422.火矢のごとく
その後、取り調べはめっちゃ順調に進んだ。
まずフーゼンダスト・ファミリーの本拠地に乗り込み、抵抗する奴らをことごとく薙ぎ倒しつつ帳簿や書類を入手。
夜エルフ諜報網との関わりは(幸か不幸か)ないようだったが、その代わりに他の悪事の証拠が山ほど出てきて、流石に領主でも庇えない状況に追い込めそうだ。
続いて手分けしてフーゼンダスト・ファミリーの他の物件(ヴェロッサが暮らしていたアパートとか裏カジノとか)や、アークディーカン商会の商館、会長の邸宅なども強制捜査した。
こちらも違法な薬物が押収されたり、脱税の証拠となる裏帳簿が出てきたりして、一定の収穫はあった。商会長の邸宅では会長のディーカンと代官のエディンゴが密会の最中だったそうで、最初はエディンゴが強硬な態度で抗議してきたが夜エルフ絡みと知った途端に手のひらを返し、ディーカンをめっちゃ責め始めたと聞いて笑ってしまった。できれば現場で目撃したかったな。
ただ……オハンナの件に関しては、本来の契約書はもう処分されてしまったみたいで、偽造されたものしか押収されなかった。代官はもうアークディーカン商会の味方をしないだろうが、契約書の偽造の決定的証拠を押さえられなかったし、ヴェロッサを雇っていた以外にこれといって夜エルフとのつながりもなかった。
アークディーカン商会は取り潰しを免れそうなので、オハンナの実家のトラブルは簡単にはケリがつかなさそうだ。むしろ、脱税の罰金とかで追い詰められて取り立てが激化しなきゃいいんだが……アークディーカン商会と手を組んでいるマフィアは、壊滅したフーゼンダスト・ファミリーとは別のやつでピンピンしてるしな……。
まあ、それは追々考えるとして。
宿屋に朝帰りした俺は、レイラへの報告はアンテに任せ、結界を準備していた。
……さあ。
お楽しみの時間だ……。
「【いでよ、ヴェロッサ】」
死にたてホヤホヤの霊魂を、引きずり出す。
『――くそっ……こんなところで、私は……!』
めちゃくちゃ悔しそうな顔をしたヴェロッサが、ドチャッと出てきた。どうやら俺に敗れてこと切れる寸前の、『まだ死ねない!』みたいな状態で止まってたみたいだな……
『……? なん……だ? 何が……?』
しばらく床の上でジタバタしていたが、異変に気づいたヴェロッサの霊体が、恐る恐るといった様子で立ち上がり――俺と目が合った。
『なッ!?』
咄嗟に腰に手を伸ばしたのは、剣を抜こうとしたからか。
夜エルフのくせに暗器や弓ではなく、反射的に剣を使おうとする程度には、鍛錬を積んでいたんだな……。
ヴィロッサの甥っ子らしいといえば、らしい、か。
…………。
『? 剣が……? いや、……何だこれは。何だ? これは!?』
半透明な己の手に目を留めて、わなわなと震えだすヴェロッサ。
「手短に言おう。お前は俺に殺された」
努めて冷淡な声で、告げる。
「そして俺は死霊術師であり、お前の霊魂を呼び出した」
『死霊術師……だと……』
目を見開いたヴェロッサの唇が、ばかな、と動いた。
『貴様は、勇者だろう!? それなのにこんな邪法に手を染めたというのか!? 光の神々を奉じる者としての、矜持はどうした!?』
……一瞬、呆気に取られてしまった。
まさか夜エルフからそんな正論を言われることになるとは……。
毒に暗殺、諜報に裏工作、目的のためなら汚い手段はなんでもござれな夜エルフのくせに、宗教上の理由で死霊術にだけは拒否感を示すあたり、なんとも滑稽に感じられた。
――矜持、ね。
「元から光の神々なんて信仰しちゃいねえよ」
素っ気なく言うと、今度はヴェロッサが絶句する番だった。
俺くらい極端な奴は流石に珍しいが、光の神々への信仰なんてどうでもよく、魔族や夜エルフ憎しで勇者をやってる奴は掃いて捨てるほどいる。神官は光の奇跡を使う都合上、多少は信仰心がないとなれないみたいだけどな……
ヴェロッサは気付いてないが、窓際の椅子に座って見守っているレイラも、「別に信仰しなくても光の魔法は使えるしな」みたいな顔をしていた。気合を入れれば口から魔法が飛び出す種族は、またちょっと感覚が違うんだろう。
ま、いずれにせよ、俺は宗教談義をするつもりはさらさらないんだ。
「【
銀色の輝きをアダマスに灯す。ずい、と刃を眼前に突きつけると、顔をひきつらせたヴェロッサが怯えたように後ずさった。
「お前には、知っている限りの情報を吐いてもらう」
『だっ誰が貴様なんかに!』
きっ! と俺を睨みつけるヴェロッサ。
『私とて諜報員だ! どんな責め苦にも屈しない! 絶対に負けないぞ!』
「ちなみに、今はもう夜が明けている」
俺が合図すると、レイラがシャッとカーテンを開けた。
『ひぃぃッ!』
足元にまで陽光が伸び、一転、情けない悲鳴を漏らして震え上がるヴェロッサ。
「どんな責め苦にも屈しない、と言ったな。俺は死霊術師としては一流だ。魂に苦痛を与える方法なんざ山ほど知ってるし、聖属性で焼いてやってもいい。それでもお前が口を割らないというのなら」
クイッと顎で陽光を示す。
「太陽の光でお前を焼いて、光の神々の御許に送ってやる」
オフィシアにも使った手だ。死後、闇の神々の園に招かれて永遠の安寧が得られると信じている夜エルフに、光の神々の御許で未来永劫、魂が焼かれるという『結末』をちらつかせてやる……
『…………!』
効果は抜群だった。もはや肉体もないのに、ハァッハァッと呼吸を荒らげるヴェロッサ。生きてたら、ただでさえ青白い顔が、さらに蒼白になってたんだろうな。
どんな責め苦にも屈しない、というコイツの意気込みを疑うわけじゃないが、死後、しかも未来永劫、責め苦を受け続けることになるのは想定外だったか――
『……はは』
肩を落として、諦めたように、ヴェロッサは笑った。
『これが……魂を囚われた者の……アンデッドの末路、か……ククク……』
ちょっとやりすぎちゃったかな。クックックといつまでも笑い続けてるので心配になってきた。魔力を注入して理性を強化するべきか。
『いや、違う。諦めたわけではなさそうじゃぞ』
アンテが警戒を促す。
それとほぼ同時、ヴェロッサがバッと顔を上げた。並々ならぬ決意を秘めた目。
『舐めるなよ! 言っただろう、私は――』
魔力の高まり。
『――夜エルフ諜報員だッ!』
次の瞬間、ヴェロッサの全身が真っ赤な炎に包まれた。
『ウァァアァアアアアッ! ウグアアアアアァァ――ッッ!』
紅蓮の炎に焼かれ、絶叫を振り絞るヴェロッサの魂。
コイツ、火属性持ちか!! 聖銀呪以外でアンデッドを浄化する手段、それは光と火の魔法だ! 光に見放された夜エルフでも、火属性の魔力は持ちうる! 俺に情報を搾り取られるくらいなら、と火で自滅を図ったか――!
『グァッ……ガァァッ……ウァァァッ……!』
俺が修復や沈静化を試みる暇もなく、あっという間に、ボロボロに擦り切れていくヴェロッサの魂。
その恨めしげな瞳が、俺を見据える。
『貴様……が……どのように、して……我らの符牒や……魔王子や、叔父上の、情報を……掠め取ったかは、知らないが……』
メラメラと燃え尽きていきながら、絞り出すように。
『私の……叔父上は……強いんだ……! いつか……必ず、貴様の、首を……獲ってくださる……だろう……! 貴様には、もう……夜の安寧は、訪れ、ない……! 覚悟、すること、だ……! この人でなし勇者め……!!』
…………。
「叔父上――ヴィロッサのことか?」
俺は。
ハッ、と嘲笑うように、鼻を鳴らした。
「ヴィロッサなら死んだよ。……俺が殺した」
――時が止まったように感じた。
『……ウソ、だ』
もはや霊体の肉が焼け落ち、ほとんど骨だけのような姿になったヴェロッサは。
『ソンな……ウソ、だ……ウソダ! 叔父上ガ……負けルはずガ、ナイ!!』
カタカタと顎骨をわななかせ、幼子のように叫ぶ。
『ウソダ!! ウソダ――ッッ! 叔父上ハ――ッッ! 強インダァァッ!』
願うような、祈るような、悲痛な声。
『必ズ、仇ヲ――討ッテ、クダサルンダ――ァァァァ、ァ!! 叔父上ハァ! オ前ナンカニ、負ケナイィ! 叔父上ェェ――ッ! 叔父ウ――』
フッ、と。
炎が消えた。
静寂が戻ってくる。
結界の中には、わずかに、火の魔力の残滓が漂うだけ――
「……お疲れ様です」
優しい声。レイラが窓際で日光を浴びながら、ふわりと微笑む。
「……うん。大して情報は得られなかったな」
俺は気を取り直したように笑い返す。我ながら、ぎこちない感じがした。
……本当に、情報が得られなかった。火属性持ちだからこそできたこととはいえ、自身の置かれた状況を把握し、咄嗟にあの決断ができたのは――敵ながら、称賛に値するだろう。
まさか、あんな高火力の魔法が使えたとはな。襲撃時に魔法で反撃してきてたら、火属性持ちって事前情報があって、自滅対策にもうちょっとやりようがあったんだが……してやられた。
流石は、ヴィロッサの甥っ子、だな。
諜報員としては、見事な最期だった……。
「…………」
無意識のうちに、胸元のペンダントに手を伸ばしていた俺だが。
途中で気づいて、止めた。
こんなことで、いちいち気に病む必要も、義務もねえんだ、俺には! むしろせいせいするだろ? 憎き夜エルフがまた、この世から消し去られた! 結構なことじゃねえか……!
クソッ……。
いつにも増して、首が重い。
ペンダントのチェーンが、のしかかる。
服の下、振り子のように揺れるペンダントが。
執拗に、抗議するように、俺の胸を打っていた……。
†††
『 に せ も の 』
――どういう意味だ?
その疑念は小さな棘のように。
まどろむ魂に、突き刺さっていた。
偽物――何が偽物なのか。
オフィシアが、後輩が、あそこまで必死になって。
警告するように、伝えたがっていたモノ。
『 に せ も の 』
いったい何を指し示しているのか。
自分にとって、偽物だったら致命的なモノはなんだ?
……いや、そんなまさか。
だが、ひとたび疑念が膨らみだせば、止まらない。
なぜ自分の怪我はいつまで経っても治らないのか?
というよりも、なぜ――著しく傷ついているはずの自分は――
こうも――不自然に穏やかな、まどろみの中にいるのか――?
偽物、というのは、まさかとは思うが、信じたくはないが、
もしかすると――
『叔父上ぇ――ッッ!!!』
絶叫。耳に懐かしい声。
……これは。
『叔父上ぇぇぇ――ッッ!!!』
見上げれば、ぼんやりとした視界に映り込む――
満天の星々――
その中を、赤々と輝く流星――いや、違うあれは。
何かが――燃えている。燃えながら、落ちていく!
まるで、敵襲を報せる火矢のように――
だが、矢ではなかった。ヒトの形をしていた。
ハッキリと顔まで見えた。ボロボロに焼け落ち、崩れていく――
ああ、あの顔は! あの子だ!! 知っている、私は知っている!!
『ヴェロッサ――ッ!!!』
叫び、手を伸ばした先、はるか彼方の虚空で。
甥っ子は燃え尽きて、散っていった。
キラキラと舞い落ちる灰の雨。
ヴィロッサは、それを手で受け止めようとして――透き通る自らの体を。
自覚した。
『……
戦慄。
『
いったい、何が、
――どうなっている!?
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