第408話 恋と別れのリグレット⑨ ~家族~


 次の日も


 世界は変わらずに回っていく。



 どんなに、苦しくても


 どんなに、悲しくても



 人は、生きていくしかない。



 こんなな身体でも──…





 ◆


 ◆


 ◆




「あかりは、大丈夫か?」


 一夜明けて、朝食の準備をする稜子りょうこに、あかりの父である宏貴ひろきが声をかけた。


 昨日の葬儀中、雪の中で泣き崩れたあかりは、その後、部屋に引きこもってしまった。


 原因は、彩音が自殺したことによる精神的なショックと、その自殺の原因を聞いたことによるものだろう。


 まともに食事すらとらずにいる娘を、宏貴は、酷く心配していた。


「病院に、連れて行ったほうがいいんじゃないか?」


「わかってるわ。昨日は、雪の中から暫く動けなくて、さっき計ったら、熱も出てきたみたいだし」


「熱も? じゃぁ、今日の受験は」


「行ける状態じゃないでしょうね。とりあえず、受験先に連絡して、追試験が受けられないか聞いてみるわ。それに、もしダメだったとしても、滑り止めで受けた私立は受かってると思うし、高校は何とかなると思う。それよりも、あかりの心の方が心配で……っ」


「そうだな。このまま、引きこもりになったりしなきゃいいが」


「そうね……それはそうと、あなたはどうなの?」


「え?」


が亡くなったのよ。あなただって……っ」


 仲の良かった妹が、自分よりも先に亡くなった。そんな宏貴の心中を察し、稜子が不安げに眉をひそめた。


 彩音の件は、倉色家を、一気に不幸の中に突き落としてしまった。付きまとう空気は今も重いままで、這い上がる隙すら与えてくれないほどに。


 すると、宏貴は


「大丈夫とは、言えないが……今は、俺がしっかりしなきゃいけないからな。だから、ある程度は冷静だよ。でも、蒼一郎くんの親御さんを、責めるつもりはないが……はっきりいって、もう少し言い方とかあったんじゃないかと思ってる。なんで直接、彩音に、そんな酷いことを言う必要があったんだ! 彩音だって、好きで聞こえなくなったわけじゃないッ!」


 頭を抱え、怒りを露わにする宏貴を見つめ、稜子も一緒になって悔しんだ。


 誰だってそうだ。


 病気もせず、障碍も持たず、五体満足で暮らせるなら、それが一番いい。


 だが、それが出来ない人間だっている。


 生まれながらにして障碍を持つ人。生まれてから障碍者になる人。他にも、怪我や病気で闘病生活を続ける人だって。


 健康でいられることは、決して、当たり前ではなく、彩音とあかりだって、自ら望んで聞こえなくなったわけじゃない。


 両耳とも聞こえていれば、どんなによかっただろう。


 きっと、日常生活に不便さを感じることはなかっただろうし、必要以上に、疲れることもなかった。


 聞こえないことで、他人に迷惑をかけたと、謝りながら生きることも。


 だが、そんな不便さを抱えつつも、あの子達は、前向きに生きてきた。


 として、生きていた。


 それなのに──…っ



「あかりにとって彩音ちゃんは、目標のような人だったわ。いつも彩音ちゃんの後を追いかけて……でも、そんな彩音ちゃんを、あんな形で失って、きっと今のあかりは、不安でいっぱいなはずで……っ」


 稜子の目に、堪えきれず涙が浮かんだ。


 彩音の姿は、まるで、将来の娘の姿を見ているようだった。


 もし、この先、あかりに好きな人が出来て、その人と結婚まで考えるようになって、でも万が一、相手の家族に障碍のことをとがめられたら……?


 そう思うと、胸が張り裂けそうだった。


「私、あかりになんて言ってあげたらいいのかしら……大丈夫なんて、テキトーなこと言えないわ。それに、あの子、彩音ちゃんの誘いを断ったこと、凄く後悔してて」


「え?」


「側にいて、話を聞いてあげれば、彩音ちゃんは死ななかったかもしれないって……私が、殺したようなものだって……っ」


「何言ってるんだ! あかりのせいじゃない!」


「そうよ! あかりのせいじゃないわ! あの子は何も悪くない! でも、そう何度といい聞かせてるのに、あかりは、


「……っ」


 泣きながら話す稜子に、宏貴はキツく唇を噛み締めた。

 

 娘の心に刻まれた後悔は、そう簡単に取り除くことが出来なかった。


 彩音が、あかりに助けを求めていたのが分かるからこそ、あかりは、自分自身を許すことが出来ないのだろう。


 だが、あかりは、まだ中学生だ。


 人の死を背負うには、あまりにも幼く、まだ未熟で、いつか心が押しつぶされてしまわないか、宏貴も稜子も、それが不安で仕方なかった。


「稜子……辛いだろうが、今は見守るしかない……この先、あかりが、どんな決断をしても、俺たちが、しっかり支えていこう──…」


 宏貴の言葉に、稜子は、流れた涙を拭うと、その後「そうね」と、小さく口にした。



 ◆


 ◆


 ◆



 二階の奥の部屋では、部屋着姿のあかりが、昨夜から、ずっとベッドの中にうずくまっていた。


 熱があるのもだが、なによりもが痛かった。


 幼い頃から、風邪の引き始めや、体調を崩したときには、よく聞こえない方の耳が痛くなる。


 多分、弱いところに出るのだろう。もう役に立たない右耳は、痛みを発する時だけは一人前で、オマケに耳鳴りも酷くて、頭も痛い。


 はっきりいって、体調は最悪だった。


(痛い……もう、やだっ)


 痛みを発するのは、耳だけか。

 いや、きっと一番痛いのは『心』の方。


 彩音のことを思い出せば、あかりの瞳からは、また涙が溢れてきた。


 変えられない過去の出来事は、あかりの心を、これでもかと苦しめた。


 あのまま、幸せになれると思っていた。

 蒼一郎さんと一緒に。


 それなのに、あや姉は──…


「っ……ごめん……ね……あや姉……っ」


 何度謝っても届かぬ声が、静かに室内に溶けこんだ。


 これから、どうしよう。


 私は何を目標に、これから生きていけばいいんだろう……っ



 ──ポンポン


「……?」


 すると、その瞬間、布団の上から何かが触れた。ポンポンポンと規則正しく、撫でるような、何か?


「……だれ?」


 そう言って、あかりが顔を上げれば、そこには


「おねえちゃん、ごはん食べよう?」


 と、理久りくが、ひょっこりと顔を覗かせた。








*あとがき*

https://kakuyomu.jp/works/16816927861981951061/episodes/16816927862919425449

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