79.魔王子、動く
どうも、初死者との対話を終えて、ぐっすり寝て起きたジルバギアスです。
やっぱ睡眠は大事だな。しっかり休んだら、だいぶん頭がすっきりした。
『我は眠ったら、しばらく頭がぼんやりしておったがのぅ』
そりゃあ、お前が爆睡しすぎてただけだよ。あんまり長時間寝ると、そういうことになるんだ人の体ってヤツは。
『なんと、難儀な』
過ぎたら毒になるんだよ、何でもな。悪魔みたいに無限に力を吸収できるわけじゃない――ちなみに、酒も呑みすぎたら酷い目に遭うから気をつけろよ。
『ほほう……』
それはさておき、死霊術だ。
昨日の兵士たちの激励には、活を入れられたな。誓ったからには、俺は彼らの信頼を裏切るわけにはいかない。
これまで以上に、打倒魔王に邁進していかねば。
この頃は、状況に対して受け身になりすぎていた気がする。せっかく子爵とやらに叙されたんだ、プラティの信頼も厚くなってきたし、今の俺はかなり自分の裁量で動けるようになっている。
もっと積極的に行動を起こしていきたい。
『しかし、具体的に何をするんじゃ?』
今考えてるのは、ホブゴブリンの件かな。
ゴブリン・オーガ不要論に巻き込まれて、ホブゴブリンが魔王国の行政から排斥されようとしている。
俺も、例の書類の取り違えで大迷惑を被ったから、アイツらに仕事を任せられないって夜エルフと悪魔たちの主張はわかるんだけどさ。
魔王国の行政が健全化されちまったら、それはそれで困るんだ。勇者的には。
――なので、魔王に一言二言、具申しに行こうと思う。
『聞くかの?』
聞くさ。押し付けがましくない、中立的な意見ならな。
ただ、ほとんど影響は出ないかもしれない。それでも言わないよりマシだ。
エンマから聞いた話も絡めて、少しはホブゴブリンの排斥を遅延させられるかもしれない。それに失敗したところで、俺へのダメージはない。やる価値はある。
というわけで、目覚めの食事を詰め込んで、魔王の執務室を訪ねることにした。
「お出かけですか?」
今日の予定を変更する、と告げると、夜エルフのメイド・ヴィーネは目をしばたかせた。
「ああ。父上のお仕事を見学するついでに、ちょっとお話したいことがあってな」
俺はわざとらしく肩をすくめて見せた。
「――ホブゴブリンどもについてだ。シダールには、この件には口を挟まないと言ったがな。俺も思うところがあったから、父上に所感をお伝えしたい」
嘘は言ってないぜ。
「左様にございますか」
ヴィーネはニチャアと笑っていた。大方、書類の取り違えでお冠の俺が、ホブゴブリン排斥運動に加勢しに行くとでも思っているのだろう。
まあ、俺の立場なら、普通そうするよな。まさか銅貨1枚の得にもならないホブゴブリンの肩を持ちに行くなんて、夢にも思うまい。
そして宮殿に足を運ぶ俺に、ソフィアともども、ヴィーネまで護衛役についてくるんだから、笑っちまうよ。
『悪趣味じゃのぅ』
お前も好きだろ? この手の皮肉は……
『大好物じゃ』
俺の中のアンテの顔は見えないが、きっと、悪趣味そのものな笑みを浮かべているだろう。
†††
魔王の宮殿は、変わらぬ壮麗さで俺を出迎えた。
そういえば、演習で1回休んだけど、ぼちぼち月の日の食事会か。執務室を訪ねるのはそのときでも良かったかな?
――いや、善は急げというからな。魔王が決断を下したら事は動き始める。介入するなら少しでも早い方がいい。
「ご機嫌麗しゅう、ジルバギアス殿下。本日はいかがなさいました?」
礼儀正しい山羊頭の悪魔の執事に出迎えられる。
「父上の政務を見学させていただきたいと思ってな。無論、お取り込み中なら、日を改めるが」
「本日は、通常通りの政務であられたかと。ご案内いたします」
ちなみにこの悪魔、魔王城で目にする悪魔の中でも指折りの
アンテ、こいつのこと知ってたりする?
『いや知らん。元はそこそこの格で、こちらに来てからここまで出世したと見るべきじゃろうな』
魔界の古参ではない、と。ソフィアのときみたいなのはゴメンだからな。
そうだ、ソフィアならこいつが何の悪魔かも知っているかもしれない。いずれ戦う羽目になるかもしれないし、魔王城戦力の事前調査も進めておくか……。
豪華な装飾品が並ぶエリアを抜け、謁見の間を抜け、細々した実務エリアへ。
魔王の執務室の前には、相変わらず長蛇の列が出来ている。俺は陳情者たちを尻目に、悠々と室内へ案内された。
「――ん? どうした、ジルバギアス」
やや死んだ目でハンコを押しまくっていた魔王が、俺に気づいてキリッとした表情を作り、背筋を伸ばす。
「父上の政務をまた見学させていただきたいな、と思いまして」
「ふむ……お前も物好きだな。構わんぞ」
というわけで、部屋の隅に小さな椅子を持ってきて、魔王の仕事ぶりを見学。
俺が顔を出してから、気合を入れ直したみたいだが、随分とお疲れモードじゃねえか魔王……。
こいつ、どのタイミングで休みを取ってるんだろうな? 奇襲するなら心身ともに疲労がピークに達してるときが望ましい。
『仕事で疲れ果てたところを、実の息子に襲撃される――いったいどんな気分じゃろうな?』
さあな。わかんねーけど、襲撃する側は最高にゴキゲンだろうよ。
「陛下、前線よりの報告です」
おっと、早速気になる情報だ。
俺もまた椅子に座り直して、耳を傾ける。
――相も変わらず、勝ち戦か。
魔王国は現在、3つの戦線を展開している。山岳地帯を中心に、ドワーフの王国を相手取った北部戦線。平野や森林を中心に、森エルフと人族を相手取った東部戦線。そして魔王国の支配を拒否した獣人国家群、及び人族連合を相手にした南部戦線。
領土を急激に拡大しすぎないという戦略のもと、三方面作戦を同時に展開しながらも、魔王国の戦いぶりは堅実だ。
魔王国、同盟ともにしっかり準備期間を置いての会戦だから、戦闘は激しいものになりがちだが、それでも魔王国は安定して勝ち続けている。
「諜報網によりますと、聖教会の支援のもと、北部戦線に新たな動きが――」
報告書を読み上げている役人が、チラチラと俺の方を見てくる。髪が緑色っぽい、エメルギアス一派のイザニス族か?
陰険な目が鬱陶しいので、俺がしっかりと見返すと、それ以上は視線を寄越さなくなったが。
……それにしても、諜報網。せっかく聖教会が反攻作戦を準備してても、これじゃ筒抜けだ。
たしかイザニス族は、夜エルフたちとも繋がりが深いんだっけ。緑野郎はもちろんだが、諜報網ともども、いずれ根絶やしにしてくれる……!
「ふむ。ご苦労」
いくつか書類にサインして役人に手渡した魔王が、ふぅと小さく溜息をついて、背もたれに身を預けた。
「少しばかり休憩にするか」
「お茶をお持ちします」
心得たとばかりに、執事が一礼して部屋を出ていく。
執務室には、魔王と俺だけが残された。
「――それで」
くるりと俺に向き直って、魔王。
「何か話でもあるのか? ジルバギアス」
うん? と片眉を跳ね上げてみせながら、少しばかり砕けた調子で。
「……父上には敵いませんね」
俺は、まるで内心を見透かされた子どものように、苦笑した。
食事会の日程も無視してわざわざ急に訪ねてきたら、何事かあると思うのが普通だよな。普通だとは思うが、ここは魔王の顔を立てておく。
「ふん。父はその程度のことはお見通しなのだ」
ドヤる魔王だが、お前さん、重要なことを見落としてるぜ。
目の前にいるのが、本当は誰なのかってことをよォ……!
俺はちょっと笑ってから、生真面目な顔を作り、話を切り出した。
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