第7魔王子ジルバギアスの魔王傾国記

甘木智彬

1.魔王城強襲作戦


 俺の名前はアレクサンドル。


 突然だが、俺が死ぬ話を聞いて欲しい。



 あの日――汎人類同盟は、魔王城への奇襲攻撃を敢行した。



 友好的なドラゴンの協力のもと、高高度から魔族領へ侵入。


 俺を含む複数の勇者と、各種族の精鋭たちによる強襲チームが魔王城に降下し、魔王の単独撃破を目指す。


 ――単独撃破といえば聞こえはいいが、要は暗殺だ。


 しかも成功しようが失敗しようが、強襲チームの生還は絶望的。


 そんな作戦に頼らねばならないほど、汎人類同盟は追い詰められていたわけだ。


 作戦行動中、凍死者が出るほど厳しい高高度飛行だったが、その甲斐あって迎撃を受けることもなく、強襲チームは降下に成功した。


 魔王城での戦闘は、苛烈だった。


 流石に空から勇者一行が降ってくるとは思わなかったのか、魔族たちも最初は慌てていたが、すぐに迎撃態勢を整えてきた。


 幹部級の上級悪魔アークデーモン、始祖に匹敵する吸血公ヴァンパイアロード、強大な魔力を秘めた死霊王リッチ、そして数え切れないほどの魔族の近衛兵――


 あの日の戦いは、思い出したくもない。


 何人もの勇者が、仲間が、志半ばで倒れた。


 それでも幸か不幸か、俺たちのチームは魔王のもとへたどり着いた。



 傲岸なる魔族の王。


 奴は玉座の間で、悠々と俺たちを出迎えた。


 人間とは違い、魔族は完全な実力主義だ。


 魔王とはすなわち魔族最強の魔法戦士でもある。


 俺たち強襲チームが疲労困憊だったことを差し引いても、奴は――



 ――どうしようもなく強かった。



「なかなか楽しめたぞ、勇者よ」


 瀕死の俺を掴み上げ、涼しい顔で魔王は言った。


 圧倒的な身体能力。あらゆる魔法的干渉を跳ね除ける強大な魔力。そして悪魔との契約で身につけた邪法――『魂喰らい』。


 仲間が死ぬたび魔王が強くなっていく。


 そしてそのせいで、さらに仲間が死ぬ。


 まるで悪夢のような殺戮劇。


「ひ弱な人族にしてはよくやった」

「クソ……が……」

「ほう、その状態でまだ喋るか」


 首を掴む手に、ぎりぎりと力が込められていく。


 窒息する前に首の骨が折れそうだ――


「貴様の魂は旨そうだ。そのまま我が糧となるがよい」


 魔王の闇の魔力が、掴まれた首を通して注ぎ込まれる。


 体力、魔力ともに消耗しきっていた俺は、抵抗することもかなわず――


「ぐっ……がああぁぁぁああ!!」


 まるで風船が弾けるように、爆散した。


 肉が弾け骨が砕け散り、全身がバラバラに弾け飛ぶ激痛。


 魔王の高笑いが響く中、意識は闇に吸い込まれ――




 俺は死んだ――はずだった。




 だが。




 次に目を覚ましたとき、俺の眼前には憎き魔王の顔があった。




「ふむ、赤子ながら精悍な顔立ちをしておる」

「あぶぁ!? あばぶぶばぁ!?(魔王!? なぜここに!?)」


 叫ぶが、言葉にならない。


 体の調子がおかしい。


 どうなっている? どうやら俺は、誰かに抱きかかえられているらしい。


 俺をすっぽり抱きかかえるなんて、どれだけでかいヤツなんだ――


 いや違う。俺は、自分がやたら小さくなっていることに気づいた。


 青みがかった肌。それでいてぷにぷにな腕。


「あばぶあぁん!?(赤ちゃん!?)」


 ――俺は赤ん坊になっていた。


 それも、魔族の。


「元気な男の子にございます」

「ふん。まあ跡継ぎは多いに越したことはない」

「陛下、よろしければこの子に名を――」

「ジルバギアスだ」


 それだけ告げて、魔王はさっさと部屋から出ていった。


 俺は唖然とした。


 ウッソだろ。子供が生まれたばかりの父親の態度じゃねえよ……


「フフ……フフフ……」


 しかし、俺を抱きかかえる女は、気にする風もなく不気味に笑っている。


「ようやく……ようやく、わたしも子を産めた……フフフ……」


 次に視界に飛び込んできたのは、冷たい美貌の魔族の女。


 おいおい……まさか、これが……これが、俺の母親……?


 その瞳に滲んでいるのは、母から子への愛情などではない――執念、野心、憎悪、そういった類のドロドロとしたものだ。


「ジルバギアス」


 不気味な猫撫で声で、そいつは語りかける。


「あなたは魔王になるのですよ」


 ゾッとするような笑みを浮かべて。


「あの糞女どものガキを押しのけて、ね……! フフフ……あはははは……ッ!」



 こうして俺――勇者アレクサンドルは、死んだ。



 そして、生まれ変わった。



 魔王国の王子、ジルバギアスとして。


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