んだあかりは、ひとつ頭を下げ立ち去っていって、そんなあかりを見て、今度は侑斗が呟く。


「あの子、飛鳥の友達か?」


「あぁ、あの子だよ。 ミサあの人が、怪我させそうになった相手」


「え!? マジか、だったら、ちゃんと謝罪しとくんだった!」


「別に、父さんが謝らなくても。悪いのはあの人なんだし」


 そう、もし謝るなら、あの人に直接、謝らせなくては意味がない。


 まぁ、正直、会わせるのは怖いけど……



「でも、そう言われたら、確かににどことなく雰囲気が似てて、可愛い子だったなー」


 だが、その後、侑斗がヘラヘラと笑いながらそう言って、子供たちは眉を顰める。


「うわ、女子高生の次は、女子大生?」


「サイテー!」


「いやいや、ちょっと待って君たち。なんでゆりに似てるって言っただけで、そんな目でみるの!?」


 まるで、ロリコンの変態とでも言いたそうな目をした我が子たちをみて、侑斗がつっこむ。


「だって、女子高生を連れ込んでたという前科があるし」


「あれは、保護してたんです。大体、やましい気持ちがあるなら、子連れで連れ込んだりしないだろ!」


「でも、結婚したってことは、手出したってことでしょ?」


「出してません! 付き合ったのは、高校卒業して社会人になってからだから、お互い大人だったの!」


「でも、12歳も年下はロリコン」


「あ、そういえば、うちのお母さんも侑斗さんと初めて会ったのは小学生の頃っていってた!」


「エレナちゃんも、悪気なくトドメ刺しに来るのはやめようか?」


 父のロリコン疑惑に華と蓮がうんざりしたような目を向けると、そのくだらない話を聞いて、飛鳥は小さくため息をつく。


 別に父が、ロリコンだか、そうじゃないかは、どっちでもいい。ただ……


「父さん、あかりだけは、やめてね」


「……!?」


 不意に、いつもより低めの飛鳥の声が響いて、侑斗と双子は目を見開いた。


 あれ?

 なんだかちょっと、機嫌が悪いような?


「ちょ、ちょっと、俺、今でもゆり一筋なんだけど!? なんで、そんな」


「ちょっと、お父さん!!」


 侑斗が困惑し声をあげると、これはまずいと思ったのか、華が侑斗の腕を掴み、そこそこと話し始めた。


「いい、お父さん! あかりさんだけは、絶対にダメだからね!」


「だから、手なんて出さないっての! 俺、そんなに節操なさそうに見えるの!?」


「そうじゃなくて……!」


 瞬間、華は父にぐっと近くと


「飛鳥兄ぃ、あかりさんのことがなの!」


「え?」


 瞬間、侑斗は大きく目を見開いた。


 ここ数年、恋愛事には全く見向きもしなかった飛鳥が……あの飛鳥が……っ


「飛鳥!! 今日、赤飯炊こうか!!」


「は? クリスマスに、なに言ってんの?」


 こそこそ何を話しているのかと思えば、感極まって涙目になりながら、侑斗が訳の分からないことを言って、飛鳥が思わずつっこむ。


 父がいると、更にバカな話になりやすいのは相変わらずだ。


「エレナおいで。先にケーキ取りに行こう」

「……!」


 すると、バカな三人をおいて、飛鳥はエレナに声をかけると、今度は自宅用のケーキを取りに喫茶店へと進む。

 エレナは、そんな飛鳥のあとに続くと……


「ねぇ、飛鳥さん」


「ん?」


「さっき、お姉ちゃん顔真っ赤だったけど、飛鳥さん、何が言ったの?」


 気になっていたのか、ふと、エレナがそんなことを聞いてきて、飛鳥はまた、あの時のことを思い出す。


『これからもずっと、俺の隣にいて──』


 そう囁いた、あの言葉を、あかりが、どう受け取ったのかはわからないけど


「言ったよ」


「なに、言ったの?」


「それは……」


 興味津々に見上げてくるエレナ。飛鳥は、それをみて、口許にそっと指を当てると


「内緒♡」


「……っ」


 そう言って、クスリと微笑めば、その綺麗な笑みを見て、エレナは微かに頬を赤らめた。


 別に、意地悪するつもりはなかった。でも、なんとなく、内緒にしておきたいと思った。


 好きな子との【秘密】は、いくつあってもいいような気がしたから──…



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