第187.5話 浴衣と神社(2023.10.19 追加)


「ねー。今度、浴衣買いに行こ~」


 墓参りを終えたあと、帰り道で、華が楽しげな声を上げた。


 3人で行こうと約束していた夏祭り。


 それも、もう来週に迫り、せっかく行くなら浴衣がいいと、華は兄と弟に提案した所だった。


「別にいいけど、華、着付けできるの?」


 すると、華の問いに飛鳥が返事を返す。


 浴衣を買うのは良いが、肝心の着付けができなくては、意味が無いだろう。


「え? 飛鳥兄ぃ、できるでしょ?」


「…………」


 だが、その瞬間、予想外の返答が、華から返ってきて、飛鳥は絶句する。


 つまり、兄に着付けをしろと?


 確かに、昔の華に浴衣を着付けてあげたことはある。そう、あるにはあるが……


「お前さ」


「あぁ!? やっぱダメ!! 今のなし!? 私、もう小学生じゃなかった!!」


「あー。気づいてくれた? 自分の年齢と性別」


 おもわず口走った自分の提案に、華が慌てふためき、兄がにっこり笑って答える。


 いくら兄妹とはいえ、小学生の幼児体型の妹の浴衣を着付けるのと、それなりに育った女子高生の妹の浴衣を着付けるのとでは、色々と意味合いがちがってくる!


 まず、どう考えても絵面的にアウトだ!


「そっか~、自分で着付けなきゃいけないのかー。じゃぁ浴衣は、諦めた方がいいかな?」


「別に諦めなくても、ネットで探せば着付けの動画なんて、いくらでも出てくるじゃん?」


「そうだけど、できるかな、私に?」


 蓮の提案に、華は心做しか心配そうに眉を下げた。すると、それを聞いていた飛鳥は


「不安ならやめてけば? 浴衣って帯しっかり締めないと、すぐ着崩れるし、素人がテキトーに締めても、外で着崩れて、やばい事になるのは目に見えてるよ」


「え!?」


 兄の言葉に、華が焦りの表情を浮かべる。


 初めての着付けとなると、上手くいくとは限らない。とくに帯の結び方は、なかなかに難しいらしい。


「や、やっぱり、浴衣って、ヤバいのかな?」


「まーヤバいだろうね。浴衣って、割増で可愛く見えるし」


「兄貴の言う通り。それに、着崩れた浴衣ってなんかエロいしね?」


「あー、確かに。でも、アレは着崩れてるよりは、崩す方が楽しいんじゃない?」


「あー、帯ほどくとか、男のロマンだよね。兄貴、何色が好み?」


「え? なにが? 帯?」


「いや、浴衣」


「そうだなー。赤とか黒とか…?」


「あー、わかる。色白だとなお良し」


「あとはアレかな、日頃、下ろしてる髪を、珍しく纏めてたりとか?」


「あぁ、日頃、隠れてる部分が、見える的なやつ」


「そうそう」


「ちょ、なんか話が逸れてない!? てか、なんの話してるの!?」


「「え? だから、浴衣はエロくてヤバいよねって話」」


「誰か猥談に、花咲かせろと言った!?」


 華の真剣な悩みから勝手に猥談を繰り広げている兄と弟に、華は罵声を発する。


 ほんとに、この兄弟ときたら!


 だが、その瞬間──


「れーん!」


 と、自分たちの斜め頭上から、呼びかける声が聞こえた。


 名前を呼ばれた蓮はもちろん、飛鳥と華も同時にその声の方に視線を向けると、丁度『榊神社』前を通りかかったようで、神社の14.5段くらいある階段の上から、袴姿の航太が箒片手に、声をかけてきた。


「この辺で合うなんて珍しいな~」


「あー、今墓参りしてきて」


 航太がかけより、蓮が返す。


 航太の実家である榊神社は、先程、飛鳥たちが訪れた納骨堂の近くにあった。


 丁度、境内の掃除をしていた航太は、蓮たちの声に気づき、声をかけたようだった。


「榊くん、久しぶりだね」


「あ、お久しぶりです、飛鳥さん。先日は、遊園地のチケットありがとうございました」


「あー、いいよ。あれ、貰い物だから」


 先日、遊園地に行った時、飛鳥から遊園地のチケットをもらった。それを思い出し、航太が改めてお礼を言うと、飛鳥がにこやかに答える。


 だが、そんな航太の珍しい姿を見て、今度は蓮が声をかけた。


「榊の袴姿、初めて見たかも?」


「あれ? そうだっけ?」


 神社ではよく目する赤い袴の巫女装束、アレの男性バージョンと言えばよいのか?


 白衣の下に薄い水色のような浅葱色の袴を着て、足袋に草履。


 今の航太の姿は、いかにも神職についてますと言わんばかりの格好だった。


「今日は、お盆で、いつもいる巫女さんが一人休んでるから、俺が代わりに社務所入ってるんだよ」


「へー、大変だな」


「そーでもねーよ。ただ、実家の手伝いしてるだけだし」


 すると、蓮と航太が話しているのを見つめながら、華は、先日遊園地の帰りに蓮に言われた言葉を思い出した。


(そ……そういえば、榊くんて……っ)


 蓮からハッキリ聞いた訳ではないし、確証があるわけではない。だが……


 《榊とか、どうなの?》


 なんて、蓮が仄めかすものだから


 『もしも本当に、榊くんが自分のことを好きだったら?』なんて考えてしまい、華は、急に恥ずかしくなると、逃げるように航太から顔をそらした。


(な、なにかんがえてんの! 榊くんが私のこと好きだなんて、そんなわけないし! それに、榊くんは葉月の好きな人だし……もう、蓮があんなこと言うから!)


 頭の中で色々なことが駆け巡って、いつもなら普通に加われる会話に、今日は全く入れなかった。


 すると、珍しく大人しい華に気づいて、航太が声をかける。


「神木、どうした?」


 心配そうに覗き込まれ、目が合う。

 するとその瞬間、華は顔を赤くする。


「あ、いや、あの……な、何でもないの」


「そうか? 熱中症とか流行ってるんだから、気をつけろよ」


 すると、一人あわあわと慌てる華を、飛鳥と蓮が横目で流しみる。


(華なんで、赤くなってんの?)


(めちゃくちゃ意識してる)


 普段と様子がおかしい華を見て、疑問を抱く飛鳥と、複雑な心境になる蓮。


 すると、境内の方が少し騒がしくなってきて、航太は思い出したように声を発する。


「あ、やべ。じゃ、俺そろそろ戻るから」


 そう言うと、航太は、またにこやかに笑って、神社へ戻っていった。


 そして華は、そんな航太の後ろ姿を見つめながら、唇をグッと噛み締めた。


(何してんの、私……ちゃんといつも通り振る舞わなきゃいけないのに……っ)


 だが、今だって、さりげなく熱中症を気づかってくれた。


 そんな航太の姿に、華は不意に、今までのことを思い出して、その胸中をざわつかせる。


 それが、いつからだったのかはよく覚えてない。でも、航太はなにかとよく、自分のことを気にかけてくれていた。


 体調が悪そうなときも、困っている時も、嫌な顔一つせず。


 でも、それは……


(私のことが……好きだったからなのかな…っ)


 そうと確定したわけじゃないに、そうかもしれないと思うと、今までかけられた、言葉の全てが、なんだか、違う物のように聞こえてくる。


「華?」


「っ……!」


 だが、顔を赤くする華を見て、今度は飛鳥が心配そうに覗きこんできた。


「お前、どうしたの?」


「あ、いや……あの」


「これは、あれだよ。兄貴」


 すると、その横から蓮が口を挟む。


「榊の袴姿見て、エロいこと考えたんだよ。きっと」


「あー、榊くんの袴姿、結構カッコよかったもんねー」


「ちょ、違うから! エロいことなんて、一切考えてないから!? てか、あんた達と一緒にしないで!!」


 確かに袴姿は日頃見ないだけあり、新鮮ではあったが、思わぬ疑惑をかけられた華は更に顔を真っ赤にすると、兄と弟に向け、恥ずかしそうに再び罵声を発するのだった。

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