421.盛者必衰


 どうも、ゴーストが指し示した部屋を強襲する勇者アレックスです。


「ぐがぁぁァアァア!」


 アダマスを突き立てた壁の向こう側、絞り出すような絶叫が響いてきた。


 そのままヒビが入った壁を蹴り破って突入すると、中で黒焦げのオッサンが悶え苦しんでいる。


 こいつがベネット、いやヴェロッサか! 人化の魔法――流石はヴィロッサの甥といったところか。


 今すぐ楽にしてやるぶちころす


「うッ……おおァァァ!」


 が、壁の砕ける音でこちらに気づいたヴェロッサが、痛みを振り払うように咆哮。床に落ちていた抜き身の剣を拾い上げ、間髪入れずに斬りかかってきた。


 正体が露見しても人化したまま?


 ヴィロッサの甥。意地でも解除しない魔法。まさか、剣聖――


「――ァァァァッッ!」


 鋭い! 惚れ惚れとするような、美しい太刀筋!


 ……だが、お行儀が良すぎる。あまりにも真っ直ぐだ。異次元の加速もない。ここで全力を出さない意味がない。つまりこれが限界ってこった。


 俺はアダマスを打ちつけて、巻き込むように難なく刃を下に逸らし、返す刀でヴェロッサの胸を切り裂く。


「ごっ……ふぅ……」


 盛大に吐血するヴェロッサ。だがその目は死んでいなかった。


 下段に逸らされた剣を振り上げ、逆襲しようと試みる。


 だが、悲しいかな――もはや力が入らない。剣を握っているのでやっとだろう。


 ましてや振り下ろしではなく切り上げでは……俺は上腕で剣の腹を叩いてそらし、横薙ぎに振るったアダマスでその首を刎ねた。服の下にはもちろんボン=デージを着込んでいる。この程度の剣で傷つく恐れは、欠片もなかった。


『仲間の気配もないのぅ』


 ああ。その他……動きなし。


 倒れ伏したヴェロッサの体、床に広がっていく血の池――


「…………」


 恨めしげにこちらを睨むヴェロッサの首。その輪郭が揺らぎ、青白い肌に赤い瞳、尖った耳を持つ若々しい顔に戻った。


 こと切れて、魔法が解けたのだ……


 最期まで魔法とかは使ってこなかったな。人化できるくらいに魔力は強かったはずなのに、よほど剣に自信でもあったのか?


 確かに、見事な太刀筋だった。人になりすますため、熱心に鍛錬を積んでいたであろうことが伝わってきた。


 だけど、鍛錬だけで、実戦の泥臭さというか、凄みみたいなものが皆無だった……それじゃあ、な。


『終わったみたいだね』


 フッとバルバラが天井をすり抜けて顔を出す。


「周囲に敵影は?」

『なし。こいつだけみたいだよ、ただ隣の住民が不審がってる』


 流石にこれだけ音を立てりゃな……。


 バルバラは戻っていてくれ、レイラに成功を伝えてくれると嬉しい。


 闇の魔力を補給しながら、念話で頼む。


『了解』


 コクンとうなずいて、去っていくバルバラ。……この頃、こんな使いっぱしりみたいな役割ばっかですまない。


『仕方ないさ、カラダがないからね……』


 バルバラは手をひらひらさせて、夜の闇に紛れて姿を消した。


 ――入れ替わるように、廊下から足音が近づいてくる。


「おい、ベネット? 大丈夫か? すげえ悲鳴が……ってなんだこの穴……」


 俺がぶち抜いた壁からひょっこりと、イレズミだらけのガラの悪いオッサンが覗き込んできた。


「なっ……!?」


 そして倒れ伏したヴェロッサ、床に広がる鮮血、さらに血濡れた刃を持つ俺を目撃して目ん玉が飛び出そうなくらい驚愕。


「なっ、なんだテメェ!? ここがフーゼンダスト・ファミリーの縄張りだってわかってんのか!?」


 ここでビビりつつも、スチャッとナイフを抜くあたりカタギじゃねえよなぁ。


「聖教会だ」


 俺は銀色の光を灯してみせる。


「何……!? 勇者が人殺しかよ!?」

「人殺し? 笑わせるな」


 俺は床に転がったヴェロッサの首を拾い上げ、掲げてみせた。


「言っただろう。


 闇の輩がいるところに、俺たちは現れる――


「……!?」


 真っ赤な瞳に青白い肌の、夜エルフの生首を突きつけられ――絶句するオッサン。


「お前は……」


 俺はゆらりとアダマスの刃の向きを変える――静かに重心を移動――いつでも斬りかかれるようにしながら――


「闇の輩に、くみする者か……?」


 努めて平坦な声で問いかけると、顔を青褪めさせたオッサンが、からんとナイフを床に落とした。


「ちっ……ちげえます……知らな、知らなかったんでさぁ。そんな、まさか……何かの間違いじゃ……」

「悪いが現実だ。その言葉、信じよう……、な」


 俺はビッとアダマスの血糊を振り払い、ヴェロッサの部屋のベッドに近づいた。


 ポイと生首を放り投げ、シーツで包む。ついでにアダマスの刃もフキフキしてから鞘に収めた。


「この首は貰い受けるぞ」


 真っ赤な液体をポタポタと垂らす、何か丸いものを包み込んだシーツを手に、俺はスタスタと歩み去っていく。


「すぐに現場検証に戻ってくる。この部屋には手はつけず、そのままにしておくことだ。失われた証拠品なんかを求めて、建物を隅から隅まで捜査するのは面倒だからな……お前もそれはイヤだろう?」

「ひゃ、……ひゃい……」


 かくかくと壊れた人形のように何度もうなずくオッサン。


 ま、荒らされてなくても、たぶんこの建物は隅から隅まで調べられることになるとは思うがね。


 でも俺、現場が保全されてたら、建物全部は捜査されずに済む、とは一言も言ってないから……。


『なんと誠実な勇者様じゃ』


 アンテがからからと笑った。




 そのままフーゼンダスト・ファミリーとやらが所有する建物を出て、俺はまっすぐに聖教会に向かった。


 道中で、通行人にギョッとされたり、衛兵を呼ばれそうになったりしたが、勇者の身分を開示して事なきを得た。聖教会でもギョッとされたけど。


「アレックス? いったいどうしたことだ」

「何事ですか」


 鮮血でべったりな丸い物体を持参し、聖教会の扉を俺が叩いたと聞いて、アーサーに寝巻き姿の司教も飛び出してきた。


「こちらをご覧ください」


 俺は、夜エルフの生首を披露する。ぼとっ、ごろん。


「これは……!!」

「アレックス……『やった』な?」


 目を見開く司教、感心しつつも「やりやがったな」という顔のアーサー。


「フーゼンダスト・ファミリーに、『ベネット』という名で身を潜めていた夜エルフ工作員です。ちなみに、マフィアに匿われる前は、アークディーカン商会で働いていたようで……」

「マフィアに、アークディーカン商会か……!」


 アーサーが「やったじゃないか」とばかりに片眉を上げる。


「フーゼンダスト・ファミリー!」


 司教は唇をわななかせて、ひたすらに驚いていた。


「なんと、そのようなことが……このセーバイの街でも、最大勢力を誇るマフィアですぞ……!」

「それでですね、司教様。ご相談があるんですが」

「! 何でしょう……?」

「俺が調べた限りでは、フーゼンダスト・ファミリーに匿われていたのはコイツだけっぽいんですが……


 真面目くさって言う俺に、察しのいいアーサーがニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「なのでですね。これを機に、徹底的に、かつ強行的に調をするべきだと思うんですよね。フーゼンダスト・ファミリーを」

「だけどさアレックスー、もしも空振りに終わっちゃったらどうするんだーい?」


 わざとらしく首を傾げながら尋ねてくるアーサー。半分笑ってんじゃねえか。


「空振り? そんなことなるわけないだろ~~!」


 俺もまた、白々しく床の生首を両手で示した。


「だってもうんだから!」


 ――そう。


 闇の輩が絡んでいる場合、聖教会は超法規的な、領主さえ手出しができないほどの権限を持つ。


 その分、それが間違いだとわかったときのしっぺ返しが怖いわけだが、今回に限ってはもう、フーゼンダスト・ファミリーが真っ黒の黒であることは確定しているわけだ! 夜エルフを匿っていたのは事実なんだから!


 そして、他にもまだ匿っていない確証なんてない! 調べるしかないんだ! 仮にいなかったとしても、夜エルフの狩り出し自体は成功してるし、聖教会はその役目を立派に果たしただけ……!!


「おお……! おお……!!!」


 ここ最近、マフィアの度重なる嫌がらせに頭を悩ませていた司教は、降って湧いたような実力行使の大義名分に、シワだらけの顔をさらにしわくちゃにして、涙ぐんでいた。


「すぐに……用意をして参ります。少々お待ちを……!」


 司教は足早に去っていった。「総員、戦闘準備ッ!」と叫びながら。


 聖教会セーバイ支部がにわかに慌ただしくなる。早めに就寝していた者たちも叩き起こされ、だが日頃の訓練通りに武装を整えているようだ。


「いや~司教様、大喜びだな」

「お手柄だよアレックス。いや、君はほんとにすごいな……」


 味方で良かった……とつぶやくアーサー。なんか他にも色々言いたげというか、話を聞きたそうな顔をしていたが、俺は素知らぬ顔で通した。



 それから、待つことしばし。



「お待たせしました、お二方……」


 ガシャン、ズシン。


 ガシャン、ズシン。


 そんな物々しい足音が、聖教会の奥から――


「いやはや、血が騒ぎますな」


 姿を現したのは、傷だらけの重装鎧に身を包み、身の丈ほどもある鉄の壁みたいなタワーシールドを装備した司教だった。


「実は私、勇者上がりの司教でしてな……」


 くしゃっと照れたように笑う司教の言葉に、俺は戦慄した。


 ――勇者上がりの司教。つまり実戦で魔法の才能を開花させ、神官の領域にまで至った真の叩き上げってことだ……!


 司教の背後には、戦闘準備を終えてやる気満々な神官と勇者も勢ぞろいしている。年寄りと若手ばかりなのはご愛嬌だ。


「さて、諸君。改めて説明しますが、こちらの勇者アレックス殿が、フーゼンダスト・ファミリーに匿われていた夜エルフと交戦、これを討ち取りました。当該マフィアには、他にも闇の輩が匿われている可能性があります……!」


 ハキハキと背筋を伸ばして語る司教。


「まずはこの、フーゼンダスト・ファミリーの本拠地を強襲。ああ、住所はのでご心配なく。資金の流れなどが書かれた帳簿の確保が、最優先目標ですな。ええ、なんといっても闇の輩の諜報網が絡んでいるかもしれませんからなァ~~これは必須ですぞ……!」


 いやぁ~黙って耐えてたけど。


 やっぱり司教も相当、頭にきてたらしいな!!


 だってもうマフィアの本拠地マークしてんだもん!! 殴り込む日を夢見ていたに違いない……!


「そして、アークディーカン商会でしたか。悪い噂は耳にしていましたが、まさか、夜エルフを雇っていたとは! 道理で、という感じですなァ~~~!」

「まったくその通りですねえ!」

「いやぁ~徹底的に取り調べないとなァ~~これはなァ~~~!!」


 うんうんとうなずき合うアーサーと俺。


 ちなみに、アークディーカン商会も、夜エルフを雇ってたのは事実だから。


 俺たちの獲物だぜェ……!!


「では……参りましょうか」


 カシャッ、と兜のバイザーを下ろす司教。


 バイザーの隙間から覗く両の瞳がぎらぎらと輝いている。


「いざ……闇の輩を匿っていた不届き者たちの悪行を、白日のもとに晒さん!」


 司教が先陣を切って走り出す。重そうな重装鎧を身に着けて、むしろ足取りが軽くなったようにすら見える……!


「「おう!!!」」


 俺たちも剣を振り上げて、そのあとを追った――



          †††



 ――その夜。



 繁華街の一画をまばゆく銀色に照らし出した集団が、目を血走らせてごろつきたちの巣窟を強襲。



 一切の抵抗を許さず雪崩込み、完膚なきまでに蹂躙していったという……。

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