80.国の行く末


 俺は念のため、防音の結界を張ってから口を開いた。


「お話したいことは他でもありません、ホブゴブリンについてです」

「……ふむ」


 おっと、魔王が身構えたな。


 子どもの話を聞く顔から、魔王っぽい顔つきに変わった。そして、俺がこの件に口を挟むことも、あまり快く思っていなさそうだ。


 なので、こう言っておく。


「最初に断っておきますが、俺はどの種族の肩も持つ気はありません。ただ、一連の流れを見ていて、今後の魔王国のあり方に思うところがありまして」

「ほう」


 この言い方には興味を惹かれたらしく、ゆったりと椅子に座り直す魔王。


「……魔王国は、我ら魔族のための国とはいえ、実際は多民族国家ですよね」

「そうだな」

「多種多様な種族の寄り合い所帯。そんな国家において、種族単位の排斥を許容するのは、今後の統治に悪影響を及ぼすのではないかという話です」


 魔王は無言でうなずき、続きを促した。


「実は先日、ひょんなことから死霊王リッチのエンマと知己を得まして」

「……よく知り合えたな。あんな地中深くに引きこもっているような奴と」

「それが、真っ昼間に中庭で日向ぼっこしてたら出くわしたんですよ」


 俺はおどけて肩をすくめてみせる。


「なんでも、日光への耐性を得る実験をしていたとかで……」

「フフッ、変わった奴だ。お前もエンマも」


 魔王が小さく吹き出した。日向ぼっこが趣味の魔族なんて、そうそういねーだろうからな。自分から日光に突っ込むアンデッドも。


「それで……少しばかり親交を深めました。なぜか俺は彼女に気に入られたらしく」

「ふむ」

「色々と話すうちに、エンマは、アンデッドの立ち位置が兵器としてのそれに偏重しつつあることに危機感を抱いており、戦争が終結すれば、ゴブリンやオーガのようにアンデッドも用済みとなって捨てられるのでは? との懸念を漏らしていました」

「…………」


 魔王は唇を引き結んで、少しばかり天を仰いだ。勘弁してくれよ、とでも言わんばかりの態度。この様子を見るに、現時点では、アンデッドをどうこうするつもりはなかったみたいだな。


 あくまで『現時点では』ってのがミソだが。


 俺――勇者としては、アンデッドとは聖属性で討滅できる存在だ。エンマみたいな例外はいるものの、充分な戦力を持って挑めば、必ず撃滅できるという考えがある。


 だが闇の輩の視点に立った場合、連中がかなり厄介な存在であることに気づく。というのも、アンデッドは闇の魔法や呪いに強い耐性を持つ上、闇の輩が効率的に加害できる手段が、火属性しかないのだ。


 そして全ての魔族が火の魔法を扱えるわけじゃない――魔王が火と闇の複合属性の持ち主なので、抑止力としては充分であるものの。


 それでも、アンデッドたちが思い詰めて反旗を翻そうものなら、クッソ面倒なことになるのは目に見えている。


「種族を理由に排斥すると、他種族にもを与えかねん、と。そう言いたいわけだな?」


 魔王は眉間を揉みほぐしながら、俺に確認する。


「はい。俺としては――種族ではなく、あくまで個人の能力と適性を根拠に、ことを進めるべきではないかと思います」


 無能なホブゴブリンは放逐されればよい。有能なホブゴブリンは残ればよい。それでも夜エルフや悪魔は、自分たちのポスト拡大のために声を上げるだろうが、連中はホブゴブリンよりも遥かに寿命が長い。


 強引に種族単位での排斥を進めずとも、ホブゴブリンが引退して空いたポストに、『真に優秀な者』を順に据えていけば、自然と入れ替わっていく――


「その代謝には数十年かかるかもしれませんが、他種族の者たちの動揺も抑えられるでしょう。肝心なのは業務が健全化されることであり、いち種族を排斥することではないはず。ホブゴブリンたちも、真に有能な者には活躍の余地が残される……」


 魔王の目を見据えながら、俺は慎重に言葉を続ける。


「父上が魔王国の未来をどのように見据えておいでなのかは、俺には想像するほかありませんが、100年後、200年後の統治のあり方を見据えるならば、そういったやり方もあるかもしれない、と思いました。……もちろん、下々の者が動揺しようが反旗を翻そうが、魔王の威をもってねじ伏せる――それもまた魔王国の正しいあり方かもしれませんが……」

「……お前の考えはわかった」


 ふぅ、と小さく溜息をついて、魔王は背もたれに身を預けた。


「……一考に値する。エンマの情報も含めて、良い提言だった」

「ありがとうございます」


 俺は目礼する。



 さあて、言うだけ言った。後は野となれ山となれ。



 魔王が俺の考えを検討すれば、ホブゴブリンの排斥を最低でも2、30年は遅延させられるだろう。



『――しかし、良いのか? 他種族との融和を魔王が意識し出せば、長い目で見ると魔王国がより強固になるやもしれんぞ?』


 いや、実際のところそうでもないんだ。どうあがいても、魔族が他種族の上でふんぞり返ってる現状は変わらないんだから。


 ドラゴン族は虎視眈々と逆襲の機会を狙ってるだろうし、アンデッドたちも腹の底では何を考えてるかわからない。


 夜エルフと獣人族はそもそも魔王に逆らう気がないだろうし、悪魔に至っては魔族と共存共栄。


 ――つまり、融和政策を取ろうが取るまいが、魔王国の構造には微々たる影響しか出ないんだ。ホブゴブリンがちょっと得をするかどうか、ってだけで。



「……良い提言ではあったが」


 と、魔王が少し渋い顔を見せる。


「その考えは、外では漏らさぬように」

「? わかりました」


 やっぱり、他種族の顔色を窺うような姿勢は惰弱と取られるかな?


「お前も薄々察しておろうが、そのは他の者たちの侮りを招きかねん」


 魔王が若干、忌々しげな口調で言う。やっぱりそういうことか。


「我は良いのだ。力で他を圧倒できるがゆえ。しかしお前はまだそこまでには至っておらん。慎重さと臆病さの区別もつかん輩は、残念ながらごまんとおるからな」

「心します」

「だが息子に、そういった視点を持てる者がいることは心強く思うぞ。……どうだ、今からでも遅くない、やはり父の仕事を手伝わんか?」

「いえ、……自分はまだ、幼いので……」

「クハハッ、ただの幼子がそのような提言をしてくるものか!」


 椅子の肘掛けをバシバシと叩いて、魔王が破顔一笑する。


「まったく、いくら魔界で長く過ごしたからといって、5歳児とはとても思えんな。プラティにどのような教育を受けておるのだ?」

「いや……特に変わったことは……強いて言うなら教育係が知識の悪魔なので、その薫陶を受けた結果かもしれません」

「うぅむ……その悪魔とやら、我が国の教育大臣に据えるべきかもしれんな……」


 真面目くさってつぶやきながら、腕組みする魔王。


 やめろ!! 魔族が揃って文明開化したら、ただでさえ薄い同盟の勝ち目が完全になくなっちまう!!


「……まだ学ぶべきことは多いので、当面は俺の担当でいてもらいます」

「ハハハ、冗談だ。そう心配せんでもよい」


 憮然とする俺に魔王は愉快そうに笑っていたが、ふと疲れたような表情を見せた。


「いくら優秀な教師をつけたところで、生徒側にその気がないことにはな……」


 ……と言っても、俺も決して、真面目な生徒ではなかったけどなぁ。


 ソフィアが言う通り、若くて頭が柔らかいおかげか、面白いように記憶できちゃうせいで、いつの間にか色々と知識を吸収してただけだし……。


「言っておくが、お前ほど話が通じる大人は、そうそうおらんぞ。特に、感情と理屈をわけて考えられる者はな」


 魔王は神妙な顔で言ってきた。


「そうなのですか?」

「100歳を超えるような戦士でも、お前の半分も理屈が通じん者はいる。我も魔王になる前は、何度『屁理屈をこねるな!』などと理不尽な叱責を受けたかわからん」


 フンッ、と不快そうに鼻を鳴らす魔王。たぶん、その連中、今頃はもう息してないんだろうな……


「だからジルバギアス、お前がこれから味わうであろう苦労も、我には察しがつく。周りは自分ほど聡くない、そのことを常に忘れずにいることだ」

「ご忠告に感謝します」


 そういう連中に遭遇したらブチのめせってプラティにも言われてるしな。


「――陛下、お茶の用意ができました」


 と、執事の山羊頭悪魔が戻ってきた。


「……おや、お取り込み中でしたかな?」


 入ってきてから、室内の防音の結界に気づき、はたと立ち止まる執事。


「いいや、構わん。ちょうど終わったところだ」


 何気なく魔力を込めて、俺の結界を破ろうとする魔王だったが、ふと手を止める。


「ジルバギアス、もういいぞ」

「わかりました」


 俺は防音の結界を解除した。――勝手に結界を破るのは、術者の意向を蔑ろにする行いでもあるからな。魔王が俺の顔を立てたのだ。


 その程度の敬意は示した。天下の魔王が、息子とはいえ5歳児に対して。


「……そういえば、今更ではあるが子爵への昇進、めでたいことだ」


 ティーカップにどっさりと砂糖を放り込みながら、魔王が思い出したように言う。


 ちなみに、魔王国での叙爵権を握っているのは魔王だ。それが魔王としての権力のひとつでもある。俺に爵位を授けてきたのも、書類にサインしたのもコイツ。


「ありがとうございます。……運が良かったのか、悪かったのか……」

「違いない」


 書類の取り違えについては聞き及んでいるのだろう、魔王も苦笑気味だった。


「最近は、どうだ? 例の一件で闇竜王オルフェンと交流があるのは聞いていたが、エンマとまで親交を深めていたとは知らなかったぞ」


 美味そうに甘みたっぷりミルクティーをすすりながら、話を振ってくる魔王。


「ええ、まあ……」


 曖昧にうなずく俺だったが、ふと好奇心が鎌首をもたげた。死霊術のことを話したら、魔王はどのような反応を見せるだろう?


 ……そこまで隠し立てしてないし、プラティには話したし、幹部会でエンマが言うかもしれないし、どうせそのうち知られるよな。


 言ってみよ。


「最近は、エンマに死霊術を教わってますね」

「ブふぉァ」


 魔王が鼻からミルクティーを吹き出した。

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