第397話 熱と鼓動


 カーペットの上に倒れ込むと、自然とあかりを押し倒すような体勢になった。


 辺りがシンと静まり返る中、触れた柔らかな熱に意識が集中する。


 重なり合った体は、隙間なく密着していた。

 

 触れた身体は、とても柔らかくて、お互いの香りや息づかいまでもが聞き取れる距離。


 そして、それは、前に抱きしめた時に感じた感触と全く同じだった。


 だけど、あの時と違うのは、自分のこの恋心気持ちに気づいていること。


「ッ──ゴメン、あかり!」


 床に手をつけば、飛鳥は慌てて身体を起こし、あかりに謝った。


 つまづいた拍子に、押し倒してしまうなんて。


 自分の失態に呆れつつ、あかりを見やる。だが、その瞬間、飛鳥は目を見開いた。


「……え?」


 カーペットの上に押し倒されたあかりは、なぜか、顔を真っ赤にしていた。


 頬を染めて、まるで恥じらうように。


 だけど、その反応は、あかりとは、全く違う反応で──


「あかり?」

「……っ」


 戸惑い声をかければ、あかりは咄嗟に顔を隠した。両腕を顔の前に渡して、必死に何かを隠すように。


 だけど、隠されれば、余計に見たくなって、飛鳥は、そんなあかりの両腕を掴むと、強引にカーペットの上に押さえつけた。


 逃げられないように

 決して顔を隠せないように


 あかりを組み敷いたまま、その表情を確認する。


 すると、その顔は、さっきより真っ赤になっていて


(っ……なんで?)


 予想外の反応に、飛鳥は酷く戸惑った。


 あかりは、自分のことを友達としか思ってない。


 それに、今の自分は、完全は女の子だ。

 髪はツインテールで、服はレースたっぷりのロリータ服。男らしさなんて、欠片すらない。


 だけど、あかりは、そんな女みたいな自分に押し倒されて、顔を真っ赤にしていて、そして、その反応は、明らかに友達にむけるものではなくて──


「なんで……顔、赤いの?」

「……っ」


 気になって問いかければ、あかりは更に赤くなり、その後、飛鳥から視線を反らした。


「あ……赤くなんて」


「赤いよ。俺のこと、少しは男として意識してるの?」


「ッ……してません」


「じゃぁ、なんで女装した男に押し倒されて、そんなに赤くなってんの?」


「……っ」


 更に問いただせば、あかりは、何も言えず黙り込んだ。


 決して目を合わせず、まるで逃げるような素振り。だけど、その姿は、先の質問を肯定しているようにも見えた。


 、意識してる──と。


 だけど、もし、そうだとしたら、これまでの言葉や反応が、全て違うものに見えてくる。


「あかり、こっち見て」


 組み敷いたまま、更に呼びかければ、飛鳥は、掴んだ手の力を少しだけ強めた。


 そんな表情を見せられたら、もう確かめなきゃ気がすまなくなった。体は自然と熱くなって、鼓動は早鐘のように波打つ。


 これを聞けば、もう友達には戻れないかもしれない。


 それでも──


「あかりは今、俺のこと、どう思ってる?」


「……っ」


 あまり怖がらせないように、優しく問いかけた。だけど、その瞳はとても真剣だった。


 ずっと、知りたかった。あかりの気持ちを──


 いや、知りたかったけど、確かめる前に『答え』が出ていた。


 ずっと友達としか思われていないと思っていたし、男として意識されてないと分かっていたから、聞くだけ無駄だと思った。


 さっきだって、確信したばかりだ。あかりは、俺のこの気持ちに気づいていて、諦めさせようとしてるって。


 だけど、その赤らんだ頬を見れば、つい期待してしまう。


 もしかしたら、あかりも、俺と気持ちなんじゃないかって──


「答えてくれないの?」


「…………」


 だけど、その後、しばらく返事を待ったが、あかりは決して口を開こうとはしなかった。


 部屋の中は、やたらと静かで、昼下がりの淡い光が、ユラユラと室内に差し込んでいた。


 春の木漏れ日は、優しく二人を照らし、その空間は、今もずっと穏やかなまま。


 だけど、その二人きりの空間で、飛鳥は、更にあかりを追い詰める。


「あかりが言わないなら、俺が言うよ?」


「え?」


「俺が今、あかりのことを、どう思ってるか」




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